昏き教会に住むシスター、です。
唐突にアレフは尿意を憶え、目を覚ました。身を起こし、イヤイヤベッドから立ち上がる
「ふぁあ……あれ?何か静かだな……」
それも妙な静けさだ。人の気配を感じないというか、嫌な予感がするのだ。
何にせよ取り敢えずはこの尿意を解き放ち、そして鎮めることが最優先事項だ。この嫌な予感の実態を突き止めるのはその後でも構わないだろう
(もしかしたらトイレまでの道中で会えるかもしれないしな……)
そんな訳でアレフは戸を押して部屋から出た。この宿は各個室にトイレが着いておらず、今アレフの居る二階から一階へ降りた所に「共同トイレ」がある……寧ろ、それしか無いのだ。
そんな微妙に不便なヒュウガの宿事情に嘆きながら、アレフはゆっくりと階段を降りていく。暗いので手にはランタンを持って足元を照らして進む
降りきった所で正面玄関から誰かしらの足音が近付いてくるのをアレフは感じる。一瞬敵襲の心配をしてしまったが、どっちかと言うとマナらの足音な可能性のが高そうだとすぐに思い直した。だが、結局はどちらの予想も外れていた様でそこから現れた足音の主はアレフの知った顔をした一人のおっさんだった。
「おりょ、旦那さん。いらっしゃったんです?」
「あぁ、今まで寝てたんだが……何だよその顔。何かあったのか?」
この宿の主人であり、部屋を借りる時に数度笑顔で会話を交わしたこのおっさんは、何やら後ろめたい事があるのか視線が宙を忙しなく漂っている。そういった事に人一倍聡いアレフがそんなおっさんの変化を見逃すはずもなく
一度、膀胱の限界を頭から離しておっさんの顔を凝視した
「あ、あー……うん、そうだよな。口止めされてないし言ってもいいよな……ごほん、いやね旦那さん。あんたの連れがさっきこぞって外に出てって。どうやらあんただけ置いてかれたみたいだな……って。へへ」
「へぇー……外へねぇ。えぇぇ……?」
アレフは首を傾げ、そのままトイレへと向かった。
うん、成程。アイツらが見当たらないのが何故かはわかった、そりゃ外に出てるんだから人の気配を感じないわけだ、うん。成程、成程な……………。
アレフは洋式トイレに腰を落ち着けて
ジックリと考える。起き抜け一番だからかイマイチ脳の回転速度が悪い、イマイチ現状が理解出来ない。何度もおっさんの言葉を復唱して何とか理解しようとするが、固い糞を捻り出すように中々難儀してしまった
そして、長い尿が出きったその瞬間
「…………行く、か」
そう溜め息混じりにズボンを上げたアレフの顔は現状を理解した「保護者」の顔だった
▶▶▶
ちょうどその頃、保護者の反語で言う所の自動サイドな彼女らはと言うと、教会内を自由に探索して回っていた。
各々が勝手気ままに歩き回っているがその中でマナが最も気を留めたのは唯一神ナハムの御姿……ではなくその後ろ。壁の一角を埋める巨大な「ステンドグラス」
赤、青、緑のいわゆる「光の三原色」で造られたその美しい「鏡の絵」は実に見事で美麗。思わず目を奪われてしまう程だった
「ありゃユニコーンだな。久しぶりに見たな、アレ」
「ゆにこーん?えほんにでてくる、あのゆにこーん?」
いつの間にか横に並んでいたマスターが目を細めて自分同様にステンドグラスを見つめている。ユニコーンと言うのは額に一本の角を生やした流麗な白馬で、度々童話にも出てくる架空の生物なのだが……横に人の言葉をなんでもない様に喋る馬がいると、ユニコーンくらいそこら辺に居そうだと思えてくるのが不思議だ
にしても、凄い。これ、誰が造ったのだろう。夜月の灯りで照らされるその様はまるで宝石のように輝いていて気を抜いたら手を結って拝んでしまいかねない
……マナが感動していた、まさにその時である
「Hands Upですぅ侵入者ぁ!!」
出入口の戸からそんなえらく「可愛らしい」大声が響いてきたのは────。
▶▶▶
彼女は教会の二階に住み込んで居たらしい。それも一人で、ステンドグラスを管理するために今日も今日とてボロいベッドに寝転がり眠っていたらしいのだが……何だか下から人の話し声が聞こえてくるではないか
(まさか……し、侵入者ですぅ!?)
