逆転に次ぐ逆転、です。
「────、開けよ門。」
フーガがマナを腕に監獄唯一の出入口を開ける。中に居るアレフが外に出ないよう先程まで腰を抜かしていた槍や剣を手にする兵らがその周りをきっちり取り囲んでいる。ボスは一歩引いた所で怪我の手当を受けている、ボス自身は「ンなもんいらねェ、舐めてんのか?」等とガンつけていたがいざ包帯を巻かれ始めると意外な程大人しく従っていた
だが、アレフもまた大人しかった。静か過ぎて逆に生きているのか不安になる程だった。何せ先程から一切の動きを見せないし言葉も発さない、寝ていると考えるのが妥当なのだろうがどうも違和感を感じるフーガだった
「ボス、やりますよ」
「…………」
フーガはもはや手遅れだろうとその不安を隠そうともせず声を掛けるが、ボスはその沈黙こそが答えだとばかりに口を開ける様子を見せない。フーガはそんな上司の顔を目端で捉えてすぐに足元に開く監獄の門へと視線を戻す
(せめて、痛くないように……。)
流石にいたいけな少女をコンクリートのような硬い床に叩き落とすような事は己の善意が許してくれないので、不気味ながらにも監獄の中に横たわり続けるアレフの腹めがけ落とす事にした
手早く狙いを定め、腕の拘束を緩めるとマナの体は抵抗もなくずり落ちていって────────その時だった
「お待ち下さいっっ!!!」
そんな声が突如遠くから鳴り響いた
ボス含めその声を聞いた全員が声の方向へ振り向く。フーガも一度マナを抱き直して周りと同様に振り向いた。その瞬間、監獄の注意が薄れる事に気付くことも無いままに………
声の主は何て事の無い、先程もボスの前に現れた城内の遣い走りの小僧だった
小僧は前と同じようにボスの前で止まるわけでなく、監獄前で立ち尽くしているフーガの前まで辿り着いた小僧は腕の中で既に眠る様に目をつむっているマナを一瞥し、そしてフーガを正面から見据えた。その目はとても冷静さを感じさせるものではなく、息も途切れ途切れな所から余程大事な言伝を預かってきたのだろうか、とフーガは軽く勘繰った
「フーガ様、その少女を一度城へお連れします。しなくてはなりません、これはコーガ様の言葉です」
「……兄者が?こんな突然、何があったというんだ……?理由は、理由は何か聞いているか?」
「……えっと、」
何故だか少々、答えるのに間があったが結果的に小僧はキチンと答えた。その内容と言うのが「アレフは世界有数の犯罪者、知恵の守護者に連行するのも仕方ないと諦めれるが残りの馬以外は我らオオエドの資産にさせてもらいたく願う。今日一日で魔法の恐ろしさは骨身に染みた、あれをこの先の戦いで使いこなす事が出来ればこの国の将来も堅い物となる、すまないがアレフ以外はこちらに譲ってくれないか」、という物だった。成程、確かにこれ程長い言伝を走り回った後一息に答えろというのも酷な話だったかもしれない。フーガは何度か頷くと、ボスの方を向いた。意見を具申したいのだ、だが
「任せる」
そう言ったきりのボスだ。彼は既に受けるべき処置を終えたのだがそれでも尚極力黙ったままである、フーガは訝しんだが、考えてもイマイチ答えが出なかったので「自分に任せてくれている」という解釈で一旦終わらせておいた
それより今は「この少女」をどうするかである。確かに元の契約の中にはアレフの身柄は「知恵の守護者」が預かる、という趣旨こそあれどもこの少女らについてはそこまで詳しく書いていなかったはずだ。元々大した驚異にはならないだろうという判断の元、必殺の後回しにしておいたのだがそれが良くなかったか。結局は大いなる脅威として猛威をふるわれたし、こうやって扱いに困ってしまっている。一応監獄に入れようとはしたがそんな物は一時的な物だ、知恵の守護者側としてはあんな危険生物?を召喚できるトンデモ少女を入れる檻なんて無いし、大体普通の少女用の檻なんてものも無いし正直な所「帰ったらこの子の処遇どうなんのかな」というのがフーガの心だった。もしかしたら闇世界の方に放り込まれたりもするかもしれない、それは良くない
────ここまで考えたフーガは一息ついて、それから結論を口に出した
「わかった、その意見を呑もう。だが人権を無視する様な行為は消してするなよ。その時は自分らの首を取りに行くからな……ボス。これで良いですよね?って、ぇ?」
何度目かの確認を取るべくボスが居るはずの場所を見やるが、何故か居なくなっている。その代わりに自分の眼前、小僧の背後に無言で立っていた。その顔には何処か皮肉めいた笑みが浮かんでいるように見える
「さッきからよォ……なーんか頭に引ッかかってッたんだよ……んで、思い出したんだが、俺これと似たような事を前に経験してんだわなァ」
最初は緩め、気さくにそして段々と重く、ひたすらに重くのしかかる疑惑の重圧をフーガは目にした。そして、いつの間にかフーガの腕からマナをくすねていた小僧はその視線を背に受けつつ黙っていた。俯いているので表情は読めないが、肩が震えている。やはり恐れているのだろうか?
