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命の無価値性

 人間の生は本質的に無価値である。この結論に行き着くまでに、私は随分と時間がかかってしまった。

 何故なら、若き日の私にとっての直近の課題は、「自己の存在価値の否定」にあって、「生命全ての拒絶」にはなかったからだ。木を見て森を見ず、愚かしくも若々しい、苦く懐かしい思い出である。


 さて、思い出話など露ほどの価値もないので、本題に入ることとしよう。では何故、私は「生の本質的な無価値」などと言う思想に辿り着いたのだろう。それは、命とは苦しむためにあると確信したためだ。

 命ある間に与えられる幸福は数限りないが、それを永遠に持ち続けることは不可能だ。私たちの肉体はいずれ滅び去り、土塊となって枯れ果てる。命に価値があるとすれば、何故私達はこの滅びを当然と受け入れ、しかしどうしようもなく恐れるのだろうか。


 命に価値があるとする価値観は、私達が幸福に生きる間は十分に有効なものだ。命に限りがあるとしても、それが続く限りは自分が存在することによる幸福が生じるからだ。しかし、ひとたびこれが断絶した時、例えば命が損なわれたとき、これらの幸福は存在すらしないことになる。仮初めの幸福のために、私たちの肉体は存在しているのではない。


 もう一つの命の本質的な無価値についての思索を提示しよう。仮に、貴方がトロッコに乗っており、目の前の線路上に一人の人間か、五人の人間がいるとしよう。その時に貴方はどちらを犠牲にすることを選ぶべきだろうか。

 これは見慣れた単純なトロッコ問題である。ここで一人を犠牲にするべきとすれば、それは功利主義的な思考で、どちらも選べないならば自由主義的な思考と言える。

 ところが、事態は複雑なことに、その一人と言うのは貴方の大切な人で、五人と言うのは貴方が憎むべき人だったとすると、救うべきはどちらだろうか。また、五人は将来有望な青少年で、一人は老いぼれた貴方の生涯のパートナーだったらどうだろうか。この問題には、命の価値が定量的でないことが示されている。

 もしも、何らかの基準で命の価値を定量的に測れるならば、貴方の中には確かに明確な答えが生まれるはずだろう。命に一定の価値があれば、どのような一人であってもそちらを犠牲にすべきで、命の価値にはむらがあるとすれば、価値の全体を総合して比較した解が、犠牲にするべき相手だ。

 しかし、残念ながら私にはこの答えを出すことが出来なかった。これを説明するために、私は「命は本質的に無価値である」という思想を採用した。


 命には価値はない。重いも軽いもない。ただ、それを重く、軽くさせるのは、私達がそれにどれだけ執着しているかに過ぎない。即ち、命は本質的には無価値だが、相対的には価値があると言える。私達は、相対的な価値を恣意的に選択することでしか命の価値を定められない。それは何も悲しいことではないが、少なくとも、命が何よりも大切なものだという価値観を否定するものだ。仮に命の価値を代えがたいものとするならば、私達にはトロッコ問題に対して合理的な選択をすることを迫られる。そうでなければ、貴方はおそらく非難されるべき選択をしたことになるだろう。


しかし、貴方はどちらを選んでも、非難されるべき選択をしていない。何故なら、命は1.本質的には無価値であり2.その価値を定める基準はある人の執着の度合いに過ぎないからである。その執着に価値があるか否かは……貴方が貴方自身の命をどう捉えるかにだけかかっているのだろう。


さて、「命に価値はない」などという狂った価値観に対して、多くの疑問や非難が募ることだろう。想定される代表的な反論の一つについて、私なりに答えを用意しているので、次回で答えてみることにしたい。貴方の心は正しいものだ。間違いは僕の理論にある。そういった先入観を持って、読み進めてみるのも良いだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なかなかに生命の価値についての思索の跡が見られるエッセイです。 [気になる点] 命と(人間的)精神を混同している点。 [一言] 私は命の価値についてはあまり考えません。でないと、動物は殺し…
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