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魔法使いの万能薬  作者: 町井 久
第一章
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出会い

 シエルに対峙した男は冷たい声で誰何(すいか)する。ガルムと呼ばれた男の纏う雰囲気は研ぎ澄まされた剣の様に鋭く一分の隙もない。

「そなたは、何者だ……」

「私は、シエル・リル・ファーミルと申します」

「ファーミル……薬師(くすし)か」

「はい、この森で薬草の採集を終え、家路につくところにございます」

 ガルムの問いに臆する事なくシエルは答えた。

 平民の名前は、職業を付け加えることが一般的で、『ファーミル』は薬に関わる職業の者が名乗る。シエルは普段は名乗らない『ファーミル』をあえて付けて平民であることを強調した。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()とガルムに伝えたかった。


 ガルムは鋭い視線のまま、シエルは微笑を浮かべ互いに見つめ合う。ガルムの嘘を許さない無言の圧力を、シエルは事も無げに受け流す。ガルムの部下でさえ気圧される剣呑な雰囲気が辺りを包む。どちらかが不用意に動けば状況が大きく変わる、まさに一触即発の状況だ。

「ガルム隊長、彼は私たちを助けてくれた恩人ですよ」

 落ち着いた声音(こわね)でガルムに話し掛けたのは、アイリーンと呼ばれた少女だ。その横には、奮戦していた護衛の女剣士ともう一人の少女が並んでいる。

「シエル様、(わたくし)はアイリーンと申します。この度はご助力いただきありがとうございます」

 アイリーンと名乗った少女は、気品溢れる所作でシエルに感謝を伝える。アイリーンの側の二人も微笑みを浮かべながら頭を軽く下げた。三人の立ち居振る舞いは平民であれば委縮してしまう程、洗練されていた。

「お手伝いできて、良かったです。――それでは、私はこれにて失礼します」

 そのお礼に対してシエルは、にこやかな表情で当たり障りのない言葉を返し、彼女たちにお辞儀をするとそのまま立ち去ろうとした。

 ガルムはあっけにとられ、三人の少女はお互い顔を見合わせクスリと笑った。ガルムも少女たちもシエルの素っ気ない態度に悪意を感じなかった。

 アイリーンはガルムに目配せをし、ガルムはシエルを呼び止めた。

「シエル殿、お待ちを……、先ほどは不躾な振舞い、失礼した」

 毒気を抜かれたガルムは、先程までの振舞いを謝罪し、男臭いニンマリとした笑顔でそのまま話を続ける。

「お礼をせぬまま、返すのは我らの恥になる。今はこれしかないがどうか受け取ってほしい」

 そういいながら、腰から外した革袋をシエルに渡そうとする。

「お気持ちだけで充分です。私は薬師ですので、薬に関わる謝礼のみ受け取ることにしていますので――」

「嘘をつくな。どうせ厄介ごとと思うておるのだろうが」

 シエルのまじめ腐った言い回しを、ガルムは笑いながら一言で切り捨てる。まさかガルムの方から自分たちを『厄介ごと』と言ってくるとはシエルも予想していなかった。そのせいで、シエルの心の(うち)が顔に出てしまう。

