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【ココロの勉強日誌】  作者: ココロ・ニーマフート/作者 字
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3 蛙と蜥蜴の冬支度

 今日は大陸の西側、温暖湿潤気候で盆地のこの場所に来た。

「えっと……」

 赤い眼鏡の青年が困った顔で私を見る。彼は七河忍、矛盾の両生類。

「どうしたんすか?」

 その後ろから顔を出す赤髪の青年が、矛盾の爬虫類、太龍。

「ココロさん、スカートがパンツの中に入ってるっすよ!」

「ヨ、龍、ダメだって!」

 龍が私のパンツを引っ張ってスカートを引っ張り出した。

「ごめんね、ココロちゃん」

 忍は覗き込むように見つめる。別に、平気。

 気を取り直して、

「そっか――それじゃあ、何をしようか」

「何か特別な事をしなきゃならないんすか?」

 いつも通りの貴方たちを見せてくれれば、それでいい。私は首を横に振った。

「それじゃあ、まずは畑仕事からかな」

「今日は何をするんすか?」

「米の収穫は終わって、今は乾燥中だから……鳥に啄まれないよう、見張ることくらいかな。見張りながら藁を編んで縄を作ったり――」

「そうだ、裏山の柿が熟れ始めて、もう何個か落ちてたっすよ!」

「じゃあ、干し柿でも作ろうか」

「俺、薪を作っておくっす!」

 忍と龍は頷き合うと、それぞれ準備に取り掛かった。私はとりあえず忍について行く。

「はい、ここに座って」

 縁側に座布団が置かれ、そこに座る。足元には麻布の上に米が撒かれていた。布団何枚分だろうか。

「結構大きいでしょ。この麻布ね、言葉さんが編んでくれたんだよ。大体25平方メートルかな」

 そんなに大きな布を織れるのか。

「麻布も大きいから、遠くの方に鳥が来たら走って追い払ってね」

 忍はそう言うと、藁で縄を作り始めた。なるほど、こうやって作っていくのか。

 ふと、鳥の羽音が聞こえて米の方を見る。雀が数羽米を啄んでいた。急いで縁側を降りて、雀の方に走って行く。雀は驚いて飛び立っていった。

「ありがとう、その調子でどんどん追い払ってね」

 忍はそう言うと、籠を持って出かけてしまった。しばらくすると、薪を抱えて龍が帰って来た。

「どうっすか?」

 少し、暇。そう言おうとした時、腹の虫が大きく鳴り響いた。

「朝ごはん食べてないんすか?」

 そう言えば、食べてない気がする。

「じゃ、これでも食べてるといいっす!」

 榊が懐から木の実を取り出した。これは何?

「それは栗っす。さっき、窯の残り火でちょっと焼いてみたんすよ。そうだ、新しい食器を作ったから、何個かプレゼントするっす!」

 榊はそう言うと、薪の山を置いてどこかへ行ってしまった。貰った栗の食べ方が分からない。歯で噛んでみると、硬い殻の中から実が出てきた。ほんのり甘い香りがしてホクホクしていた。味は特にしないけど、まったりした柔らかい風味が舌を包み込む。

「おいしい」

「それはよかったよ」

 後ろから声がして、忍が隣に座った。

「昨日採った栗でね」

 そう言いながら、今度は柿を渡された。炎のように赤く熟れた柔らかい柿だった。隣で忍が柿にかぶりつくから、同じようにかぶりついてみた。甘い汁が溢れ、口の端からこぼれてしまった。ベトベトになって私を見て、忍が急いで濡れ布巾を持って来てくれた。

「すごい熟れてるね、もうぐちゃぐちゃだ」

 採って来た柿の中でもそんなに熟れていないものを選び、一つ一つ皮をむいていく。大きめの器に焼酎を入れ、その中に柿をくぐらせていく。そして紐を通して、屋根に下げていく。

「よし、こんなもんか」

 忍は満足げに、下げられた柿を見つめる。

「お昼にしよっか」

 忍が台所に立つと、龍が飛んで帰って来た。

「お昼っすか!?」

「呼んでも無いのに」

「俺にはわかるっす!」

 龍は嬉しそうに忍の後ろをついていく。釜の中に米、水、調味料、キノコや山菜、栗、サツマイモを入れていく。炊きあがるまでの間に、お吸い物と簡単なあえ物を作って、炊きあがった炊き込みご飯を茶碗に盛って、ちゃぶ台に並べる。

 3人でちゃぶ台を囲み、

「いただきます」

「いただくっす!」

「……いただきます」

 炊き立てのホカホカの炊き込みご飯を口に入れる。醤油の香ばしさと出汁の優しさが口の中に広がる。ゴロゴロと入った甘い栗とサツマイモ、香り豊かなキノコと山菜。

 あえ物は山菜のツナマヨ和えだった。手作りのマヨネーズが山菜の苦味を包み、優しい味わいを出している。

 お吸い物には何種類ものキノコと香草が入っていた。キノコも大きめに切ってあるため、歯ごたえが楽しい。

「……ごちそうさまでした」

「どうだった? 禊さんほど料理の腕は良くないけど……」

 私に料理の良し悪しなど分からない。ましてや評価など一切できない。だがまた次に機会があるなら、また食べたい。

「おいしかった」

「それは良かった……!」

 忍は嬉しそうに微笑み、食器を洗い始める。

 私と龍は縁側に座って米の番をしていた。途中で飽きた龍が紙とクレヨンを持って来て、私の横で絵を描き始めた。彼の見た目は青年ではあるが、描く絵や中身は美紗とそう変わらない子供の様だった。

