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10「もう君に触れられない」

 無機質で殺風景なモノクロの面会室で、金網の向こうにオレンジ色のオールインワンを着た、かつてのボスが座っている。心なしか以前より頬がこけているオオカミ耳の彼の側には、紺色の制服を着た看守が立っている。

 足音どころか呼吸の音さえも響く静寂を打ち破るように、囚人が、部屋に入るワイシャツとスラックス姿のオリバーに話しかける。


「葬儀でもあったのかい、オリバー?」

「こいつを喪服にするのは、あんたが地獄に落ちたときくらいだよ」

「そうか。それも、そうですね」


 自分に言い聞かせるように囚人がポツリと呟くと、オリバーは気にせず話を進める。


「さて。粘ったけど二分しか時間をくれなかったんで、単刀直入に訊くぞ。いいか、正直に答えろよ?」

「あぁ。この場に及んでまで、嘘をつくような真似はしませんよ」

「そいつは助かる。テオブロミンを精製した奴は誰だ?」

「君。事件に関係することは……」


 看守が会話を遮ろうとすると、それを無視して囚人が答える。 


「ニコニコ製薬。場所は、シティー十一区ですよ」

「おい、二十三番!」

「シティー十一区のニコニコ製薬、だな?」

「そう。その通り」

「面会は、そこまでだ。今すぐ立ち去りたまえ!」

「言われなくても、こんな息が詰まるような辛気臭いところ、長居しないさ」


 そう言って、オリバーは立ち去りかけると、ふと用事を思い出したように顔を上げ、踵を返して片手の人差し指を立てながら言う。 


「そうそう。この前は聞きそびれたんだけどさ。どうして俺は、モルモットとして売り飛ばされなかったんだ?」

「面会は終わりだと言っただろう!」


 看守が思わず声を荒げると、囚人はそれを非難めいた口調で止め、オリバーに答える。


「まぁまぁ、これは事件とは関係ない話ではありませんか。――君は、若い時分の私に酷似してるからですよ。困ってるひとがいれば身を削ってでも助けようとする危なっかしいところが、そっくりです」

「そうかい。にわかには信じられないな」


 オリバーが眉をつり上げて疑わしげな表情をすると、囚人は自嘲気味にフッと笑いをこぼしてから言う。


「闇に呑まれないことです。私は、君の反面教師だと思いなさい」

「言われなくたって、絶対に真似しないから安心しろ」

「君たち、いい加減に」

「今度こそ、ホントに立ち去るよ。――またな」


 俯いて胸を押さえ、切なさをあらわにしている囚人と、怒り心頭の看守を置き、オリバーは足早に面会室を出た。

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