最近走ってばかり、です
アレフが捕えられたという噂は風のように街全体を駆け抜け、瞬く間に広がって行った。その結果、ある場所では自分らこそ大捕物の立役者だと、だから報奨金を寄越せと暴動が起き、またある所では大々的な宴会が開かれ未だ空も明るい内から人々は飲みくれ始め
またある所では、残党を引っ捕らえて少しでも報奨金を得ようと未だ街を駆けずり回る連中も居た。
それら全てを城の最も高い位置に存在する大部屋、城の主でありオオエドの主を任されているコーガの部屋。そこから街を見下ろす人影が三人
一人はコーガ、そのすぐ後ろには忍びの右近が着いており、そしてコーガの隣にその弟であるフーガが立ち並んでいた。その三人は城下町に流れる様々な喧騒を目に、耳にして己らが成し遂げた事のデカさを再確認し合っている最中だった。と言っても謙虚さなど欠片ほども無く、ただただ大笑いしているだけだが……ほら、今も声が響いてきた
「ワッハッハ!遂に、遂にやったな愛する弟よ!」
「えぇ兄上!全く、これ程めでたい日も他に無いでしょう!」
全く持って馬鹿騒ぎ。ついさっきまで兄上は気を抜き過ぎ、そんなに事は甘くないと厳しい口調を投げかけていたフーガですら、総合を崩し珍しくも大口を開いて高笑いをしていた。あの脱出不可能と言われる檻に入れられたが最後、脱出は出来やしない。そんな考えがフーガの脳内に蔓延り、且つ侵食していっているのである
兄のコーガは言うまでもない。何せ遊郭でアレフの姿を見ただけで勝利を確信し、敵前だというのに油断し、しまいには踏み台にされるという情けない姿を民に露呈した始末、なのだが……結果的にアレフは捕まり、「ほら見ろ!私の思った通りだ!」とやっぱり高笑いするコーガだった。恐らく今後似たような事があっても、また同じような失敗を繰り返すのだろう
さて、ならば右近はどうだろうか。アレフに「田舎の忍び」と揶揄され、まんまと足場にされた黒い装束のこの忍びは今、何を思っているのか。
A,後悔していた
そりゃもう、熱烈に。自己嫌悪の余りそこだけ猛烈な低気圧が発生しかねない程に落ち込み、自分を責めていた。
(……アレフ殿の言う通り、自分はこの環境に慣れ、甘えていたのかもしれないな。咄嗟の判断も鈍く、ましてや獲物を逃がしてしまうなんて……はぁ。)
と、いった具合。主人であるコーガがこうも喜んでいる以上、自分の溜め息のせいで水を差しても悪いと思った右近はそれすらも飲み込み、ただただ無言で二人の傍らに佇んでいた
その時である、右近にだけ聞こえる微かな声が聴こえてきた。男の声だ
(右近、おい右近聞こえてるか?)