「見て! これが禊さんで、これが俺、これがココロっす! で、これが今日食べたご飯で――」

 龍は一生懸命説明してくれた。

 それから龍は籠を持って、

「夕飯の魚を捕って来るっす。何か要望はあるっすか?」

「じゃあ、できればサンマがいいかな」

「了解っす!」

 サンマ! この時期に絶対食べなくてはならない、食べないと損をして絶望すると言うあの秋刀魚! 小町の持っていた本でそう読んだことがある。

「サンマ、そんなに楽しみ?」

 鼻息を荒げて頷くと、忍はなだめる様に頭を撫でた。

 縁側に降り注ぐ日光は暖かく、米を見ていなきゃいけないのに、眠気が私を床に寝かせようとそっと体を押して来る。

 すると今度は別の何かが私の身体を押して、温かい枕に寝かせた。

 懐かしい歌が聞こえた。優しい、眠りと安らぎを与える歌。

 ――ふと目が覚めた。昼間だった空はいつの間にか夕焼け色に染まっていた。体の上に何か重いものが乗っかっている。目を向けるとそれは腕で、腕の元をたどると、柱にもたれかかって寝息を立てる忍が見えた。そうか、居眠りをしていた私を横にしてくれたのは忍だったのか。

 忍の眼鏡の縁に小さな羽虫が付いていたから、よく見ようと顔を近づけると、羽虫はどこかへ飛んで行き、忍の目と私の目がぶつかった。彼の目は綺麗な黄色をしていて、まるで黄金のように輝いていた。小さい眉が八の字を描く。

「ど、どうしたの?」

 忍は少し顔を引き、私の目線をたどっていく。その先にたまたま柱があって、そこに一匹のヤモリが張り付いていた。

「あぁ、ヤモリ」

 忍が指先で触れようとすると、ヤモリは逃げて縁側の板の隙間に逃げ込んでしまった。

 二人でぼーっとヤモリが消えた先を見つめていると、

「ただいまっすー!」

 夕飯の食材を持って龍が帰って来た。

 忍は龍と籠の中を覗くと、何か会話をしながらまた台所に立った。龍が庭で七輪の上でサンマを焼く。その様子を縁側からじっと眺めた。

 それからしばらくしてサンマも焼き上がり、夕食がちゃぶ台に並べられる。炊き立ての白米に、焼きサンマ、山菜の和え物と漬物と、豆腐のみそ汁。

 噂のサンマをいただくとする。箸がまだ使えないため、忍に骨を取ってもらうのを手伝ってもらいながら、身を一つ口に入れる。さっぱりとした塩味に、魚のうまみが口に広がり、何よりよく乗った脂が溶けて味覚を刺激した。ご飯がよく進む。みそ汁の豆腐は濃い大豆の味がしていて、浮かんだ丸い白いものは初めてで、とても柔らかく、かつちゃんと歯ごたえがあった。

「それはお麩だよ」

 なんとも不思議な食べ物だ。パンのようであるが、パンのように溶けていない。

 一通り食べ終わり、満たされた腹を撫でながら縁側で虫の音を聞く。

「僕の生まれ故郷の日本では、こうやって虫の音を聞いて季節を楽しんだんだ」

 とても穏やかで美しい文化だ。

「でも、子供の時は聞くよりも、虫を捕まえる方が好きでね、いつも籠いっぱいにスズムシやらキリギリスを取って来たよ」

 忍はそう言って力なく笑った。

「俺は国の中でも北の方に住んでたから、この時期にこんな風に過ごしたことは無かったっす。この時期はもう風が痛いほど冷たく、虫なんてほとんど見れなかったっす」

 龍はそう言うと、何か思いついたように懐を探り、

「これ、持ち帰るっす! 今朝焼きあがった皿なんすけど、茶碗と箸置きっす」

 渡された茶碗と箸置きを受け取る。茶碗は外側が薄桃色に染められていて、中は白くて、小さな花の模様が入っていた。箸置きはハスの葉の上に寝そべる黄色い蛙の形をしていた。

「ありがと……」

 礼を言うと、龍は少し照れた様子で頭をかいた。

 夜も深まり、布団を敷いて床に着き始める。私を真ん中に、3人で川の字になって寝る。この家に仕切られた部屋は少なく、主に今いるこの居間で生活をする。

 囲炉裏からまだ微かに火の音がする、時折パチン、パチンと鳴っていた。

 目を瞑って眠りに沈もうとするが、昼寝をしてしまったせいか、瞼が開いて寝れそうになかった。何度も寝返りを打つ。

「寝れないんすか?」

 後ろからそう囁かれ、振り向くと、龍が私の布団を引き寄せた。そして手を伸ばすと、一定のリズムでお腹を軽く叩き始めた。

「これは、何?」

「とんとん、すよ。母親が寝付けない子供によくする行為っす。母親の腹の中にいた頃を感じて、子供は寝付きやすくなるんすよ」

 龍はそう優しく言いながら、私にとんとんを続ける。

 最初は半信半疑であったが、その一定の軽いリズムが心地よくなってきて、いつの間にか眠りについていた。

『――ちゃん』

 世界でいちばんやさしい声。

『可愛い可愛い、私の娘――』

 世界で一番温かい声。

『ママの大事な――』

 お母さんが本当にいたら、きっとこんな感じだったのかな。そう思うと、不思議と涙が込み上げた。

 ねぇ、お母さん――。

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