闘争は本能のままに、です。
さて、リリによる決死の魔法による爆発は結果的にとはいえフーガをボスの元へ呼び寄せてしまった訳だが、物陰に潜んで来るべき時を静かに待っていたマナは冷静だった。むしろ恐らくさっきの一撃で魔力も精魂も尽き果てたであろうリリの所在の方がよっぽど気がかりな程だ
(たぶん、あのせのたかくてほそいたてものをばくはつさせたんだよね……じゃあリリもきっとそこに……だいじょうぶかな?たすけにいくべきかな……)
どうせ今は手を出す事も出来ないし、ちょっとくらい目を離しても……いやそれはダメだ。千載一遇のチャンスはすぐそこにあるのかもしれない。そしてそれを逃せばもう二度とチャンスは訪れないかもしれない。
(うぅ……ごめんリリ、きっとサシャがなんとかしてくれるから……ごめんね)
別に死んだわけでは無いのだが無意味に天へ合掌し、リリへ深い謝罪の念を送る。マナはそうして元通り静かに物陰からチャンスが訪れるのを待つ事にした。
────────待つ事に……待つ。
(あっ)
瞬間、マナの頭に電流走る。そうだ何もじっと静かに耐え忍んでやる事は無い。このままではリリの決死の一撃は徒労に終わり、自分は長い時間をかけて待たないといけなくなる。そう、そんな事をする必要は無いのだ
何せマナ、彼女にはこの機会を繋ぐ技を持っている。千変万化、彼女の意思に従う第二の腕が
そこからのマナの行動は特別早かった
いつぞやのサシャ主催のパレードで使って以来となる綺麗な一発を天高くへと穿つべく、長い長い詠唱と共に巨大な魔法陣を足元へ広げる。マナにしか見えない深紅の魔法陣だ
そして、時は満ちた
「とんで。りりのおもいをのせて…!」
瞬間、見る者の心と目を奪う紅蓮の大華が、美しい青空を覆った────。
▶▶▶
その頃、サシャとマスターはと言うと
絶賛忍び兄弟から逃亡中だった。他の一般警備兵らこそ撒いた物の流石に相手は忍び、そう簡単にはいかなかった
とは言ってもこちらの足も一級品。顔こそ気持ち悪いが、その身体だけは超一級品のサラブレッド。風を切るように敷地内を縦横無尽に走り回り背後から文字通り忍び寄る魔の手から逃げ延びていた
そんな中、サシャの悲痛な声が響いてくる
「マスター、ねぇマスターってば!?」
「…………。」
どれだけ耳元で叫ばれようが背中をバシバシと叩かれようがマスターは一向に返事をしようとしない。馬耳東風という言葉がここ極東にあるのだが、見事にそれを体現していた
焦れったくなったサシャはマスターの返事も待たず用件を矢継ぎ早に叫び始めてしまった
「ねぇさっきの花火見たわよね、あれ絶対マナのよ!?それにその前に見張り台が爆発したのはリリだろうし……ねぇマスター聞いてる!?マナはともかくとしてリリは助けに行かないと不味いわ、あの子絶対意識を失っているはずだもの!」
言葉と共にマスターの背中をより一層バンバンと激しくサシャ、次第にマスターの背中にもみじ型の痕がついて浮かび上がり始めたがサシャは一向に手を止める様子を見せない。流石にしびれを切らしたのか、マスターはやっとこさ重い口を開いて────
「無理だ。無理なんだサシャ、あいつら昔よりすげぇ、俺らは誘導されてたんだ……ははっ、どうしよう」
マスターの乾いた笑いを聞いて、何らかの異常を察したサシャは視線を素早く前方、今まさにマスターが見つめるその先を見た。そこには
「うわぁ……」
そこに、眼前に広がりつつあるのは完全な壁、既に道は今走っている一つだけしかなく道を逸らして壁を避けるという事も出来ず、ならば壁ごと飛び越えようと画策しても既にマスターの脚に疲労が見え始めていた。どんな強靭なサラブレッドにも体力の限界はある
ただただタイミングが悪く、そうして終いには八方塞がり。四面楚歌、後方にはいやらしい笑みを浮かべる灰色とそれとは対照的にえらく静かな黒色の二人の忍びが歩いて徐々に距離を詰めつつある
「ちっ、すまねぇサシャ……しくっちまった」
「謝らないでよ。貴方が助けに来てくれなかったら今頃私も檻の中に居るわ」
「なっはっはぁ!いや、ご苦労ご苦労。実に無駄な努力でしたねお二人さん、おかげで予想よりも時間がかかってしまった。そして私たちがこんな事をしている間に大切な見張り台は無残にも爆破され、敵地のど真ん中で花火を挙げさせるという恥以外の何者でも無い珍事を許してしまった……なぁ右近、この落とし前どう付けさす?」
