法螺吹き厨二狼少女に自称普通人間は果たしてクリスマスプレゼントを贈るのか。
クリスマスと言えば人は皆何を思い浮かべるだろうか。
煌びやかな装飾が施されているクリスマスツリー、聖歌隊による美しいクリスマス・キャロル、そして少しばかり豪華な夕食とケーキを楽しみながら家族、恋人とゆっくり過ごす長い夜。
今挙げたのはほんの一例に過ぎないがきっと今君が連想しているクリスマスのイメージは正しいだろう。いいや、この問いに対して正解を求めるのは些か野暮なのかもしれない。災いの象徴として意味嫌われている黒狼の毛を優しい白色で染めてくれるこの聖夜には、ね。
「…………で、お前は何が言いたいんだよ。馬鹿泪」
クリスマス・イウ゛当日。バイト先の『BAR DEVIL』にて。カウンター席で狼少女、泪が良く分からないポエムを語っていた。
「何が言いたいかだって? ふふっ先程も言ったはずだよ。この聖夜に何かを求めるだなんて行為は野暮だってね」
鬱陶しい前髪をサラりと払って、決まったと言わんばかりのドヤ顔を披露する泪。いや、だから何言っているのか一言も理解出来ないんですけど……つか、何で当たり前みたいにBARに居るの? 一応酒が飲める年ではないからなこいつ。ガキはとっとと寝る時間だぞ。
そんな彼女のために振る舞ったオレンジジュースの氷が、カランと一つ音を鳴らす。日付はとっくに変わり、鈴の音とソリを引く音が聞こえてきそうな時間になっていた。
まぁ悪魔に人間の常識を当て嵌めても全く持って通用しないことは、このクソバイトをやっていくうちに痛いほど体験したので別に追及はしない。
なのでクリスマスという神聖な日なのに、何時もの如く馬鹿騒ぎしている悪魔共に対して特に何も思わない。マスターがサンタのコスプレをして普段より機嫌良いことに関しても気にしないし、俺がクリスマスにしか見たことが無いキャンディの被り物を嫌々被っていても仕方がないことなのだ。
せめてトナカイとかにしてくれよ、なんでキャンディなんだよ、くそ。
「まぁ、強いて言うのであればそうだな……僕のクリスマス感ってやつを崇に贈りたかった、とでも言った具合かな? 感情共有ってやつだよ、プ・レ・ゼ・ン・ト。分かるかい?」
そんなキャンディケイン多田に泪はやけにプレゼントを強調し、前髪で片方しか見えていない目をぎこちなくウィンクして俺にクリスマスツリーの天辺に乗っている星を飛ばしてくる。
成る程、つまりこいつは俺にクリスマスプレゼントをせがんでいる訳だ。
「でもプレゼントってのは普通サンタから貰うもんだろ。俺が上げるのは違うんじゃあないのか?」
「は? サンタ? 君の方こそ何を言っているんだい? 禁忌で禁断の末裔の僕に良い子ちゃんの元へしかやってこない老人が来るとでも? それにサンタがただの幻影だってことは13の歳に見抜いているのさ」
クリスマスに思いを馳せる少女から一変、グレ始めて周囲の大人を小馬鹿にするクソガキのような態度を取り始める。なんだよこいつ、自分で滅茶苦茶野暮なこと言ってんじゃん。13の歳ってお前それつい最近のことじゃん。
なんてことを心の中で考え黙っていると、俺が渋っているように見えたのか。泪はワザとらしく肩を透かすお得意の奴をやってから。
「やれやれ、これまで数多くの試練と困難を共に乗り越えてきた仲間に何も用意していないとは。どうやら崇はサンタじゃあなくてサタンだったようだ」
心底呆れかえったように大きく深いため息を吐いたところで泪は席を立ち、黒革のジャケットに手を突っ込み扉へと歩いていく。
「それじゃあ僕はこの辺で。誰からも望まれていない堕天使は聖夜の闇に帰るとしよう。崇から貰った孤独と失望を手土産にね」
そう言って店を後にしていく泪。最後に見えた彼女の背中は何処か寂しく、ふさふさとした彼女の尻尾はしょんぼりと頭を垂らしていた。
カウンターには残された飲みかけのジュースが申し訳なさそうに鎮座しており、俺はそれを見ながらため息をつく。俺は泪の両親ではないし、恋人なんて関係でもない。物凄い甘い判定で友達、普通の価値観で言えば腐れ縁。そんな間柄の奴にプレゼントなんか普通の人間は贈ったりしない。
そして先程の口ぶりからして、もう彼女はサンタさんは卒業しているご様子。そんな中プレゼントを貰ってもあまり嬉しくはないだろう。
少年時代、勿論普通の子供だった俺は当然の如くサンタを信じていたし、欲しいゲームのタイトルや感謝の手紙を枕元に置いて寝ていたりもしていた。
しかし枕元にやってきたのは赤い服を着た優しい白髭の老人……ではなくピンクのパジャマを着た母親だったのを目撃した時、俺の中でのクリスマスは終わりを告げ、翌朝見つけたプレゼントもキラキラとした物には見えなくなってしまった。
以上のことを踏まえて、クリスマスプレゼントというのはマスターの容姿並みに幼く、純粋無垢な子供の為にある物であり、小難しい単語並べて大人ぶっているガキンチョの為ではない。
つまり泪には特段何もしないというのが俺が導き出した答えだが、帰り際彼女が見せた少し寂しげな表情と、サンタクロースの正体を知った時の多田崇少年の顔が妙に重なってしまう。記憶に刻まれたジングルベルの鈴の音が、子供の頃の思い出とともに蘇ってくる。
ったく、これだから嫌いなんだよ。『普通』じゃあない『特別』な日ってやつは。
