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魔法使いの万能薬  作者: 町井 久
第一章
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プロローグ

初めての投稿になります!

よろしくお願いします!!

 ここはオージェの森と呼ばれる人里から離れた北方の地。冬を迎えた辺境の森は、真っ白な雪で覆われ今も静かに降り続いている。

 この辺鄙(へんぴ)な場所にある森を歩く人影があった。華奢な体に不釣り合いな大きな背嚢(はいのう)を軽々と背負い、慣れた足取りで雪深い森の中を歩いていく。

 青年の名は、シエル・リル。この森で薬になる草木や鉱物を採集して生活している薬師(くすし)だ。今は森の中で薬草を採取して工房(アトリエ)に帰る途中だ。

「吹雪くかもしれない。今日は少し急いだほうが良さそうだ……」

 シエルは空を見上げ、ひとり(つぶや)く。一人の時間が長く、ついつい独り言が多くなったことを意識しているシエルは、思わず苦笑いを浮かべる。暗くなっていく空模様を眺め、重い背嚢を背負い直し家路を急ぐ。


 シエルは、森にある工房で薬の調合と販売を中心に商いをしている。患者が発生すれば治療も行う。珍しい植物の多いオージェの森に居を構え、病気やケガに良く効く薬を近隣の町や村に届けるシエルの評判は高い。町から遠く離れた場所にある工房に足を運んで薬を買いに来る馴染みの客もいる。おかげさまで森にほぼ籠りながら、生活できる程度には稼げている。今日も馴染み客に頼まれた傷薬の材料を集めに森に入っていた。

 オージェの森は、寒冷地のみで育つ珍しい草木が多く、薬草採取だけでもかなり稼ぐことができる。――ただし、シエルのように採集できる場所を知っていればの話だが。


 このオージェの森は、広大で迷うとそこで終わる。とにかく広く、背の高い針葉樹の森が空を覆い星を見ることも出来ず方向が分からないのだ。

 いつしか帰らずの森と、いかにもそれっぽい名で呼ばれる程度には遭難者を出している。人が滅多といない森。それがこのオージェの森だ。

 シエルはそんな森を迷うことなく歩いて行く。


(ここまで来れば工房まであと少しだ……)

 道とは呼べない獣道から、馬車が通れる道らしい場所に出た。細心の注意を払いながら進んで、ここまで戻ってこれたことでようやく一息つくことができた。

 喉の渇きを覚え、背嚢から水筒を取り出し両手で包み込むと掌を通して水筒が微かに光を放つ。光が収まった後、蓋を外すと水筒の口からほのかに湯気が立つ。口に含むと適度に温められた紅茶が喉を潤してくれる。

(魔法って、本当に便利だな)

 下ろした荷物に腰掛けると、もう一杯、紅茶を飲み人心地つく。暖かい紅茶で疲れが癒えたのを感じ、工房へ戻ろうと背嚢を背負い直す。

 その時、風に乗って聞こえる微かな音にシエルは違和感を覚えた。

(これは、人の争う気配?)

 天候が荒れやすいこの時期には、オージェの森に人が入ることは滅多とない。ピリピリとした気配が静かな森に広がっているのをはっきりと感じた。

(どちらにしてもほっとけないしなぁ)

 工房の目と鼻の先で起こる争いに渋々ながらシエルは様子を見ることにする。厄介ごとにならなければと願いながら、気配を辿ってみることにした。


(――いた)

 しばらく道沿いに進むと争う一団を見つけることが出来た。

 白い外套(がいとう)を纏う集団に襲われている旅人。その仲間は傍から見ても重症と分かる深い傷を負い、ぐったりと横たわっている。

 旅人は残り三人。このままでは全滅も時間の問題だろう。

 護衛らしい女剣士が深手を負いながらも二人を背に(かば)うように奮戦しているが、襲撃者は連携しながら退路を塞ぎ、女剣士は窮屈そうに防戦を強いられている。

(さて、どうしましょうかね……)

 木々の間から様子を伺いながら、シエルは考える。

(出来ればこのまま立ち去りたいが……そうもいかないだろうなぁ)

 シエルはこれからの行動を考えながら、とりあえず背嚢の中を(まさぐ)り、小さな包みを取り出した。その間にも、三人の状況は深刻の度合いを増していく。

「お二人を! 何としても護ります!!」

 二人を励ますように声を上げ、剣を振るい敵を威嚇する護衛の女剣士。その決意とは裏腹に勝ち目が薄いことは目に見えて明らかだった。

 守られている二人は極度の緊張に強張り、あれでは逃げることもままならないだろう。襲撃者が一斉に攻め掛かれば簡単に決着がつく状況だ。そして襲撃者は包囲の輪を狭め、今にも襲い掛かろうとしている。