「必要ねェかもしんねェ、もしかしたら超失礼な事かもわかんねェが何分疑い出すと執拗い性分なんだ。ちょいと面ァ見せてくんねェか?大丈夫、すぐ終わらせッからよ……ほれ、早くしろィ」
しかし、ボスが促しても促しても小僧は一向に伏せた顔を上げる素振りを見せない。まるで嫌がっているような所作に、フーガの胸中は巨大な疑念が渦巻き出す
(こいつ……否、まさか。だってアレフはあの檻の中に、檻の中に……)
そして、おもむろに駆け出した。行く先はすぐそこ、穴を開けっぱなしにして放ったらかしにしていた「監獄」だ。
(しまった、やはり閉め忘れていた……まさか、ここから逃げて小僧に変身したというのか……有り得る、アイツなら充分やりかねない芸当だ)
そんな事を必死に頭の中で整理しつつフーガは檻の中、または下を見つめた
そこにアレフの姿を認められなかったらあの小僧は間違いなく変装したアレフだ。その時は躊躇無くボスへこう伝えよう「そいつがアレフです!」、と
だが、だがもしここに居たら…………
「い、居る……。」
アレフは寝ていた。ピクリとも動かず
静かに眠っていた、いや、起きているのかもしれないがその寝姿からは既に逃亡の石を失っているように見えてまた別の意味でフーガは内心驚いた。驚いたが顔と声には出さなかった。極力冷静な態度を努め、そして額に嫌な汗を浮かべながら首をかしげた
(なら、アイツは一体?)
ボスが今疑い、素性を暴こうとするあの小僧は一体……?フーガが眉をひそめて訝しんでいるその時、ボスはもう我慢ならんと小僧の肩を掴んだ所だった。
「なァ、顔見せんのがそんなにヤなのか?疑いを晴らすッてェだけだ。心配すんなや」
言葉こそ彼からすればまだ優しげな部類だったが、それを紡ぐ顔が不味かった。すでに待つべき時は待った、と言わんばかりに歪ませた鬼の形相で見つめるその後頭部は既に相手の目星を付けているようで、もう無理やりにでも顔を引っ張りあげるつもりで掴んだ肩を思い切り引いた
すると、意外な程にすんなりと小僧はその顔を明かした。そこには、怯えふためく一端の小僧が浮かべる顔は無く、代わりにあったのは紛れも無い、今監獄で寝ているはずの「大泥棒」だった
「……バレちゃった、てへ。」
「てへ、じャねェやアホたれ!」
笑いながら舌をペロッと出した小僧、もといアレフの肩をボスはより一層強く掴み、ミシミシと骨の軋む音を立たせながら無理やり自らの顔の高さまで持ち上げてみせた。アレフの顔が歪む
「トリックの種は聞かねェぜ、面倒からなァ……さしずめあの檻ん中で寝てんのは「偽物」、いやあのカード……A5とか言ったか?アレだろう」
聞かないと言った割にベラベラと自分の考えをよく喋るあたり、先程から考えていたのだろう。そのせいでフーガの言葉に生返事しか返せなかったのかもしれない
どれ程までに乱暴に扱われようとも腕の中で眠るマナだけは守ろうと奥歯を噛んで痛みに耐えるアレフ、それを見てやっと勝利を確信したのかボスはニヤリと笑うと、そのまま檻へと歩き出した。フーガが驚いたようにこっちを見ているのに気づき、空いた手で小さく手招きした
「今からこいつらを放り込む。俺が投げ次第穴を塞げや、頼むぜフーガァ」
「は、はいっ。分かりました、ボス」
そして、おもむろに監獄の門前で足を止めたボスはアレフに向けて勝者の笑みのまま口を開いた
「言い残す事はあるかよ、おォ?」
「あー……特に無いな。」
フーガもボスの横についた。準備は万端、こいつらを檻の中に入れてもうすぐ来るであろう本部からのヘリに乗って連行するのだ、コーガ云々の話もどうせデタラメなのだろう。第一爆発に怯えて顔すら見せない様な情けない男が今になってそんな指示を飛ばしてくるはずもない
(……冷静に考えりャァ分かるだろうによォ、俺もまだまだひよッこてェ事なんかね)
さて、独りよがりの自責もそこそこにして彼らに引導を渡すとしよう。ボスは腕を監獄の門、穴の方へ伸ばし、そしてアレフの肩を今、ゆっくりと放した。重量に従って彼と腕の中のマナは落ちていく……深く、暗い穴の底へ
「なーんちゃ、って」
瞬間、ボスとフーガの視点はぐるりと一回転した。足が地面から離れ、体が縮みあがる程の浮遊感を全身に感じた。咄嗟に冷や汗が体から湧き出す。
二人は監獄へと落ちる瞬間、目の端にその姿を捉えた。腕に少女を手に一枚のトランプカードを持ったかの「大泥棒」の姿を、つい一瞬前に穴へと落ちたはずのその姿を
「「何で、どうやって?」とか言わないでくれよ?これがお前らの言う「大泥棒」たる姿なんだからよ」
そう笑った顔は昔、世界中に猛威を振るい瞬く間に悪名を轟かした「大泥棒」そのものだった。とボスは場違いながらに何故か感慨を覚えるのだった
続く