(……っ!左近か!帰ってきていたのか)
(あぁ、ついさっきな……さっき知恵の守護者の……あのデッカイおっさんの所に行ってきたよ。やったじゃないか)
そうでも無い、と右近は無言で首を振る。恐らく声の主である左近、自分の弟である彼は屋根裏の隙間にでも顔を覗かしてそこから声を通しているのだろう。右近のそんな反応を察してか、左近は幾らかテンションを落として話し出した
(今、アレフの仲間がこの城目がけて走ってきているらしい……マスターはどこに行ったか知らないが、きっと誰かが情報を漏らしたんだ。アレフの居場所が分かってるみたいに一直線でこっちへ走っているんだ)
(なんだって!?……わかった、私も行こう。名誉挽回のチャンス到来、という訳だな)
右近は手早く決断を済ますと、そのままコーガの背後から消え去った。前方のコーガは勿論フーガもそれに気づかず、変わらず笑いっぱなしだった
おかげで、ちょうどその時、街の一角でちょっとしたボヤ騒ぎが起きた事など知りもしなかった────。
▶▶▶
マナとサシャは大いに驚いていた。
先ずサシャが自分の後にリリが着いてきていないのを気付き、遥か遠くの前方まで一人走っていたマナに異常を叫んで知らせ、二人揃って来た道を逆流していった結果……この惨状だった
道にはさっきまで無かった大きなクレーターが形成され、地面は裂けて建物は軒並み倒壊されていた。人々は無残にも吹き飛ばされ、倒壊した建物に頭から突っ込んでV字のポーズでピクリとも動かない者も居たりする。そんな惨状のど真ん中にリリが居る
仰向けで寝そべり、変なポーズで白目を向いてぶっ倒れているが息はしているようだ
「な、なにがおきたの、これ……?」
「マナが置いていくから癇癪を起こしたとか?にしても、とんでもない威力ね」
サシャもおいていったでしょ。とマナは軽くツッコんでからチョロチョロと倒れるリリに近付いて頬をぷにっと何度か押してみる。反応は無い
暫くして更なる追っ手がこちらへ走ってくるのが見えた。物音を聞いて辿り着いたのだろう
「とにかく事のあらすじは後で本人から聞くとして、今は逃げましょう!ほらマナ、リリ持ち上げて!」
マナは言われた通りリリを持ち上げ、サシャの背中に担がせる。サシャが安定した様子で立ち上がったのを視認してからまた二人は城へ向けて駆け出した。流石にマナもペースを落とし、先ず何処かで隠れてリリの介抱をする事を優先した
慌ただしくも、何とか程良い隠れ場所を見つけた彼女らは一度腰を落ち着けて未だ目を覚まさない少女の目を覚ますべく頬をペチペチと何度も叩いてみる
「大丈夫です?その子、急な爆発に巻き込まれてましたけど」
そう、天から心配そうな声を投げかけてきたのは一体今まで何処かしらに姿をくらましていたA5だった。鳥だから空を飛んでいたのだろうがもう少し存在を主張してほしい
「貴方がた二人が先に行ってから、その子は追っ手に取り囲まれたのですがそれから────と、起きたようですね」
「ん、ん……ふぁぁ、ここ、どこ……?あれ、サシャさん、マナ……ここは?」
A5による説明が終わるより少し早く、リリは目を覚まし、寝ぼけ口調でそう聞いてきた。その限りではどうやら状況がよく分かってない様子。このまま質問したとしても、何か有益な情報が出るとマナにはどうにも思えなかった
「リリ、ここは路地裏よ。一旦隠れて作戦を練り直す事にしたの……その、さっきはごめんなさいね。置いていったりして」
「い、いえ……私が遅いのがいけなかったわけですし……それで、その……何で私こんな煤まみれなんでしょうか?」
見ると、確かにリリの体は黒い煤に塗れていてえらくボロボロだった。見るからに爆発の中心に居ました感が出ている。この辺はやはり、先程A5が言いかけていた爆発云々が関係しているのだろう
「ふーむ……ちょっと失礼、スンスン。スンスンスン、スンスンスンスン。うーん、やっぱり間違いないわね。これは……魔法の臭いよ!」
「てことは!リリってほんとうにまほうがつかえるの!?すごいすごーい!」
魔法使いである二人はこの事実に大騒ぎで、何故だかとても嬉しそうである
対する話題のタネ、リリは何が何だかと言った様子でキョトン、と瞳に困惑の色を浮かべていた。ついでに口もだらしなく空きっぱなしにしてある
「あ、あの……魔法って?」
「魔法って言ったら魔法よ!リリ、貴女も魔法使いだったのよ!うわぁ……凄いわね、三人も魔法使いが一堂に会するなんて滅多に無い事よ!」
「い、いや……その、えっと……」
結局、その後もひとしきり盛り上がりに盛り上がった女性陣(リリを除く)だったがあまりの声のデカさに、A5の静止虚しく追っ手に気づかれ、またも追いかけっこに勤しむ彼女らなのでした
続く




