07「チェスナッツの誘惑」
「オオカミ耳で、小綺麗なセールスレディー風の見た目か」
「本物のセールスレディーと見分けるのは、至難の業ね」
建売の一軒家が立ち並ぶ片側二車線の道路を走りながら、オリバーとメアリーは、それらしき人物がいないか鵜の目鷹の目で探している。そこへ、移動屋台で焼き甘栗を売っているジャッカル耳の青年が通りかかる。
オリバーは、ドアのハンドルを回して窓を開けると、横の歩道を通り過ぎようとした青年に向かって、よく通る大声で呼びかける。
「ダン! ちょっと、こっちへ来てくれ」
「アレレ? オリバーじゃないか。横のグラマー美女は?」
青年が屋台を牽く足を止め、ツーシータに近寄りながら話しかけると、オリバーはメアリーを簡単に紹介し、メアリーと青年は挨拶を交わす。
「事務所の秘書だ。――こいつは、ダニエル。俺と同じ釜の飯を食った兄弟だ」
「あら、そう。――こんにちは、ダニエルくん」
「こんちは、お姉さん。――ひと袋銀貨三枚だけど、二つ買うなら五枚にまけるよ?」
ダニエルが屋台を指差して言うと、オリバーは片手を左右に振って申し出を断って言う。
「悪いが、甘栗は欲してないんだ。俺が欲しいのは、有力な手がかりだ」
「へぇ。今日は何の調査なの? 僕が知ってることなら、答えるよ」
「それじゃあ、シンプルに訊こう。この辺で、保険の勧誘を装って怪しい薬をばら撒いてる奴がいるらしいんだ。見たことあるか?」
オリバーが質問すると、ダニエルはニイッと口角を上げ、屋台に積んである赤い紙袋を一つ手に取り、それをこれみよがしに見せつけながら、商魂たくましく言う。
「オオカミ耳の女性でしょう? いつも居る訳じゃないけど、金持ちそうな相手にアンケートを装って話しかけてるのを、何度か見かけたことがあるよ。それで一度、売ってる商品について聞いたことがあるんだけど、これ以上の情報は、これを買ってくれなきゃ教えない」
「チッ。がめついな。この前、真犯人を捕まえてやったというのに」
「悪いね、オリバー。僕も、生活がかかってるからね。無料では教えられないよ。どうする?」
「わかった、買ってやろう。だが、くだらない情報だったら、この屋台の栗は虫食ってるって言いふらすからな?」
そう言いながら、オリバーはスラックスのポケットに手を入れて銀貨を出し、それをダニエルに手渡して紙袋を受け取り、ひとまずメアリーに預ける。
「まいどあり! ――それじゃあ、話すけどさ。くれぐれも、僕が言ったって言わないでくれよ?」
「わかってるから、とっとと話せ」
オリバーが耳を尖らせながら語気も荒く言うと、ダニエルは耳を垂れて怖がってから、ペラペラと饒舌に話し出す。
「怒らないでくれよ、おっかないなぁ。――何を売ってるのか気になったから、儲かるかどうか訊いたんだ。そしたら、高血圧や気管支喘息の治療に使われてるものだから、その気になれば簡単に精製できるって言ってた。だから、売ってるのはアルカロイドの一種なんじゃないかな?」
「アルカロイドか」
「あくまで、聞いた話からの推測だけどね。役に立ちそうかい?」
「あぁ。おかげで、話が見えてきたよ。サンキュー、ダン」
「どういたしまして。それじゃあ、僕は失礼するよ。――またね、お姉さん」
「ありがとう、ダニエルくん」
軽く会釈をしてダニエルが屋台を牽いて立ち去ると、オリバーは再びハンドルを回転させて窓を閉め、シフトレバーを操作して車を発進させると、中央分離帯の植え込みが途切れたところで、スピードを緩めることなく急にユーターンした。
「もぅ。進路を変えるなら、そう言ってくださいよ」
メアリーが唇を尖らせながら非難すると、オリバーは、前方に注目してスピードを上げて走りながら、簡潔に言う。
「悪い。一旦、事務所のほうに戻るから」
「何か閃いたんですね。プラン内容を伺ってもいいかしら?」
「あぁ。セントラル二十九丁目駅で降ろすから、そのまま事務所に戻って、ラッセルに保安署に行くと伝えてくれ。調べたいことがある」
「それなら、私も同行します」
「いいや、駄目だ。この車に三人は乗れないし、着替えたいだろう? 心配してくれるのは嬉しいけど、あとは所長の俺に任せてくれ。何かあれば、すぐに事務所に連絡する」
オリバーが早口に伝達すると、メアリーはつまらなさそうな顔をしながら、渋々了承しつつ、最後に釘をさすことを忘れない。
「言い出したら、七割五分は曲げませんものね。わかりました。でも、いつかみたいな無茶はしないでくださいよ?」
「わかったよ。くれぐれも入院しないよう心掛けるさ」
そこまで言うと、オリバーは赤信号の前でスピードを落として停止し、メアリーのほうを向いて言う。
「その栗は、五等分して一人分残しておいてくれ」
「四等分ではなくて?」
「フェレスとクラクラも食べるだろう? 二匹まとめて、二割分配だ」
そう言うと、オリバーはニヤッと悪戯っぽく笑ってみせた。