不治の病
「先生、どうやら私は不治の病にかかってしまったようです」
そこは、診察室だった。白を基調とした箱に椅子が二つ、ベッドが一つ、やや大きな机の上にパソコンやら診察で使うであろう器具が置いてあった。そして、向かい合う白衣の男と、遊びのない無地の黒服を着た男。
先の台詞は黒男から発せられたもので、そこから考えるに、この男は患者であろう。
黒男は再び口を開き、自身の症状について述べ立てた。
「自慢みたいになってしまいますが、どうか最後までお聴きください。私は恵まれているのです。世間一般のいうところの上流階級ではありませんでしたが、貧乏には程遠く、両親は共働きではありましたが、しっかりと私に愛情を注いでくれました。学校や職場でもいじめられることはなく、むしろみんな良くしてくれました。生活は順風満帆そのもので、なにも不満はありません。しかし……」
黒男はそこまでをやや早口で言うと、先生の方に視線を向けた。
この医者はたぶん、精神を診る医者なのだろう。
先生が、しかしと黒男の言葉を尻上がりに繰り返して、続きの言葉を促した。
黒男は自分の首を左手で絞めるように撫でながら、先程よりもほんの少しだけ低く喉を震わせた。
「しかし、死にたくなるのです。私は痛みや苦しみは嫌いです。死の間際に感じるであろうそれを、想像するだけで背筋がゾクッとします。そして、死というものにはそれ以上に恐怖を抱いている。記憶を消されて生まれ変わるだとか、苦痛を味わうだとか、そのまま意識が消えるのは、私は喚きちらしますが、それでもなんとか許容できるのです。私が真に恐れているのは、意識があるまま、なんの刺激もない、無に放置されることです。万が一にでも、私が着ている服がビックバンを起こす確率より低くとも、私は無という死を恐れているのです」
黒男はそこまでを口にすると、死にたがっている様には見えない顔で大きな息をはいた。
先生は黒男の目を見ながら、答えはもう、でているじゃないか、と言った。
黒男の病は決して不治などではなかったのだ。
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