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ラブ レター

作者: 009

思えばあの日から、あんなに胸を焦がしたことがあっただろうか。

何回も、何回も書き直したあの手紙は、そういえばどこに仕舞っておいただろうか


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「奈美さん、帰ってきてたんだって、って言っても今日の夕方にはまた戻るらしいけど」


友人の西谷が教えてくれた。それは巧に、あの頃を思い出させるものだった。


- - - - -

1993年 春  駅のホーム


「それじゃあ、行ってきます。今まで、ありがとね、」


奈美は涙を浮かべた笑顔でそう言うと、振り返り電車に乗ろうとした。僕はその顔を見ることができずに俯いていた。伝えなければならないことがあったはずだった。

「奈美!」

彼女がこちらを向いた


「好きだ!」



巧のその言葉は、奥のホームに入った特急の音に吸い込まれた。

ドアが閉じ、電車は動き出した。どうすることも出来ない巧みを残し、電車は加速度をましながら消えていった






巧は実家の酒屋の配達アルバイトをしながら大学に通っていた。3年の時、巧はそこで奈美と出会った。凛としていながらも柔らかい雰囲気の奈美に巧は惹かれていき、また奈美も巧のその不器用ながらも真っ直ぐな性格に好意を抱いた。

 その後二人は一つになり、巧はひたすらにますます彼女を愛していったが、不器用ゆえその気持ちをうまく言葉にできなかった。奈美に愛してると言われたときも、なんと言えばいいのか分からずにいた。そうすると決まって奈美は少しだけ切なげな表情をしたあと、目を閉じて頭を巧の肩に乗せるのだった。上手く言葉を交わせずとも、二人は幸せだった。


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「だからって何なんだよ、もういいんだよ、彼女のことは、10年も前のことなんだぞ?」

そう言うと、西谷はそうか、とだけ言ってそれ以上何も言わなかった。


西谷も大学の同級生だった。お互い地元から離れていないため、こうして巧の家で二人でくつろぐこともよくあった。


西谷の話を聞いた巧はふと立ち上がり、棚の引き出しの中の白い薄汚れた便箋を手に取った。


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それからも巧と奈美は、代わり映えのなく楽しい日々を過ごしていた。

しかしそんな二人の関係に転機を持ち込もうとしたのは大学四年になってからのこと、就職という二文字だった。

と言っても巧は実家の酒屋を継ぐ、問題は奈美だった。


東京へ出る、そう言った奈美に対して、巧は「そっか、…」としか返せなかった。なんで、とは言えなかった。当時はそれが普通だった。

それからも二人は時間を共にした。一緒に紅葉を見に行ったり、一緒に雪だるまを作ったりもした。しかし、これからのことを話すことはなくなっていった。季節がすぎる度、二人の別れが近くなることを、巧と奈美は感じていた。



ある日の大学終わり、家でいると西谷が訪ねてきた。巧のベッドに勝手に座ると、西谷は口を開いた

「ところでずっと気になってたんだけどさ、お前らどうすんの?奈美さん、東京へ就職だろ?」

巧が一番気にしていることだった。その事実から目を背けていた。

「決めてない。というか決められない、」

「どうすんだよそれ、」

巧は何も喋らなかった。

しばらくの沈黙の後西谷が口を開いた

「お前が苦しんでるのはわかる。辛いのもわかる。でももっと苦しんでるのは奈美さんだろ?どれだけ葛藤があったと思う?でも奈美さんが夢であるCAになるには東京に行くしかない。お前が理解してあげないでどうするんだ」

そう言い残すと、彼は帰っていった。



2時間なのか3時間なのかわからない、そのままじっとしていた巧は急にギターを取った。そしてカセットテープに好きな歌を弾き語りで録音した。なれない下手くそなギターと掠れ気味の声。しかし、魂だけは込めて歌った。10曲を超えると、巧は録音をやめ、カセットテープを取り出し、配達用の原付きに乗って夜の道を駆け抜けた。


日付が変わるか変わらないかの頃についたのは奈美の下宿している宿だった。そしてふたりきりの合図である独特のリズムで玄関の戸を叩いた。2回目程で寝間着姿の奈美が出てきた。

「巧くん、、…どうしたのこんな時間に、」

巧はカセットテープを取り出した

「これ、、奈美に渡したくてさ、東京まで遠いし、退屈しのぎにでも、聞いてくれたらいいなって、。」


奈美は嬉しそうな表情で、涙声で、ありがとう、と言った。

巧がヘルメットを取ると、奈美はくしゃくしゃになった巧の髪を笑いながら優しく撫でた。


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その後軽く近況を語り合って、西谷は帰っていった。彼が帰ったあとも、巧はその便箋を見つめていた。

「夕方の電車か、」

この田舎町に上りで中央まで向かう電車は朝と夕方に一本ずつだ。あの日、奈美が東京へ向かった電車と同じということだった。

- - - - - - - - - - - - - - - -

奈美が旅立つ前夜、巧は机に向かい、奈美への気持ちを便箋に綴ろうとしていた。不器用な自分だが、最後くらい自分の気持ちを言葉にしなくてはならない

、そう思っていた。しかし何度書いてもうまくかけない、巧は涙を流していることにも気づかずにひたすら手紙を書いた。


そしてその日がきた。駅の改札口には多くの奈美の友人や近所の人が集まった。奈美を囲む人が気になって、巧はうまく奈美と話せない。 改札を抜けて、ホームへ行く奈美に巧はついていった。奈美と話さなければ、言葉を伝えなければ、手紙を渡さなければ、…

しなければならないことはあるのに、巧は何もできなかった。寂しさと辛さが、巧を縛った。、そして、それは奈美も同じだった。


駅のホーム、一組の男女が、何も話さずにそこにいる。

そして電車が入ってきた………


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渡せなかった手紙を持って、巧はあの日のことをまた思い返した。

何も話せぬまま電車がきて、なんとか発した言葉は特急の音に消され、そのまま奈美を乗せた電車は行ってしまった。

巧はその場で大粒の涙を流したことを思い出した。


もうすぐ、また奈美はあの電車に乗って東京へゆく。今なら、あのときの気持ちも、笑い話のように言えるかもしれない。

冗談めかしく、この手紙を渡せるかもしれない。忘れ得ぬこの思いを、奈美にことばにできるかもしれない。


巧は走り出していた。線沿いを駆け抜けて駅へと向かった。奈美に愛してると言われた日、徹夜でテープを作り、バイクを飛ばして渡した日、最後になっても気持ちを言葉にできなかった日が走馬灯のように駆け巡った。


そしてホームまで走り着き、「奈美!」と叫んだ。そして驚いたようにこちらを向く一人の女性がいた。忘れることのできない、その、奈美だった。


巧が奈美に近づくと同時に電車が入ってきた。

近づいてみると、奈美は昔の面影を残しつつも、遥かに美しくなっていた。それはまるで、10年前に巧と別れたことが正しいと言ってるように、巧には思えた。


電車が来る。

巧は何も渡さなかった。ただ一言、

「頑張って、応援してる、ずっと」


「ありがとう、巧も、」


潤んだ瞳で彼女はそういった


電車のドアが閉じた。そして離れてゆく。

見えなくなるまで見送った巧の目は、これまでになく澄んだ瞳をしていた。


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大好きだ、愛してると、何回も、何回も書き直した手紙は、ずっと引き出しの奥に入ったまま

だった


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