「ほら、図星であろう。感謝の気持ちだ。受けとってくれ」

「……分かりました。ありがとうございます」

 ガルムの気さくで飾り気のない態度に、シエルも苦笑いを浮かべ革袋を受け取った。

 鷹揚(おうよう)にうなずくガルムとニコニコと笑顔の少女たち。そのやり取りにガルムの部下たちも相好を崩した。

 シエルは一同に改めてお礼をいいながら、別れの挨拶を交わす。


「それでは、失礼いたします。皆様もお気をつけて」

「はい、シエル様。ありがとうございました」

 今度こそシエルはアイリーンたちに別れを告げ、背嚢を背負い直し立ち去ろうとしたが――

「おい、シエル殿。背嚢が破れてるぞ。中身が落ちそうだ」

「えっ?」

 ガルムは、シエルの背嚢に刃物で切り裂いたような破れ目を見つけ注意した。背嚢を持ち上げた時に、広がった大きな破れ目から中身が零れそうだ。

 シエルは、そういえば投げつけられたナイフを背嚢で受け止めたことを思い出した。

 具合を確かめようと背嚢を下ろそうとした矢先――

「ほら、言わんこっちゃない」

「あっ!?」

 ガルムは笑いながら、破れ目から落ちた小物を掴もうとする。素早く無駄のない動きで地面に落ちる前にそれ――白い包みから零れた小さなガラス玉――をさっと拾い上げる。

 繊細なガラス玉はガルムが触れた衝撃に耐えられず、パリンと小さな音を残して粉々に砕けてしまう。

 シエルは目を見開き驚愕の表情を浮かべ、敵の惨劇を目にした少女たちは可憐な笑顔のまま固まる。砕けたガラス玉の破片が光を反射してキラキラと輝き宙を舞う。次の瞬間、焼けつくような激痛がガルムたちを容赦なく襲う。


 オージェの森にしばらく絶叫が響いた。



 ☆



「くッ、シエル殿、これは何なのだ!!」

「後で、ご説明します。洗い流しますのでそのままお待ちを――」

 ガルムの手に触れて割れたガラス玉の中身は飛び散ることはなかったが、至近距離で強烈な刺激臭を浴びたガルムは、涙と鼻水を流しながらシエルを問い質した。

 シエルは、その問いを適当にあしらいながら背嚢を下ろし透明な液体の入ったガラス容器の蓋をあけ、ガルムの顔に掛ける。もう一本は、右手の洗浄に使った。


「シエル様……」

「――アイリーン様、これで流せば痛みが和らぎますので顔をお上げください」

 顔を両手で抑え、涙を流しながら感情を抑えた声でシエルの名を呼ぶアイリーン。時折、肩がプルプルと痙攣している姿にシエルは冷や汗をかく。

 アイリーンの肩に体を預けぐったりとしているリーナと四つん這いになりなんとか耐えているセシア。彼女ら三人にもガラス容器の透明な液体で、顔を丁寧に洗い流していく。


 四人以外で痛みがある者にも同様の処置を施していく。幸いガルムたちから距離があり大した被害はなかったが、彼らの怯えた表情にシエルはとても居心地が悪かった。

 一時間ほど治療を続け、手持ちの薬も底をついたがなんとか治療を終わらせた。


 激しい戦いに勝利し身も心も消耗した――ガラス玉の暴発が止めの一撃になった気もするが――アイリーンたちは、休息を取りながらこれからの方針をガルムと話し合っていた。

 シエルができることは治療だけだ。手持ちの薬も切れた今、できることは何もなかった。使い終わった瓶を手早く片づけ、アイリーンたちに目を向けるとまだ真剣な表情で話を続けている。

 治療の際に少し気にかかることもあり、声をかけようと思ったが、部外者はそのまま去るのがいいだろうと思い直す。

(では、失礼します……)

 シエルは邪魔にならないように出来るだけ気配を絶ちその場を後にしようとするが――

「シエル様。どこに行かれるのですか?」とアイリーンに声を掛けられ、そっと外套を掴まれた。

「ア、アイリーン様……!?」

「シエル様は、この近くに工房をお持ちなのですよね?」

「……はい」

「(心にも)深い傷を負った者もおり、彼らの治療をお願いできないでしょうか?」

「それに、私も先程から目が霞むのです。シエル様なら原因が分かるかもしれませんよね……」

「……」

 シエルも、さすがに『催涙剤の暴発』は引け目を感じており、何より()()()()()()を負った者を放っておくことは薬師の矜持に反する。

(これは、断れないな……)

「では、怪我人を診ますので工房までついてきてください」

 シエルは、隠れてこちらを窺う気配を牽制しながらアイリーンたちを工房へ案内した。



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