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魔法使いの万能薬  作者: 町井 久
第一章
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休憩中の出来事

精神的な魔力(オド)』と『超自然的な魔力(マナ)』――

 魔法の未知に触れ、アイリーンたちは高ぶる心を静めるために庭に置かれたベンチに座っている。まだ先ほどの『超自然的な魔力(マナ)』が集まる感触が残っていて気持ちが落ち着かない。


「今日のシエル様の話を王都の魔法学院の教授たちが聞いたらどんな顔をするのでしょうね」

 アイリーンが少し意地の悪そうな笑顔を浮かべて笑っている。魔法史に残るような大発見を当たり前のように話すシエルに、一同は力のない笑いを口元に浮かべている。

「私は治療をしてもらいましたが、あれ程の怪我を治してしまうなんて今でも信じられません」

 セシアの深い傷を一瞬で治しただけでなく、子供の頃に出来た古傷まで消えていたことに気が付いた時は、流石に声も出なかった。

「シエルさんには、驚かされてばかりです。魔法のこともそうですがこの工房の庭も異常ですよ。あれだけ積もっていた雪がありませんし、気温も冬とは思えない暖かさです」

 今いるこの庭もどういう仕組みでこんな春のような気温なのかリーナには理解できないでいる。皆も同じ気持ちだろう。

「それにあの魔法の威力も出鱈目だ。この分だと剣もかなりのものだろう」

 初めてシエルと対峙した時のやり取りを思い出して、ガルムは遠慮がちに笑った。

「この国にシエル様のような人物が居たなんて、神様は私たちに何を求めていらっしゃるのでしょうね?」

 アイリーンは、優しく微笑みながらリーナを見つめる。

 リーナは首をゆっくりと振りながら「分かりません。ただ、私はこの出会いを神に感謝しています。何か運命を感じる。そんな気がします」そう言って祈りを捧げる。

 アイリーンとセシアは視線を合わせて、嬉しそうに笑い、ガルムも力強く頷いた。



 ☆



 すっかり食堂となったホールに集まって、夕食の準備をする。今日も食事はシエルが作り、配膳をアイリーンたちが担当した。今日はホワイトシチューとベーコンサラダ、山盛りのパスタを用意した。

 ガルムたち男性陣は、意外と言っては失礼だが上品に食事をする。優雅に食事する姿とは裏腹に食べるスピードが尋常ではなく、山盛りのパスタの山が見る間に無くなっていく。

 アイリーンたち女性陣も品良く食事をしながら結構な量を食べている。

 美味しそうに食べる一同の様子を見て、シエルは満足そうに微笑んだ。

「『精神的な魔力(オド)』と『超自然的な魔力(マナ)』のコントロールは、慣れないうちはとても疲れますので、たくさん食べてしっかり休んでください」

 そう言うと席を立ち、彼女たちのためにワインを取りに行く。お酒を楽しみながら賑やかな食事は暫く続いた。


「ゆっくり休めるように今日から離れを使ってください」

 食事が終わり、片づけを手伝っていたアイリーンたちをシエルは客室として使っている離れに案内した。ホールから続く廊下の先にある建物は、木造二階建てで、なんと広い風呂があった。

「客室も十分ありますので自由に使ってください。ここの離れには温泉を引いているのでいつでも入れます」

 シエルがそう伝えると、一同は喜びの声を上げた。特にアイリーンはキラキラした瞳でシエルに「ありがとうございます!」と言って早速、温泉に向っていった。その勢いにシエルはあっけにとられたが、年相応の顔もするんだなと思いながら笑った。

 ホールへ戻るために廊下を歩くシエルの後ろから彼女たちの賑やかな声が聞こえてくる。

(気に入ってもらえたようだな)

 シエルは、彼女の意外な面を知って目を細めてもう一度笑った。


 離れから戻るとシエルは薬を作るために作業台がある部屋に向かった。

 少しだけ本業の薬師の仕事が疎かになっていたが、馴染みの客と約束した日までまだ猶予がある。

 納品の予定を確認した後、作業台に道具を揃えて椅子に座る。乾燥させた薬草を乳鉢に入れ細かく砕く。コツコツと乳棒が乳鉢を規則的に叩く音が続く。粉末になるまで砕かれた薬草をガラス瓶に移してようやく一息つく。気が付けばその作業を二時間ほど続けていた。


 薬作りが一段落したタイミングを見計らったように誰かが扉をノックした。扉を開けると、そこにアイリーンが立っていた。シエルは彼女をホールのソファに案内し、お茶の用意する。

