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魔法使いの万能薬  作者: 町井 久
第一章
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想定外の魔物

 アイリーンたちはヘルナ隧道を進む。

 魔物の群れを彼女たちは連携して危なげなく討伐していく。驚くべきことに討伐数は、1,000に迫ろうとしていた。この脅威的な討伐数は、魔法があってこその戦果だ。

 リーナがパーティを魔法で強化し、アイリーンが炎の魔法を放つ。ガルムやセシアたちは魔力を操作して武器や身体能力を強化する。その斬撃が強大な魔物に致命傷を与えていく。

 剣や槍での物理攻撃を中心に魔物を倒すのが定石(セオリー)。魔法は切り札だ。人の持つ魔力など魔法を打てばすぐに切れる。魔法を中心に戦うパーティなど御伽噺の存在だった。


 魔法を中心に据えた戦い方を可能にしたのがシエルの『魔力回復薬(マナ・ポーション)』だ。魔力を即時に回復する青い飲み薬(マナ・ポーション)の効果は絶大だった。

 魔物の討伐数と進行速度の異常さがその成果に表れている。アイリーンたちはたった三時間ほどでヘルナ隧道の三分の一を攻略した。


 しかし、戦闘の疲労は蓄積する。リーナの様子を見て限界だと判断したシエルの指示で、休憩を取っているところだ。

「皆さん、この分だと今日中には隧道を抜ける事ができそうです」

 予想以上のペースで進むことが出来たとシエルはアイリーンたちを励ます。

「正直、まだ信じられんよ。魔力の使い方だけでここまで変わるものとは」

 魔法による高い攻撃能力と『魔力回復薬』による継戦能力が揃うとここまでの事ができる。ガルムはまだ信じきれないというのが正直な想いだった。

「魔力で体の動きを強化しているだけです。戦うイメージがないと出来ません。つまり日頃から鍛えていた皆さんの力があってこそです」

 シエルの言葉に、ガルムは自信を深めたように表情を綻ばせた。


 その後、簡単に食事を済ませて休憩を終え、再び隧道を進む。少しの休憩だったが、しっかりと休めたのだろう。疲れが取れ、体が軽くなりパーティは勢いを取り戻して魔物を倒していった。


「前方に中型2。速い!?警戒してください!!」

 アイリーンが緊張した声で注意を促す。前衛はすでに大型の盾を構え、迎え撃つ体制を整えている。リーナの強化魔法の効果もまだ続いている。

 間を置かず前方から2匹の深紅の蟻が姿を現す。2m程の中型の魔物は、アイリーンたちを見定めるように頭を向け、触角を激しく動かしている。

 アイリーンは今までの魔物と違う様子に警戒を高める。だが膠着した状態は長くは続かない。

 先に動いたのはガルムとセシアだ。大蟻の足を狙いガルムが鋭い一撃を放つ。渾身の一撃は、魔物の間接を深く傷つけ青い体液をまき散らす。セシルも寸分たがわず傷ついた間接に強烈な突きを放つ。二人が連携して魔物の足を一本潰すと、深紅の蟻は態勢を崩して地面に落ちる。

 もう一匹の深紅の蟻は怒りをぶつける様に大顎を大きく開きガルムに襲い掛かる。

 前衛はガルムを護るように盾を構えて大蟻の一撃を引き受ける。

 大地が割れるような轟音が響き渡り、爆発に似た衝撃が盾持ちの騎士を襲う。今までの魔物と比べ物にならない威力の一撃を受けきれず、盾ごと吹き飛ばされ地面を転がる。


 今までの魔物と一線を画す強さに、アイリーンは思考を加速させる。判断は一瞬だった。

 魔力を最大限に込めた魔法の一撃――そこに活路を見出す。アイリーンは詠唱を始める。ガルムとセシアは邪魔をさせぬと深紅の蟻に猛攻を仕掛ける。詠唱の完了まで注意を引き続ける。

「【原初の火、始まりの風、渦巻く劫火を解き放つ!――フレイムサークル】」

 詠唱の完了とともにガルムとセシアは魔物から距離を取る。

 次の瞬間、放たれた赤い炎が深紅の蟻を鮮やかな赤に染め上げる!暴れ狂う深紅の蟻に成す術はなかった。

 炎の柱が弱まると、黒焦げになった深紅の蟻が横たわる。まだ微かに動く蟻の生命力に息を飲む。警戒しながら近付いたガルムは大蟻の頭を胴体から切り離した。セシアも同じようにもう一匹の魔物を仕留め決着がつく。そう思った時――赤い殺気が隧道を埋め尽くした。


