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荒野の百姓  作者: じゅんくん
10/10

最終回 夕陽の百姓

「そんな夢を……よく見るんだ」


「だから、お前に会うのが怖かった」


「ここに来るのが怖かった」


「つまり俺は、逃げていただけなんだ」


 沼田は墓石を見つめる。


「ようやく会えたな……愛」


 墓標には神米愛(かみごめあい)と名前が書いてある。沼田が愛し、殺した女の名だ。


 辺り一面墓だらけ。銃米村は毎日死者が出る日本で最も危険な村だ。墓の数は数え切れない。みんな沼田家が殺してきた。つまり、墓の数は沼田の業だ。


 名無しは姉の墓前を見つめる。ブレッドガイとダーティーパッチにとっては、可愛い妹の墓だ。墓前には花が供えられている。


「また花を持ってきたのか?」


 沼田は花を見つめ、名無しの問いに答える。


「そうだ」


「20年ぶりだがな」


「どうして姉さんを?」


 沼田は首を横に振る。


「話すことはない」


 名無しはリボルバーを沼田に向ける。


「俺はその理由を聞くためにここに来た」


 3人は無言で沼田の顔を見つめる。3人共悲しい顔をしていた。沼田はなんの前触れもなく語り始めた。






 神米家と沼田家。銃米村は大昔からこの2つの家が権力を握っていた。両家が議論したり、双方の監視をすることで、村は独裁を防ぎ、規律によって村人をまとめ、争いが起きぬようにしていた。

 しかし、この体制は崩れることになる。その要因は両家の不仲だ。疑心暗鬼によって、監視が警戒に変わり、警戒が殺意に変わった。


 そんな時代に生まれたのが俺だ。

 俺が生まれてすぐ、母親が死んだ。

 俺は母乳を飲むことなく、米を食わされて育った。

 3歳の時、広さが東京ドームほどある田んぼの全てを任された。当然ノルマもある。規定値以上収穫できなければ、親に殴られた。愛はなかった。俺は親の愛を受けずに、沼田家を引き継ぐ者として育てられた。


 もちろん義務教育があるんでな。俺は学校に行った。唯一のよりどころで米のことを忘れられる場所だ。勉強は体を動かさなくていいし、やれば褒められた。

 そして、学校でおれは彼女と出会った。彼女の名は「神米愛」。一目惚れした。本当に綺麗だった。

 だが、愛は体が弱かった。いつしか学校に来なくなったから俺は花を持って行ったんだ。花に詳しくない俺が適当に見繕ったのを彼女は可愛い可愛いと言って喜んだ。

 あの時間が1番楽しかった。そういや、愛の枕元にはいつも姉好きなガキがいた。そいつに菓子をやるとすぐに懐いた。

 楽しかった。

 なぁ誠……





 名無しは表情一つ変えなかった。


「答えになってない」


「なぜ姉さんを?」


 沼田は背中に担いだライフルを取り出す。


「米農家って生き物はな……多くを語らねえんだ」


 名無しは沼田を見つめる。


「今日ぐらいは話していいんだぜ」


 名無しは無表情だが、どこか優しさを感じた。沼田は自分を蔑んだ。


「話ねぇ……俺は最低だ。存在する意味がない。ただ逃げてるだけの男だ」


「そんなことはどうでもいい! さっさと答えろ! なぜ妹を殺した? 愛を殺したんだ!」


 具体的に話さない沼田に苛立ち、ダーティーパッチは怒鳴って聞いた。沼田は静かな声で答えた。


「俺が中途半端に彼女を愛したからだ」


 ダーティーパッチは納得できない。


「俺達の家を放火しておいて、そんな台詞が? 寝たきりの妹を……お前は焼き殺したんだ!」


 ダーティーパッチは顔を真っ赤にさせた。左目から涙が流れた。その涙は悲しい涙だった。


「確かに家は燃やしたが、彼女は俺が撃った」


「なっ……」


「言ったろ? 俺は中途半端だったんだ」


「だから俺は一生愛に囚われながら生きてきた。未練がましく忘れられない。そんな男が俺さ。惨めだろ?」


 3人は黙って聞いた。


「俺という存在はいつだって矛盾していた。沼田家に忠誠を示したが、いつまで経っても愛のことを忘れられなかった。だから親父が死んだ後、米農家を憎み、大勢殺した。俺には村の米農家達のように、米に対するプライドなんてものはない。そんなんだから、俺という男は恋人にも、米農家にもなれなかったんだ。だから俺に存在価値はない。ただ己を残酷に、強者に仕立て上げることで、俺は自分が存在していることを確認していた。人を殺す時、俺は無理矢理笑ったが、すごい退屈な時間だったさ」


