魔法の授業
「得意な魔法を見せていただけませんか?」
アイリーンたちはヘルナ隧道を抜けて最短で領都オーブを目指すことを決めた。シエルはヘルナ隧道突破のために彼女たちの使う魔法を確認したいとお願いしているところだ。
「分かりました。私から魔法をお見せします。では――」
アイリーンは祈るように瞑想を始める。シエルは彼女の中で高まる魔力を感じている。
「【体に満ちる魔力よ。炎となりて現れよ。――ファイア・アロー】」
そう呪文を唱えると、前に掲げた掌に小さな炎が現れて彼女が狙った方向に飛んでいく。シエルが指示した石柱に命中し、火の粉をまき散らし霧散した。
ガルムの部下たちが感嘆の声をもらす。シエルも彼女の魔法に称賛を送る。皆からの賛辞にアイリーンは照れ笑いを浮かべている。
次にガルムが【ファイア・アロー】を放つ。魔力を高め、呪文を唱え、放つという3つの工程を経て炎の矢が放たれる。
アイリーンは緻密な魔力操作で威力の高い魔法を放ち、ガルムはスピードを重視した魔法を放つ。同じ魔法でも個性があって面白い。
ガルムの次にセシアが続く。セシアは剣を静かに構えると少しずつ魔力を高めていく。
「【魔力を満たし、風を束ねて切り伏せよ。――ウィンド・カッター】魔法の名を告げ、鋭く剣を振って斬撃を放つ。剣から放たれた風の刃が石柱に命中し、カァンと小気味の良い音を響かせた。
ガルムの部下も次々と魔法を放つ。彼らの魔法技術の高さを表すようにスムーズに魔法が放たれる。
シエルは魔法が放たれる様子を見ながらずっと感じていた違和感の正体に気が付き、隣に立つアイリーンに確認してみることにした。
「魔力を高め、詠唱して、放つ。この3つの工程で魔法を発動していますが、魔力を集めたり、集束したりはしないんですか?」
シエルの問いにアイリーンたちは顔を見合わせる。どう答えるべきか迷っているように見える。
「シエル様、申し訳ありません。お伺いしたいのですが、魔力を集めるのと魔力を高めるのは同じ工程ではないのですか?それと『集束』は初めて聞く工程ですが……」アイリーンはシエルの問いに質問で返したことを詫びながら話を続けた。
「魔法学院や騎士学校で私たちは魔法を学びました。学院では、この3工程をいかにスムーズに行えるかを鍛えています。自分の内なる魔力を高めることで魔法の威力を強め、詠唱を早く行うことで発動までの時間を短縮し、放出の工程で命中率を上げる。そう学んできました」
(なるほど、そういうことか……)
シエルは、アイリーンの話を聞いて、彼女たちが使う魔法の違和感が何だったのかをはっきりと理解した。
「ありがとうございます。疑問が解けました」
「疑問ですか?」
「アイリーン様たちの魔法を見て感じたのですが、とても高度な魔力操作をされていました。それ程のコントロールができるなら、もっと魔法の威力が高いはずです」
「シエル殿、王国の魔術師団でも一人一人の火力は知れている。これでも王国の上位のものが集まっている。これ以上の魔法となると使えるものは相当限られる」
褒められているのか貶されているのか分からないシエルの評価に、買い被り過ぎだとガルムは伝えた。それでもシエルはどこか確信がある様子で話を続けた。
「そうですね。先に試してもらった方がいいかもしれませんね。少しお待ちを――」
そう言って工房に入り、薬瓶が詰まった木箱を抱えて戻ってきた。
「この飲み薬を、まず飲んでください」と試験管に小分けされた淡い青色の飲み薬を配る。
アイリーンは、その飲み薬を迷う素振りもなく上品に飲んでいる。ガルムたちもぐっと一気に飲み干した。
その様子に「私が言うのも何ですが、毒とか少しは疑った方がいいですよ」とシエルの方が苦笑いを浮かべる。
気を取り直して飲み薬の効能について説明する。
「この飲み薬には、微量の『魔石』が含まれます。薬の効果は魔力を集めることです」
シエルが言ったその薬効に一同は驚きで言葉が出てこない。魔法の研究は未だに解明されていないことが多く、魔力はその最たるものだ。魔法を使う者にとって魔力を集める薬など大金を積んでもその製法を知りたいに違いない。
アイリーンたちの驚きを気にした様子もなく説明を続ける。
「そろそろ体の外から流れ込んでくる魔力の動きが分かると思います」
そう言いながら一同の様子を窺う。皆、一様に魔力が集まる感覚に驚きもしくは戸惑いを覚えているようだ。
「少し、皆さんには学生に戻っていただきます。魔法の勉強をしましょう」
そう言ってシエルは戯けながら『特別授業』を始めた。
「皆さんが今、感じている魔力はこの世界に溢れている超自然的な力、『マナ』と呼ばれているものです」
「……『超自然的な魔力』ですか。それでしたら私が魔法を使うときに感じている魔力は何なのでしょうか?」アイリーンは困惑しながらも、話を理解しようと質問する。
「皆さんの心の力、精神に由来する魔力、『オド』と呼ばれてます」
「精神に由来する魔力……!では魔法を使い過ぎると気を失ったりするのは、『精神的な魔力』が足りなくなったから?」
独り言のように呟いたリーナに、シエルは「正解です」と頷く。『精神的な魔力』を使い果たし昏倒していたリーナはその原因に思い至ったようだ。
「『精神的な魔力』は、身体を休めれば自然と回復します」
精神に由来するので睡眠や瞑想で効率的に回復させることも出来ると説明を付け加えた。
魔力についてアイリーンたちが理解できたことを確認してシエルは話を続ける。
「ここからが本題ですが、私が使う魔法は『精神的な魔力』と『超自然的な魔力』を使っています。このように――」そう言うと右の掌を石柱に向けて、魔法を行使した。
「【――ファイア・アロー】」
シエルが、詠唱を省き魔法名を発すると、ほぼ同時に石柱を爆炎が包む。爆発と言って過言ではない規模の炎が渦巻き、思わずアイリーンたちは腕で顔を庇う。遅れて届いた爆風がアイリーンの金色の長い髪を乱暴に靡かせる。
「『精神的な魔力』を呼び水にして『超自然的な魔力』を集める技術は、魔法の基本であり神髄です。この二つの魔力を自由に扱う技術が魔法です」
そう言ってシエルは楽しそうに微笑んだ。ずっと驚いてばかりのアイリーンたちに向かってシエルは問いかける。
「とりあえずは、そうですね……あの襲撃者をぶっ飛ばすくらいの魔法を身に着けてみましょうか?」
そう言ってシエルはセシアを見つめる。
「シエル先生、是非ご指導をお願いします」
セシアを筆頭に襲撃者に倒された二人の騎士は、瞳に闘志を湛え笑みを浮かべる。
セシアの表情にガルムと部下たちは顔を引きつらせた。
その日は、飲み薬を使って、『超自然的な魔力』の存在を感じることを繰り返した。
『精神的な魔力』と『超自然的な魔力』の理解を深めて、自信を付けたところで、その日の『授業』は終了した。