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11「ナントカは犬も食わない」

 暴れるヘイゼルを何とかお姫さま抱っこして走るオリバーは、そのまま彼女を開いている運転席側のドアから助手席に向かって放り込み、急いでシートに座ってドアを閉めると、差しっぱなしにしてあったキーを捻って素早くエンジンをかけ、アクセル全開で発進した。


「イタタタ。こんなことして、ただで済むと思ってるの? 何の真似よ」

「ギャンギャン喚くな。誘拐犯だと思われるだろうが!」

「その通りじゃないの」

「その通りではない。どこの世界に、保安官をかどわかす野郎がいるんだ。物好きにも程がある」


 そう言うと、オリバーは前方に注意しつつ、片手の親指で座席の後ろを指差しながら続ける。


「その辺に、業界別電話帳があるはずだ。十一区の『ニコニコ製薬』の場所を調べてくれ」

「待って、オリバー。私は、あなたの依頼に協力するとは、ひとっとことも言ってません」

「いいから、付き合えよ」

「嫌よ。一緒にいるところを保安署の誰かに見られて、交際してると噂の種になったらどうするのよ?」

「芽を摘み取れば良いだけの話だろう? それとも、ホントに付き合って花を咲かせるか? ――オッと! 危ない」

「チッ。外したか」


 こめかみにジャブを繰り出そうとしたヘイゼルの片腕を、ボクサーのようにオリバーがひらりと避けると、ヘイゼルは舌打ちして小声で囁きつつ、拳を収めた。


「聞こえてるぞ、ヘイゼル。運転中にドライバーを気絶させようとするんじゃない」

「あら、ごめんあそばせ」


 高飛車に掃いて捨てるように言うと、ヘイゼルは腰を百八十度ひねって座席の後ろにある空間を見渡し、空き瓶や紙袋が雑然と散らばる中からお目当ての電話帳を見つけると、それを片手を伸ばして引っ張り抜き、前へ向き直って十一区のインデックスを開きながら言う。


「えぇ『ニコニコ製薬』は、と」

「結局のところは、協力してくれるんだな」

「降ろしてくれる気配が無いもの。それに、どのみち始末書を提出しなきゃいけないなら、好きなだけ踏み外してやるわ」

「毒を食らわば皿まで、か。ハハッ。それじゃあ、その勢いでドライブデートと洒落こみますか」


 オリバーが片手をヘイゼルに向かって伸ばすと、ヘイゼルはそれを電話帳で叩き落して言う。 


「馬鹿なことを言わないで。それはそれ、これはこれよ」

「イッテェな。何を勘違いしてんだよ。俺は、ギアチェンジしようとしただけだ」


 叩かれた手の甲を、オリバーがわざとらしくフーフーと吐息で冷ましてからシフトレバーを動かすと、ヘイゼルは視線を紙面に戻しながら、詰問するような厳しい口調で言う。


「李下に冠を正さず、よ。だいたい、あなたには素敵な恋人がいるじゃない。この、浮気オオカミ」

「恋人? 俺はフリーだぞ?」

「しらばっくれないで。美人のキツネさんと、親しくしてるじゃない。駐車違反の取り締まり中に、仲良く並んで歩いてるのを見かけたわ」

「メアリーなら、ただの秘書だ。ビジネス上の関係でしかない」

「嘘つきは」

「泥棒稼業は始まらない。その上で念を押すけど、俺と付き合う気は無いんだな?」

「あるわけないじゃない。跪いて泣きベソかいたって、お断りよ」

「あっそ。嫌われ者なんだなぁ、俺は。まっ、気が変わったら、いつでもどうぞ。――それより、住所は、まだか?」

 

 ルームミラーをチラ見しながらオリバーが訊ねると、ヘイゼルは苛立たしげに、ひと息で答える。 


「シティー十一区五十九番地ダウンタウン通りジン横丁ビー号シェリーハウス七階」

「えっ、どこ? もっとゆっくり、丁寧に言ってくれ」


 オリバーが耳をピクピクと動かしながら言うと、ヘイゼルは眉間に縦ジワを寄せつつ、口を大きく動かし、一音一音区切るように言い直す。


「五十九番地、ダウンタウン通り、ジン横丁、ビー号、シェリーハウス七階」

「オーケー。今度は、ちゃんと聞き取れた。聖トリニティ教会から、西へ二ブロック移動したところだな」


 そう言うと、オリバーはハンドルを左に目いっぱい回し、交差点を大きく左折した。 

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