彼女は怯えに怯え、ベッドから飛び起きた。勿論手にはランタン、これが無いとあまりの暗さで自分が転びかねないのだ
さて、それを手に階段を降りつつ一階を覗いてみるとやはり居た。侵入者が
それも一人や二人じゃ効かない、その上どう見ても人外のソレも居る。こんなのどうやって戦えばいいのか
不幸にも今、この教会で泊まってるのは自分だけ。仲間は居ない、即ち一人対複数人……うん、勝てるわけがない
(うぅぅ……でも、ここで逃げたらそれはそれで不味いですよねぇ……)
結局、彼女は涙目のまま侵入者相手に声を張り上げたのだった。
今更ながら紹介しよう、彼女の名は「タマ」この教会に仕える「見習いシスター」だ
「で、そのタマが何の用?言っておくけど私たち怪しい者じゃないわよ。ちょっと教会の中を見に来ただけだもの」
「こんな夜中に、それも鍵のかかった教会に忍び込んでる人たちが怪しくないわけないじゃないですかぁ!!」
そう言ってタマは震える手で無残なまでに壊された錠のぶら下がった出入口の戸を指差した。どうやら自分とマナがやったらしいそれを見て、サシャは自分のこめかみに汗が伝うのを感じる
(……どうしよ、逃げるのも不味いし。でも、本当に興味本位で来ただけだし……うーん、どうしましょ)
サシャが今、この状況をどう打開するべきか頭を捻って悩んでいるその時。マナの横でこれまた嫌そ〜に顔を歪めていたマスターが顔もそのままにタマへ向けてスタスタ歩いていった。
「おいタマ、勝手に入って悪かったがここは俺に免じて……っておい、聞いてるのか?」
「へ……ぇ……?」
サシャは深い溜め息をついた。そりゃ急にこんなデカくて不細工な見知らぬ馬が喋ったら驚きもするだろう……と
そしてサシャは見た。タマの「何故、貴方がここにぃ……?」という軽く頬を染めた上での呟きと、マスターの滅多に見ないヘラヘラしていない真面目な顔を
そうして感づいたのだ。(こいつら、顔見知りなの?)と
暫く無言の続いていた馬と少女だったが、次にやっと口を開いたのは少女の方だった
「あ、あのぉ……お久し、ぶりです」
「あぁ、久しぶりだな。見ない間に随分とデカくなったじゃねぇか」
タマは途端に何だかモジモジと体を揺らしだし、マスターを見ようとしなくなってしまった。人(馬)と喋る時はちゃんと目を見て、が信条の一つなサシャはそんなタマの様子にほんの少し苛立ちを憶え、注意しようと口を開く……が、そこから言葉が出るより少し早くリリが口を塞いでしまった
「は、はにふふのの!(な、なにするこよ!)」
「いや、今口を挟むのはアレです。野暮というやつですよ……どう見ても今は邪魔しちゃダメです、乙女的な意味で」
そう言ってリリは尊いものを見るような目で馬と少女の拙い会話を見守った。口を抑えられっぱなしのサシャはふがふがと何やら抗議していたがもう気にも留められない。後の話によるとサシャは恋云々の話に疎く、場の空気の「意味」が分からなかったとの事だ
「……マスターさんも、見ない間に「お友達」が増えたみたいですねぇ……?」
「ん?あぁ、こいつらは友達っつうか仲間だな。旅仲間って奴だよ」
「ふぅん……まぁ、良いですぅ。皆さん改めまして、私タマ。って言いますぅこの教会に務めさせてもらっていますどうか、以後お見知りおきを〜」
タマは一度マスターから目線を外し、その後ろで黙って待っていた三人に一礼した。ボロいながらもシスター服の裾を持って優雅に頭を下げるその姿は元の生まれや育ちの良さを感じさせる物だった
しかし、三人のうち一人はそれよりも大事なことに気づいてしまった。
(も、もしかして……私達、「恋敵」だと勘違いされてるんじゃあ……?)
だとしたら、すっっごい嫌だなぁ。と心から思うリリでしたとさ
▶▶▶
さてさて、所戻ってアレフはと言うと
着ていた寝巻きからいつものフード付きの商人特有の格好に着替え、外へと出ていた。道行く人らにマナらの特徴を伝え、彼女らの行き先を知らないかを聞いて回った。が、あまり良い結果は得られなかった様子
「……はぁ。どうしたもんかな」
寝起きに外へ出るものじゃないとつくづく思う。目はしょぼしょぼするし頭の回転もイマイチ悪い、おかげで捜し物も満足に出来やしない
今アレフは適当なベンチに座り、道中買った温かいスープ片手に絶賛落ち込んでいた。その前を歩く様々な見た目を持つ彼らは傍目でそれをチラ見しつつ、声を掛ける事もなく素通りしていく。それは彼ら彼女らが薄情な訳ではなく、誰でもこんな夜中に一人スープを片手に落ち込む男に声は掛けたくないというのが、道理。だからアレフも差し伸べられない手に対して余計落ち込んだりはしない、むしろ放って置いてくれる事に感謝すら覚えていた
……うん、まぁそれは言い過ぎだが。
それから暫くして、アレフはベンチから立ち上がった。スープは全部飲んだ、残ったゴミは道の端にあるゴミ箱に捨てた……そして、目星も付けた
(教会は「アイツ」が居るからあんまり行きたくないんだけどな………仕方ない)
「……はぁ、じゃ、行くか。」
そうして、やっとこさアレフは丘上の教会へ歩き出すのでした。その中で何が起きているかなんて想像もしないままに
続く




