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雨の日のこと

作者: 鳴平伝八

 傘がない。嘘だ、盗られた?天気予報は午後から雨だったじゃん!学生なら天気予報ぐらいちゃんと見ようよ。自分に非がないのに足止めを食らう事に憤りながら一度教室へ戻る。

「このまま止まないだろうなぁ」

 諦めたように小言が漏れる。

 教室に入ると野上くんが座っていた。勉強でもしていたのかな?ノートや教科書を片付けている最中だった。

「早坂さん」

 私に気づいて野上くんが切れ長の目でにらむ?見つめる?野上くん、それはどういう感情の目なんだい?

「どうしたんですか?」

 野上くんは基本的にみんなに敬語を使う。

「雨がねぇ……」

「今日は天気予報雨でしたよ?ちゃんと見ておかないと」

 見てたんだ!見ていたんだよ!

「傘盗られちゃってさ、止まないかなって淡い期待を抱きながら教室に戻ったわけなのよ」

「……」

 ん?どうしたのかなこの間。震えてる?

「それは災難でしたね、それじゃ」

「ちょいちょい、女の子が傘を盗られ寒さで震えているのに、それじゃ、は無いんじゃない?」

 早々に帰ろうとするものだから少しだけ足止めさせてみた。

「急ぐんで」

 野上くんはドライだな。なんて思いながら

「傘盗られてないと良いね」

 なんて言ったら、鞄から折りたたみ傘を出して見せてくれた。

「さすが野上くん」

 私は親指をたてて見送った。

 にしても災難だ。雨は止みそうにないし。むしろ強くなってないかな?傘が無くなっていた時点でダッシュすればまだましだったかもしれない。

 ふぃー、とため息をつきながら自分の席に座った。

 そもそもなんで傘を盗られないといけないわけ?私何かしました?朝起きたら良い天気。今日も良い一日になりそうね。天気予報を見てみればあれれ?午後から雨が降るって言うじゃない。傘いるでしょ。いやいや凄い晴れてますけど?みたいな視線に午後バカを見なさい!と怨念を振り撒きながら学校へ。

 ちなみに折りたたみ傘って言うのは持っていません。今日盗られて必要性を強く感じました。

 午後からは予報通り雨が降ってきた。今思えばその時点で傘を教室まで持ってきておくべきだったんだ。

 様を見ろってんだい!と雨が降ったときは江戸っ子早坂嬢が腕捲りしていたけど、今となっては見る影もない。私は自分の机に突っ伏して目を閉じた。


 どれくらいの時間が経っただろう、十分ぐらいかな?

 ガラガラガラ

 

 突然ドアが開いたものだからビクッとして扉の方に目をやった。先生でも来たのかなって思ったけど入ってきたのは先生じゃなかった。

「野上くん?」

 そこには野上くんが少し肩で息をしながら私の方に近づいてくる。

「傘......帰り道にコンビニがあったんで買ってきました」

え?

「たぶんこのまま雨止まないでしょうし九月後半とはいえ今日は肌寒い」

え?

「早坂さんのことだそんな雨の中ダッシュで帰ろうなんて暴挙に出て風邪でも引いたら......」

 野上くんは急に話すのをやめて少しおどおどしながら、コンビニでよく見るビニール傘を差し出してくれた。

「ありがとう、わざわざ買って戻ってきてくれたの?」

「たまたま帰りにコンビニが目についただけです」

「それでも嬉しいよ。これで風邪引かずに帰れるね」

 素直に感謝の気持ちを伝えたが野上くんは気恥ずかしそうにそっぽを向いていた。

「にしてもさ、野上くんめっちゃしゃべれるじゃん!」

 いつも口数少ないクールボーイが傘を差し出しながら早口でしゃべる姿を思い出し、いつもと印象が違ったのでつっこまずにはいられなかった。

「そんなことはないです。これ以上雨ひどくならない内に帰りましょう」

 そう言って教室を出ていくもんだから、そうだそうだと私は鞄とビニール傘をもって野上くんの後を追った。


 下駄箱で私はふと気になって野上くんに聞いた。

「野上くん?急いでたの大丈夫だったの?」

「もう大丈夫です」

「もしかして傘買って戻ったからもう間に合わない的な感じ?」

「大丈夫ですって」

「だったらほんとに申し訳ないよ、ごめんね」

 私は悪いことをしたなと感じ謝罪の言葉をのべた。

「大丈夫ですって!」

 少し語気が強まった事に驚いていると

「すいません、本当にもう大丈夫です。解決したんで」

 と今度は野上くんが謝ってきた。

「そっか、ならよかった。悪いことしたかなと思ってさ」

 野上くんは校舎の入り口で傘をバンッと開き振り返った。雨粒をバックに優しく微笑んでいる様に見える。色白で細身の彼は雨がよく似合うなぁと一瞬、見とれていた。

「帰りましょう」

「うん」

 私は自然と笑顔になっていた。


 校門まで来ると野上くんが口を開いた。

「じゃ、僕こっちなんで」

「え?あ、そっか反対方向なんだね。今日は本当にありがとね」

 勝手に同じ方向だと思っていた。勝手にそう思い込んでいたことに気づいて少し恥ずかしくなった。

「また明日ね」

「明日は土曜日ですけど早坂さんが登校するなら付き合いましょうか?」

 切れ長の目で私の目を見ている。見つめてる?にらんでる?野上くん、やっぱりどういう感情の目かはまだわかんないや。

「そうだよ、明日休みじゃん!だったら風邪を覚悟でダッシュで帰るってのもありだったかもしんないね」

 気恥ずかしさから今度は私が早口になっていた。

「早坂さん!」

 今度はにらまれているような気がする。

「それはダメです」

 今度は見つめられた気がした。

「う、うん」

 何と言って良いかわからず言葉に詰まった。

「また来週いつも通り元気に来てくださいね」

 そう言って野上くんは歩き出した。

「また月曜日ね!本当にありがと!」

 彼の背中に向かって言葉を投げかけた。返事はなかったがちゃんと届いた様な気がした。

 私も振り返り帰路につく。

 少し歩いているとコンビニが目についた。あれ?この辺りにコンビニって......と思った瞬間に歩いてきた道を振り返った。


 この辺りにコンビニってここだけじゃない?野上くんの帰り道にコンビニなんてあったかな?いや、アサヒナと歩いたときコンビニどころか自販機すらなくて喉を枯らしたのを覚えている。

 じゃあ野上くんはわざわざ?帰り道とか言ってたけど......そう言えば戻ってきたとき息を切らしてた。傘がないことを伝えたら早々に帰っていった。急ぐって言いながら戻ってきたときにはもう解決していた?

 もしかして、全部私のため、だったのかな?

 え?気になる。けど連絡先知らないし今戻ったところでさすがに探せないし。土日挟むし......って月曜祝日じゃん!

(また月曜日ね!)

 自分の声がフラッシュバックする。野上くんは聞きながらきっとあの感情の読めない目をしていたに違いない!

 私はよくわからない感覚と感じたことの無い感情に戸惑いながら振り返り歩き出した。

 心と表情は自然と笑顔だった。

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