 ブレッドガイが口を開いた。


「寂しかったんだろ?」


「…………」


 沼田は思わず空を見上げる。人は涙をこぼさないよう空を見る。


「下がっててくれ兄さん。俺がやる」


 名無しはバサッとポンチョをめくる。リボルバーをガンホルダーにしまう。


「頼んだ。俺は標準が定まらねえ」


 ダーティーパッチは目を拭う。


「任せたぞ」


 ブレッドガイは弟の肩をポンと叩く。

 名無しは頷いて前に出た。


 沼田は上を向くのをやめ、名無しの目を見つめた。


「俺は全てから逃げてきた。そして今日、お前ら三兄弟を殺すことで俺は全てのしがらみから解放される」


 夕陽が2人を照らす。墓達が影を作り、なんともいえない光景を作っていた。

 この村では人が死に過ぎた。だからこの墓には誰も近づかない。動物も虫も近づかない。

 夕陽と墓とガンマン、いつの時代だって、墓場というのはそういう場所だ。


「あの時俺に懐いてたお前と決闘とは……」


 名無しはいつになく真剣な目をしていた。


「過去は捨てた。お前を殺すまで、俺は名無しの米農家だ。ただの無慈悲なガンマンさ」


「いい(ツラ)だ。それなら遠慮なく殺れるってもんだ」


 2人はしがらみを捨て、2人だけの世界、2人だけの間合いの中にいた。決着を着ける。勝つ。ただそれだけのために立っていた。

 ブレッドガイとダーティパッチはただただ見守り続けた。この決闘で全てが終わる。瞬きすらできない。

 名無しと沼田は汗をかく。夕日に焦らされながらも集中力を切らさない。目は既に狙いを定めていた。後は速さが全てを決める。

 



 沼田がライフルを構えた! 速さがものを言う勝負において、ライフルは圧倒的に有利なのだ。


「ガハッ!?」


 しかし沼田は膝を落とした。撃たれたことが信じられない。名無しの方が何枚も上手だった。リボルバーとライフル。大きなハンデがあったにも関わらず、名無しは圧倒的に速かった。


 沼田は空を見上げる。朦朧(もうろう)としてきた。痛みと寒さが、胸から全身に広がっていく。沼田は地面に転がり、もがきながら腕を伸ばす。


「はぁはぁはぁはぁ…………」


 沼田はなんとか前進し、愛する女の墓に抱きついた。しかし、腕の力は弱まり、腕が落ちる。沼田は墓にすり寄って目を瞑った。


「うっ……うぐぁぁっ……」


 そのまま沼田は墓に寄りかかったまま、眠るように死んでいった。


 名無しは彼の死を見守った後、リボルバーをくるっと回してガンホルダーにしまった。


「あばよ」


 夕陽が沈む。美しいその光景から、なんとも言えない寂しさも感じられた。

 三兄弟にも別れの時が来る。


「お別れだ。兄弟。もうこの村に用はない」


 ブレッドガイは夕陽を背に別れを告げた。名無しはいつものように煙草に火をつける。


「この村を出てどうするんだ?」


 ブレッドガイは笑う。


「俺は賞金稼ぎさ。賞金首達(こめのうか)が俺のデザートイーグルを待っている」


「精が出るな」


 ブレッドガイも煙草を取り出した。


「兄弟。火をくれ」


 名無しはゆっくりと歩み寄り、自分の煙草についた火を彼の煙草の先につけ、火をつけてやった。


「礼を言う」


 ブレッドガイは煙を吸い込み、味わってから吐いた。そしてダーティーパッチに聞く。


「パッチ。いや、飯勝兄さん、あんたはどうするんだ?」


 ダーティーパッチは何かを飲む素振りを見せ、


「これから飲みに行く。もう我慢するこたねえ。ビールにウイスキーに飲み放題だ」


「あんたらしいな」


 ダーティーパッチは相変わらず下品な笑いを見せる。言い方を変えれば、彼の笑顔は非常に明るい。


「へっへへ。この村から出る理由もねえしな。それでクソ農家、お前はどうすんだ?」


 名無しは煙草を吸う。


「相変わらず酷い呼び方だな。俺の名は誠だ」


「こっちの方がしっくり来る」


 そう言ってダーティーパッチはゲラゲラ笑う。


 名無しは煙を吐いて答えた。


「俺はしばらく姉さんと一緒にいるよ」


「そうかそうか。俺は酒場にいるからな。いつでも来いよ!」


 ダーティーパッチはそう言って機嫌良さそうに笑う。名無しも応える。


「ああ。必ず行こう」



 

 別れ際、清龍は弟に、


「またな」


 そう言って何歩か歩くと、なにかを思い出したかのようにして振り返った。


「兄弟、お前の手は本当に綺麗だった」


 そう言って去って行った。


 飯勝は去り際も笑っていた。


「俺はいつだってこの村にいる。また会おうぜ! 兄弟!」


 兄弟を見送った後、名無しは無言で煙草を吸いながら姉の墓前に立つ。満を持して話しかけた。


「久しぶりだな。姉さん……驚いただろ? まさか俺達兄弟が揃うとはな。あいつらはもう行っちまったが、またここに来るはずだ。なにせ姉さんのために命をかける男達なんだからな。それにしても、みんな髭面になっちまって。俺の知ってる兄さん達はどこに行っちまったんだか」


 名無しは目を拭う。


「なあ姉さん。すげえだろ? 俺はもう、名前を隠す必要がねえんだ。もう俺は名無しなんかじゃない。堂々と、姉さんの弟だって、胸を張って言えるんだ。俺はもう隠さない。正真正銘、姉さんの弟だ」


 誠はそう言って姉に別れを告げた。

 去り際に彼は花を供えた。墓に来る途中、彼は道端に生えていた花を摘んできたのだ。

 そんな花でも、姉は弟がくれた花を可愛い可愛いと言って、笑顔で喜んでくれるだろう。

 ご愛読ありがとうございました。米農家達の生き様、いかがだったでしょうか? 面白いと思った方は、この物語の元となった西部劇を鑑賞したり、この作品をお友達に教えたりなんかしてくださると非常に嬉しいです。

 グッバイ。アミーゴ。

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