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エロゲ脳はほっとけない  作者: びねつ
決戦
6/8

過去

 小木曽は大学生になりたかった。

 "大学生"という文字から漂う自由の香りに誘われて。


 しかし、小木曽は大学生になれなかった。

 今の時代、どんなバカでも大学に入ることができる。

 しかし、小木曽の家は裕福ではない。小木曽は親から条件をつきつけられた。


「学費の安い国公立大学かつ実家から通える大学。あと奨学金も借りろ」


 小木曽は実家から一番近い国公立大学、浪花大学だけを受験した。

 そして散った。


 浪人する余裕など小木曽家にはない。

 小木曽は、自宅近所にある薬局のアルバイト店員になった。


 しょうがなく。


 小木曽はこのアルバイトの時間が心底嫌だった。

 単調な仕事。慣れてくると思考停止で動けてしまう。

 人とのつながりなんかない。職場の人たちとも職場だけの空しいつながり。


 小木曽は人とのつながりを求めた。

 もともと趣味だった絵を活かそうと、同人漫画サークルを作ろうと決心した。


 インターネットを通じてメンバーを募集した。しかし、全然人が集まらない。

 小木曽はそもそもコミュニケーションが得意なほうではなかった。

 高校時代は少ないながらも友人はいたので、まったく人とコミュニケーションがとれないというわけではない。

 しかし、バイトで心を殺して働くうちに、人と親密になる方法を忘れてしまった。


 メンバーはいつまで経っても集まらず、小木曽の心は荒んでいく。

 ああ、大学にさえ入っていればこんなことにはならなかったのに。


 大学にはサークルという同じ志を持った人が集える場所がある。

 こんな風にメンバー集めなんかしなくても、勝手に人が集まる。

 そこで私は仲間と一緒に同人誌をつくる。

 ときに意見がぶつかり対立する。

 けどまた仲直りして、なんとか同人誌を完成させる。

 その同人誌の売り上げがいまいちでくやしい気持ちになるけど、次こそはもっと売ってやるぞとみんなで一致団結する。


 そんなありきたりなサークル活動を夢想してみる。


 大学にさえ入っていれば、大学にさえ入っていれば、大学にさえ入っていれば。

 小木曽はそんなありもしないifストーリーを考えるうちに今からでも大学に入れないかと考える。


『無理だ、自分みたいな貧乏人が大学生になろうなんてそれこそ夢物語だ。』


『それにもし大学生になれたとしても、私みたいな三十路手前のおばさんは確実に浮く。』


『私と接するときにはみんなは気を遣うだろう。サークル仲間と絆を深めることなんてできないんだ。』


 そんなネガティブなことばかりが小木曽の頭に思い浮かぶ。

 小木曽は夢想をやめて現実に向かうことにした。


 ………

 ……

 …


 とある春の日。小木曽は自転車で隣町を散歩していた。

 最近始めた日課で、バイトのない日は欠かさずおこなっている。

 片道30分くらいのコースである。

 その散歩コースの折り返し地点は浪花大学。


 自分が落ちた大学をわざわざ見に行くもの好きはそうそういない。

 が、小木曽の心の中にこの大学に対する拒否感はなかった。

 大きさはそこそこの大学だが、郊外に位置するこの町の中では一番大きな施設だ。

 そんなランドマーク的な存在のこの大学を見ることが、小木曽の心にちょっとしたやすらぎを与えていた。


 折り返し地点の浪花大学に到着してみると、なんだかいつもより構内がにぎやかだ。

 気になった小木曽は自転車を近くの〇ーソンに駐車し、構内に入ってみる。


 すると、小木曽の目に長蛇の人間花道が映る。

 その異様な光景に圧倒されて小木曽はその場に立ち尽くしていた。


「君、新入生だよね! 入学手続き終わった? よかったらうちのブースこない?」


「い、いえっ! まだです!」


「そっかー残念! うちテニスサークル「パイナップル」っていってそこの角でブースやってるから終わったら寄ってね!」


「は、はい……」


 ………

 ……

 …



(まるで祭りみたいだぁ……)


 時々目の前に現れる客引きを丁重に断りつつも、小木曽は構内を歩いてみる。


(これが大学か……)


 目に入る風景は、小木曽が欲しくてしょうがなかったが手に入れることができなかったものばかり。


(みんな楽しそうだ……)


 でも自分はその輪の中には決して入れないことを実感すると、小木曽は胸が苦しくなった。


 このままでは羨ましさで自分をつぶされてしまいそうになる。


 そう思った小木曽は、つま先を180°回転させ元来た道を戻ろうとする。

 そのつま先が60°ほどを向いたとき、小木曽の目にある文字が入ってくる。



 "漫画研究会"



 ブースを見れば男二人が退屈そうな顔で座っている。


(一度はあきらめた同人漫画サークル……ここならもう一度やり直せるのかな……)


 少し考えて表情を緩ませる。しかし、またその表情は曇る。


(でも、私なんかがいまさら……堅い絆の輪の中に入れてもらえるわけないよね……)


 ブースをじっと見つめる小木曽。ブースの男二人はなにやら話すのに夢中で小木曽にきづいていない。


(あれ、でもこの人たちそんなに仲良さそうに見えない……そうだここなら!)


 小木曽はその方向へと大きく踏み出す。


 ………

 ……

 …



「あのーすみませーん、漫画研究会のブースってここですか?」

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