「ふむ、何やら随分とシケた顔をしているじゃあないか。安物のケーキに付いている蝋燭のように、まるで役立たずのゴミみたいだぞ、多田君」
そんな俺に対して、サンタが悪い子に贈る石炭の塊位真っ黒なジョークを言いながら隣にマスターがやってきた。
「……何ですか急にボロクソ言ってきて。俺にも蝋燭にも色々失礼でしょ」
「私はただ事実を淡々と述べただけだが? あの小娘に過去の自分を重ねてセンチメンタルに浸っている。全く、反吐が出る程情けない男だな君は。その辺に転がっている醜男の方がまだ可愛げがある」
俺を一頻り馬鹿にした後、幼女の容姿には似合わないシャンパンを上品に嗜む。何時にも増して罵倒がストレートなのはあれだ。可愛らしいサンタのコスプレ衣装が着られて浮かれているんだろう。
『原罪』の罪を背負うマスターが一番クリスマスを楽しんでいるのはどうかと思ったが、これ以上噛み付くと心が氷雪気候並に冷え込み、二度と立ち直ることが出来なさそうなので止めておきます。
俺が口と心を閉ざし、涙を堪えている様子を見て、マスターがげんなりとため息を一つ吐いた。
その後で。
「……多田君。今日の所はもう帰りたまえ。君の態度のせいで折角のムードが台無しになる」
「いや、でも俺だって雇われてるんだし。きっちり気持ち切り替えて仕事しますよ」
「駄目だ。私が帰れと言ったら素直に言うことを聞け……それに君にはやるべきことがあるんだろう? 一丁前に歳だけ重ねた、ヒヨッコにしか出来ん仕事というやつが」
マスターは被っていたサンタの帽子を徐に渡してきて、意味ありげな笑みを浮かべ去って行く。
俺は彼女の命令通り着替えを済ませバイトから帰ることにした。サンタの帽子は被ろうかどうか迷ったのだが、ここまで命令に忠実になるのも癪だったのでこっそりと鞄に忍ばせておいた。
『BAR DEVIL』を後にした俺は、クリスマス一色に染められた街を歩き、コンビニでちょっとした買い物を済ませた後で帰宅した。
今日はなんだか何時もの数十倍疲れた気がする……。もし仮に、本当にサンタがプレゼントをくれるのなら、超絶ぐっすり眠ることが出来る安眠マクラか布団セットを貰いたいものだ。それかストレス解消になるお手軽ボクシングセットみたいなやつ。サンドバックは幼女の身長程の物だと尚良しだな。
とまぁ、そんな下らない事を考えてしまう程疲れているので早いとこ布団に潜りたいのだが、残念ながらそうすることは出来ないらしい。
マスターに科せられた仕事の件もそうなのだが、今ここで一番の問題なのは――。
「――すぅー、すぅー」
俺の布団の中で泪が寝息を立てて眠っていた。横向けの姿勢で、親指を咥えながら寝ているその様は普段クールぶって格好つけている彼女とは思えないほどあどけない少女だった。
なんで俺の家に勝手に上がりこんでるんだよとか、他人様の布団で良く堂々と寝れるなこいつはとか、そもそも俺の家の住所なんて教えてないのに何で知っているんだよ等々、大小様々な謎が浮かんでくるのだが、その謎を一つずつ解こうにも今晩はもう遅い。それに再三彼女の言葉を借りるが今日の夜にとって、そんな謎は野暮で無粋な物なのだ。
なので俺は回答の代わりに鞄から先程受け取った帽子を取り出し、被る。そしてコンビニで買ってきた『飴玉』を三粒程手に取って、そっとプレゼントを待つ少女の枕元に置いた。
たかだがコンビニのしょぼい飴玉を渡すだなんてナンセンスだと思うし、きっと泪は違う物を欲しがっていたに違いない。
しかしプレゼントとは自分の気持ちを相手に贈る物なのだ。俺が泪に飴玉を贈る理由…………『あの時』、飴玉を宝石だと形容した彼女ならきっと理解してくれる筈だろう。
「――ん? んぅ……」
一仕事を終え、リビングへ退散しようと思った時。彼女の獣耳がピクリと反応をし始める。まずいな、起こしてしまったのだろうか。
「――、んへへ、たかし。きみってやつは……ほんとうに…………」
ゴロンと寝返りを打った泪は涎を一筋垂らしながら、何とも幸せそうな寝顔をこちらに向けてくる。こいつの夢の中で俺は何をしているのか気にはなったが、そんな緩みきった顔を見ている内にどうでもよくなってしまった。
音を立てることなくリビングに戻った俺は、ひっそりとソファーに座り込み、静かに息を吐く。
サンタの真似事なんか人生で始めてやったのだが、中々の重労働だったな。来年からはもう二度とやらないし、なんだったら俺がプレゼント欲しいくらいだ。ただまぁ、このなんとも言えない達成感も悪い気はしない。
プレゼントを貰うのは子供の特権ならば、聖夜にだけ浸ることの出来るこの達成感と、雪結晶のような小さい幸せを味わえるのは、プレゼントを贈る大人だけの特権だと言えよう。
そんなことを考えながら泪に贈った宝石を一つ食べてみる。昔懐かしいキャラメルの味が舌全体にジンワリと優しく浸透していき、何だかその瞬間だけは全てが報われた気分になった。
「…………メリークリスマス」
薄暗い部屋に誰にも向けることなく、俺はポツリと呟く。外では粉雪がシンシンと降り注いでおり、俺の独り言はその音と共にゆっくりと姿を消していくのであった。
まぁ、明日の朝になったら速攻で追い出すんだけどね。普通に不法侵入だし。
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