「それはだな左近……まぁコーガ様が何かしら決めるだろう。あの人は今頃大変動揺してらっしゃるはずだ。突然刑罰も重くなるだろうよ……さ、お二人さん、これ以上私たちの手を煩わせないで下さいね」
気の済むまで自分らの成した事の大きさを噛み締めたのか、右近と左近は手に細く、しかし頑丈な縄を持ってジリジリと一人と一頭に近付いていく
(……やっぱり、やるっきゃないわよね。でも……)
サシャはチラリと隣のマスターを見やった。ゼーゼーと息を切らし大量の汗を噴き出している彼はどう見ても戦える状態ではなく、今すぐにでも寝かしてやって休息を取らせるべきなのだろう。なら、やはり2対1でやるしかないのだろうか?そうなると、やはり魔法を使わないと……………「おいサシャ」
「サシャ、てめぇ今俺の心配をしやがったな……?ンなのいらねぇから、お前は右近、黒い方を頼む。俺が灰色を請け負ってやる。」
「で、でも」
「馬ってのは元々汗っかきな生き物なんだよ……だから気にすんな。ほら、前見とけ」
マスターがニヤリと笑うと、いつもより少しだけマトモな顔面に見えてくる
何故だろうか、いい加減この顔を見過ぎてゲシュタルト崩壊し始めてしまったのだろうか……っと、自分という危険因子を放ったらかしにされたのが余程頭に来たのか、苛立ちを一切隠さず左近が一つ叫んだ
「おいおめぇら!話し合いは終わったかよアァン!?大人しくお縄にかかれってんだこのクソ野郎共、かかる気がねぇってんなら……」
「お、おい左近落ち着け」「うるせぇ右近!こんな大手柄を前に落ち着けるかってんだ!」
きっとアレフがこの場に入れば「だからお前らは田舎忍者なんだ」と罵っていた事だろう。だが、サシャはそこまで人の神経を逆撫でする質でも無いので
「へっ」と片頬だけ上げて嘲笑うように笑ってやるくらいに留めておいた。
まぁ結局大差は無くて、これが開戦の火蓋が落ちる合図となるのだったが。
左近は縄を捨て、感情のままに全力でサシャ目掛け突っ込んだ。しかし直前でマスターがその巨躯を持って防ぎ、いなした衝撃を自らの力に変えて渾身の頭突きで壁へと吹っ飛ばした
「っしゃあ!」
左近は休む暇もなく壁から飛び出し、またも恐ろしいスピードで突っ込んできた。但し狙いはサシャからマスターに変更されたようで、天高く飛んだかと思うと稲妻のようなかかと落としでマスターの首をへし折りにかかった
が、攻撃に易々と当たるマスターでは無い。仮にも彼もまた百戦錬磨の泥棒、その十数年来の相棒なのだ。喧嘩慣れという点で言えばそこらの忍びに決して遅れをとるはずが無かった
小さなステップでかかと落としのコースから外れたマスターは体を無理矢理捻り、人で言う所の回し蹴りらしい攻撃でまたも左近を壁へと吹き飛ばす
衝撃は先程よりも強く、壁はミシリ。と音を立ててひび割れが細かく出始めた、このままいけばいつか壊れるかもしれない
「ちっ、左近の奴勝手な事を……仕方無い、サシャさん。先程の特別室、アレは私右近が作った物です。良ければまたご招待したく願うのですが?」
「遠慮しておくわ。それに一つ言っておくけど、私今から魔法使うから……死なないでね?頼むわよ」
その、彼女の目には冗談のじの字も見えない。本気の目だった、本気で「死ぬなよ?」と眼前の敵に言っているのだ。その事実に少なからず動揺を覚えたが
そこは腐っても忍び、顔には出さず尚且つ直ぐに心音を平常へと戻した
「なら、何卒……お手柔らかにっ!」
「甘えてんな、バーカぁ!」
そしてこちらもまた激戦の始まりが告げられるのであった
▶▶▶
「む、むぅ……今度はあっちで爆発とな。それも今度はえらく美しい爆発だった、まるで大華のような可憐さ……」
「おいそこな貴様何をボーッとしてる!急げ、アレは『監獄』の方だ!」
先程から謎の爆発に振り回されっぱなしの城の警備兵らの内一人が何やら空の食料箱を前にボーッとしている男に怒声を上げる。弁明するならば今彼は侵入者が居る可能性がある場所を調べようとしていたのだが、額に汗を浮かべ息を切らしつつ走り続けている彼からすればそんな事は重要な事じゃない
結局警備兵は有無も言わせず、男の服を引っ張りあっという間に男を連れ去っていってしまった。空の食料箱、即ちリリが姿を隠すその場所には最早人っ子一人存在せず実に閑散としていた
「ぎ、ギリギリセーフ……」
途切れゆく意識の中で、リリはそう言い残しガクッ。と昔好きだった漫画の表現を用いて静かに意識の轡を手放すのだった…………。続く




