05「気まずい三者面談」
「今度は何を見せたんですか? ボスの名刺は、もう切り札にならないはずですけど」
「ヘイゼル保安官の名刺だよ。只事じゃないのが伝わるだろう?」
「呆れた。名刺入れを買うという選択肢は無いくせに、そういう悪知恵は、よくはたらくのね」
「ヘヘッ。どういたしまして」
オリバーが片手で後頭部をガシガシと掻きながら見当違いに照れると、メアリーは、それを視界に入れないようにそっと瑠璃色の目を伏せ、ティーカップを口元に運び、静かにシンクの液体を喉に送ると、コトリともさせずにソーサーに置き、柄に繊細な模様が描かれたティースプーンの曲面に、上下左右逆さまに写る顔を見ながら言う。
「私まで来る意味は、あったかしら?」
「そりゃあ、あるさ。だって、想像してみろよ。俺が一人でここに来て『ピーター坊ちゃんと話がしたい』って言ったところで、スチュワードさんは『忙しいから後にしてください』って言うに決まってるじゃないか」
「それもそうね。その点、私が一緒なら、ろくにアポイントも取れないほど、なにか緊急事態が起きてるんじゃないかと思われるわけね?」
「そういうこと。息子と会うのが気まずいかもしれないけど、今日は俺がインセンティブを握って話すからさ。こっちを見てくれよ、メアリー」
そう言いながら、オリバーがメアリーの顔の前で手を振ると、メアリーは一瞬、鬱陶しそうに眉をひそめたあと、オリバーの琥珀色の目を睨みながら言う。
「それを言うなら、イニシアティブよ。別に、ピーターと話をしたくないわけじゃないわ。ただ、それがピーターのためにならないんじゃないかと思うだけで」
「それを、世間では気まずいっていうんだ。――オッ。坊ちゃんが来た」
燕尾服を着たキツネ耳の紳士が、勇ましい獅子のレリーフが刻まれた木製の重厚な扉を押し開け、そっと脇に控えると、続いて、パブリックスクールのエンブレムが胸元に金糸で刺繍されたブレザーを着たピーターが現れる。そして、扉を閉めた紳士は、素早く二人の向かいの席に移動し、他のイスより一段と背もたれの高いイスを引いて着席をサポートする。
「遅くなりました。これでも急いで来たんですけど、寮から外出する際には、何かと煩瑣な手続きが必要でして」
柳眉を下げながら、申し訳なさそうにキツネ耳を垂れてピーターが事情を説明しはじめると、オリバーは、話の途中に割り込んで制しながら、早口に言う。
「あぁ、いや。だいたいの理由は想像がつくから、謝る必要はないよ。それより、これから話す内容は、出来れば君の耳だけに入れておきたいことなんだけど」
そう言って、オリバーが無言のまま部屋の隅に立つ人物に視線を走らせると、ピーターは、コホンと小さく咳払いをしてから堂々と命じる。
「スチュワード。席を外してくれ」
「はい、坊ちゃま。それでは、みなさま。失礼いたします」
スチュワードと呼ばれた紳士は、足音も密かに扉の前まで移動すると、どこか腑に落ちない様子を顔に滲ませながらも、丁寧に一礼してから扉を閉めて姿を消した。