 カップを彼女の前に置き、紅茶を勧める。

「……お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」

 アイリーンは紅茶に手を付けず、先ほどお礼もそこそこにお風呂に向ったことを詫びた。よっぽど子供っぽい行動が恥ずかしかったのだろう。顔は真っ赤だ。

「気に入っていただけたようで何よりです」

 そう言って生暖かい目で笑いかけるとアイリーンは俯いて耳まで赤くなった。


「あの、シエル様……」

 アイリーンは表情を取り繕ってはいるが、顔の赤みがすべてを台無しにしている。シエルは、ニコニコと楽しそうに微笑みを向けてアイリーンに追い打ちをかける。


「コホン」と咳払いをして、アイリーンはシエルに向き直る。彼女の雰囲気が少し変わる

「シエル様は、私を王族と知っても態度を変えないで接してくれます。――シエル様はひょっとしてオージェ辺境伯と所縁がある方ですか?」

 誤解を与えないように「扱いに不満があると言いたいのではないのです」と言葉を足しながら聞いてくる。

 アイリーンは、シエルがただの平民だとは思っていない。魔法や薬学の知識、剣術や体術も全てが一流であることは間違いない。この世界で、高度な知識を学ぶことが出来る身分は限られる。

 しかし下手に詮索してシエルの気分を害することも嫌で、変に誤解を与えるよりは直接聞くのが一番良いと考え、思い切って聞きに来た。


 アイリ―ンたちはシエルがオージェ辺境伯の縁者で独立した貴族の子息ではないかと予想していた。これから交渉に向かう相手のことを考えると血縁者の可能性を確認しておきたかった。

「私は、オージェ辺境伯の血縁どころか、直接お目にかかったこともありません。滅多と姿を見せない方ですから」

 シエルはそう答えて、紅茶を口に含む。アイリーンは少し緊張しながらシエルを見つめていた。

 暫くしてアイリーンは肩の力を抜く。

「シエル様がオージェ辺境伯と関係がなくて良かったです。これだけお世話になっていたらお願いなんてできませんからね」

 心の底からほっとした表情で笑い、紅茶を口に含む。

 お風呂の事を揶揄(からか)われて――シエルの生暖かい笑みをそう感じて――話題を変えようと、照れ隠しから出た言葉だったが、聞きたいことが聞けて良かったとアイリーンは思った。


「シエル様は私が王族と言った時もそれ程驚かれませんでしたし、普通にこうやって接してくれます。それが不思議なくらい自然で……そういった方は初めてでした」

「そうですね……殿下ってお呼びするより、アイリーン様とお呼びした時の方が嬉しそうにお話をされていたので、ついこのように接していました。それに――」

 アイリーンは、シエルの言葉に少し顔を赤くした。

 シエルは、少し間を取ってアイリーンに自分の話をする。

「昔、旅を一緒にした仲間が、暫くして王族だったと分かったんです。口喧嘩も結構やり合ったし、今さら取り繕うことも出来なくて――」それに比べたら慇懃(いんぎん)な対応をしているはずですとアイリーンに微笑む。

「王族や貴族に対しての敬意が足りないなら、そいつのせいです」とシエルも笑いながら言葉を付け足した。

 アイリーンはシエルの過去の話を興味深く聞いていた。仲間のせいにするシエルの冗談に最後は噴き出して笑った。

「私は由緒正しき平民ですから私のことを様付けせずに呼び捨てにしてください」

 話の終わりにそう言うと、アイリーンは少し考える素振りを見せ、「分かりました。シエルさんと呼ばせていただきます」

 そう言って可憐に笑った。


 シエルはその後もアイリーンと雑談を交わした。アイリーンの話題の中心が温泉の話だったのには、失笑を(こら)えるのに苦労した。

 シエルは温泉の事を楽しそうに話す彼女を見ながら、そういえばアイリーンにちょうどいい物があることを思い出した。

「アイリーン様、これを使ってみてください」

「シエルさん、これは……」

「これはですね。髪を洗う時に使うとサラサラになります。こっちはこうやって使うと髪に艶がでるんですよ」

 シエルは、白い陶器に入った薬品の使い方を説明した。アイリーンは、「まぁ」とか「おぉ」とか夢中でシエルの説明に食いついてくる。なぜか小声で会話を続ける二人の様子は、どこか悪巧みをする商人と貴族のような雰囲気だった。

「ありがとうございます!!」

 シエルの話が終わると、アイリーンは一言お礼を言って急いで温泉に向かった。その姿に今度こそシエルは噴き出して笑った。

拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

次回、ヘルナ隧道突破作戦です!

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