 この戦いが決しようとする。その時、シエルは動いた。

「あのー、助け、いりますかぁ?」

 緊張した雰囲気が霧散するシエルの間の抜けた声がオージェの森にやけに響く。追いつめられていた旅人どころか襲撃者たちも一様に間抜けな表情を浮かべて振り返り、シエルを見つめている。

 彼らの目に映るのは、重そうな荷物を背負い直している華奢な青年の姿だった。小さく「よっこいしょ」と呟く声がこの何とも言えない間抜けな状況に拍車をかけている。数秒の沈黙の後、惚けていた護衛の剣士は我に返り叫ぶ。

「何言ってるんですかぁ!あなたこそ逃げなさいっ!」

 叫び声が放たれたのとほぼ同時に、襲撃者がシエルに襲い掛かる。間合いを一気に食らいつくした敵に、シエルは手に隠し持っていた白い包みを投げつける。

 襲撃者は突然投げつけられた包みを反射的にナイフで弾こうとする。鋭い斬撃が届く寸前、包みが剥がれ、小さなガラス玉が飛び出した。パリンと音を立てガラスが砕けると、勢いよく中身が飛び散り、襲撃者は中身をもろに浴びてしまう。

「なっ!?―― ウッワァアアアア!!」

 辺りに強烈な刺激臭が広がり目に痛みが走る。周囲でもそれくらいの刺激がある液体を直に浴びた襲撃者は悲惨の一言だった。顔にかかった液体を必死に拭いながらシエルに襲い掛かった男は雪上をのたうち回る。


 一瞬で暴漢を無力化し、シエルはそのまま女剣士の元に駆け寄ろうとするが、邪魔をするようにさらに二人の男たちが襲い掛かる。シエルの死角を突くように一人が回り込み、もう一人がシエルの左胸を狙うようにナイフを投げつける。足場の悪い雪上では素早く(かわ)すことは難しい。そして隙が出来れば死角からの必殺が襲う。

(これは、暗殺者(アサシン)の手口……)

 シエルは、()()()()、冷静に様子を()()()()、くるりと背を向け、背後から襲いかかろうとする敵に裏拳を打ち込む。意表を突かれた敵は、驚愕の表情を張り付けたまま意識を刈り取られる。

 流れるような動きで背嚢に刺さったナイフを抜き、お返しとばかり投げ返す。襲いかかろうと突っ込んできたもう一人は、転げるようにナイフを(かわ)す。

 だが男の後方から仲間の悲鳴があがりナイフを躱した態勢のまま、思わず振り返ってしまう。躱したナイフは女剣士の隙を突いて切り掛かった仲間の腕に深々と刺さっていた。男はそこまで確認できたところで、シエルの蹴りを受け意識を失った。

 シエルが登場して刹那の出来事。戦況は一変した。

「さて、まだ続けますか?」

 シエルは、穏やかな笑顔を作り、敵のリーダーと思しき男に声をかける。襲撃者は数的にはまだ有利。だが、予想外の援軍に状況は膠着した。

 冷たい瞳で状況を見つめる敵のリーダーは、何かに気付き、一瞬だけ視線をシエルから外した。

「ここまでだ。引くぞ…」

 襲撃者のリーダーは、シエルに鋭い視線を向けながら撤退を指示する。男たちは倒された仲間を素早く回収し森の中へ姿を消していく。


 シエルも追撃はしなかった。近づいてくる()()に気を配りながら、襲撃者が離れていくのを見届けた。


 間もなく、護衛の剣士と同じ外套を纏う一団が姿を現す。その身のこなしから実力の高さを伺うことができる。

「アイリーン様! ご無事ですか!」

「ガルム隊長、私とリーナは無事です。ですが護衛の者たちが深手を負っております。急いで手当を!」

「わかりました!リーナ殿、セシア、二人とも良く耐えた。すぐに手当てを受けよ」

 ガルムと呼ばれた援軍のリーダーが、アイリーンという名の少女の様子を確認し、安堵の表情を一瞬浮かべる。すぐに表情を引き締め、部下に負傷者の手当をするように指示を出す。

(どうやら、援軍で間違いないようだ)

 シエルは、状況が落ち着いたことを確認し、荷物を担ぎ直しそっと立ち去ろう。

「待たれよ――」

(やっぱり、そうなりますよねぇ……)

 ガルムは鋭い視線を向け、シエルを呼び止める。

 厄介ごと確定のこの状況から逃げ出そうとしたシエルは、力なく背嚢を下ろし、ガルムに作り笑いを向けた。



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