 ガルムはようやく気が付く。セシアも余裕のない表情で前方を睨む。

「――前方から来ます。数は100以上です」

 アイリーンの索敵に掛かる無数の魔力。アイリーンの声から脅えが伝わってくる。

 皆、すでに分かっている。逃げる事はできないと。

 目の前に転がる深紅の蟻がガルムを嘲り笑う。そんな感覚に襲われる。


深紅の蟻(クリムゾンアント)は、想定していませんでした。ここに巣を作ったのかもしれません」

 シエルの落ち着いた声が沈黙を破る。声の主にアイリーンたちは視線を向ける。

「ここまでの戦いで充分でしょう。本当に素晴らしい!後は私が引き受けます」

 訓練の時と同じ軽い口調で後は任せろとアイリーンたちに告げる。胸をポンと叩きながらシエルは不敵に笑う。

 絶望で思考が止まっていたガルムは、シエルの言葉で勇気を奮い立たせる。

「私もまだやれるぞ。セシア、リーナ殿。アイリーン様と逃げろ」

 ガルムの言葉にシエルに負けない不敵な笑みを浮かべた10人の騎士が続く。アイリーンも何か言おうとしたが、シエルが先に話し掛ける。


「まぁ、ここは任せてください。問題ありません」

 笑って手を振りながらアイリーンたちと距離を取り、背負っていた荷物を下ろす。

 シエルは前方を見つめ、魔力を展開して返ってくる反応を確かめる。

(蟻しかいないな。そりゃそうか)

 シエルは魔物しかいない事を確認して、片手をそっと前に突き出す。


 そこに隧道を埋め尽くした深紅の蟻(クリムゾンアント)がシエルを飲み込もうと群がってくる。地響きを轟かせながら進む深紅の津波がシエルに迫る。

「シエル、危ない!」

 アイリーンの悲鳴に似た警告が隧道に響く。


 次の瞬間、シエルから重苦しい圧力が放たれる。巨大な魔力(オド)を伴った殺気。シエルの周りから色が消え失せる。そんな錯覚にアイリーンたちはとらわれた。

 シエルに見つめられた深紅の蟻(クリムゾンアント)の群れが動きを止める。本能から湧き出す恐怖で魔物が怯える。その恐怖も長くは続かない。シエルの魔力が高まるにつれて後ずさる魔物に容赦なく魔法が解き放たれる。

「【――穿て、雷光の神(ペルクナス)】」

 空気を裂く轟音が轟き稲妻の柱がヘルナ隧道を埋め尽くす。雷光の回廊の中で生き残ることなどできない。神々しくも残虐な蹂躙がそこにはあった。その光は500を超える深紅の蟻(クリムゾンアント)をその一撃で討ち滅ぼした。


 シエルは、下ろしていた荷物を背負い直して振り返る。

 アイリーンは両手で口を塞いで驚いている。ガルムはこめかみを押さえ沈黙し、セシアは目を瞑り何か独り言を呟いている。リーナは腕を組んで祈りを捧げている。

(なんで驚いてるの!?ここは褒められるところでは?)

 予想していなかった反応に何か言われそうな雰囲気を感じてシエルは焦る。

「……魔法って便利ですね!」

 そう言って、アイリーンたちに微笑んだ。もちろん誤魔化せるはずは無かった。


 それから長めの休憩を取り、ヘルナ隧道を進んでいく。黒焦げた深紅の蟻(クリムゾンアント)の死体がいたるところに転がっているが、魔物の気配は皆無だった。

「シエルさん、流石にあれはちょっと……」

「うむ、野放しにはできんなぁ。お前、今までよく討伐対象にならんかったな」

「シエルさん、教会で懺悔する事、たくさんありそうですね」

「常識って大事だと思いますよ」

 道中、魔物が出ないこともあってシエルの常識についていろいろ突っ込まれていた。ガルムに討伐対象の魔物(ネームドモンスター)扱いされたり、リーナに謂れのない疑いをかけられた。セシアには優しい眼差しで常識の大事さを諭され地味にへこんだ。

(魔物でないかなぁ……)シエルは、心からそう思った。

 休憩の際、リーナに強力な(激苦い)魔力回復剤をご馳走して溜飲を下げた。


 それから三時間後、アイリーンたちはヘルナ隧道を無事に突破した。


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