山あれば谷あり、です。
屋根伝いに遊郭通りから逃げ仰せたアレフは、物陰で何やら聞き知らぬ歌を歌っていたサシャとリリを道中で拾い、自分らの船が停泊している港へと共に駆けていた
「ねぇ、マナはどうしたの。それにマスターはちゃんと回収したの?」
「マナとマスターは「ここ」だ。どっちとも怪我一つしていない」
アレフが走りながらも指で指し示したのは自分の背中、その小袋の中だ
言っている意味がイマイチ理解出来ないサシャは首を傾げ、問いを重ねようとしたが、それは途中で中断されてしまった。何故なら……
「ま、待ってくださいぃ……!」
「おいリリ、急げ!直に追っ手が来るんだ!」
「ひえぇ……」
走り出して早々にリリが音を上げ始めてしまった。流石におぶってやる訳にもいかない、自力で走ってもらうしかないのだがどうやら限界も近そうだ。
この時、アレフは同時に二つの事を脳内で思案していた
一つは、この基本的に運動能力の欠片も無い少女をいずれ鍛えてやらなければいけない、という物。そしてもう一つは……
(この段々と近付いてくるこの聞き慣れた騒音は……間違いない)
「やはり貴様も歳をとったなァおいアレフ!そんなウスノロじャァ、早歩きで充分だなァ!」
うん、予想通り。そして予想外
思っていたより早く追いつかれてしまった。本来もう少し余裕を持って逃げ回る算段だったのでハッキリ言って状況は最悪。そしてフーガの姿も見えない、どうせどこかしらに忍んでいるのだろうが何せ相手は現役の守護者であり忍び。幾らか分が悪い…………よし
「仕方ない、おいマスター出番だぞ!」
アレフが背の小袋に吠えると、呼応するように小袋の中、小さくなった荷台が薄く光り、そこからマスターが勢いよく飛び出して来た
「っしゃあ!」
「状況はわかってんな、サッサと頼むぞ!」
マスターは身を翻し、息も絶え絶えなリリを咥えて自分の背に無理やり乗せる。体に力が入らないのかさして抵抗もせず少女はなされるがままにした
そしてマスターは「馬」であり、事脚力に関してはこの場の誰よりも優れ、秀でている。少女を背に乗せているにも関わらず彼はあっという間にアレフより前、先頭に立ってしまった。これで問題は一つ取り除かれたわけだが、残念な事にまだまだ、まだまだ問題はある
「アレフ、この後どうするの!真っ直ぐ港へ行くの!?」
「あぁそうだ!……だけど、少しだけ作戦を変更する。おいサシャ、先に行け」
「アレフは!」
「後から行くさ。良いから、行け」
アレフはそう言ってサシャの背を押す
彼女はしきりに心配そうな表情を浮かべていたが、最後には前を向いてマスターの後を追うように走っていった
それを見送ったアレフは徐々にペースを落とし、わざとボスに距離を詰めさせる
「……大丈夫、俺は「一人」じゃない」
我ながら独り言にしてはえらく格好つけていると思う。だが、無理に格好つけてでも虚勢を張らないと「アイツ」の相手はやってられない。さもなくば怒涛の勢いで押し寄せてくる純粋なパワーで潰されてしまう
それに、彼は文字通り一人では無い
アレフは懐から一枚の「カード」を取り出す。一般人には、それどころかアレフ本人にすらよく分からない絵図の描かれた一枚の小さなカードを
「久しぶりに使うなこれ……ちゃんと動いてくれよな。第一の宝具『A5』!」
宝具、A5は起動の合図を受けて眩い光を持ってアレフを包んだ。威勢に連れられてボスの後を追って走ってきた街の民らはあえなくその光に目を潰されてしまったが、先頭を走るボスは見慣れているのか気にした様子もなくアレフへと猛然と駆ける
「……もう少し定期的に呼んでもらわないと、関節痛でマトモに動けないんですが。」
「ンな事言ったって、用も無いのに呼んでも滅多に顔出してくれないだろ?久しぶりに用事が出来たんだ。文句言わずに働いてくれよ」
アレフと瓜二つ、全身のカラーリングこそ違うが見た目はそっくりな男が失われつつある光と引き換えに忽然と姿を現した。カードが人の形へと変化、言うなれば持ち主の分身となってこの世に姿を現したのだ
「それで、何をすれば?」
「あのデカブツを蹴散らせとか言ったらやってくれるか?」
出来るわけないでしょう、と自嘲気味な笑顔を浮かべてA5は着々と距離を詰めつつあるボスをチラリと肩口から見る。彼があの姿を最後に見たのは一体十何年前になるだろうか、だがあの理不尽なまでの剛力はしっかりと脳内にこびりついてるようで、その口は若干引きつっていた
「大人しィ捕まれやごるァァッ!!」
「あぁ怖……ま、時間稼ぎくらいにはなるだろ」
知恵、発想、運動能力のどれを取っても完璧にアレフをコピーしたA5はこの時のアレフの言葉の意味を瞬時に理解し、二人は同時に駆けた。ボスに目がけて
(にしても、フーガが何するつもりなのかが気になるな……まぁ、でも今は!)
アレフは勢いもそのままに地面を蹴って跳躍し、ボスの顔面めがけて蹴りを飛ばす、が眼前で止められた。足を掴まれてしまった
ボスも足を止め、正面から掛かってきたアレフらをこれまた真正面から迎え撃つ形だ。初撃は不発に終わったが
……何故だろう、足を掴まれ一瞬にして不利な状況なはずのアレフはそれでも尚笑っていた。不敵な笑みだ
「おいボス、さっきの言葉そっくりそのまま返すぜ」
「あァ?」
ボスによる驚き混じりの間抜け顔も束の間、唐突な腹部の衝撃によりボスの巨躯は呆気なく後方へ吹っ飛ぶ。それによって後方で行ったり来たりしていた一般人集団が大勢巻き込まれてしまったが、まぁそれは見ていないフリを決め込む。そこまで気を使ってやる義務も無い
「にしてもやるじゃないかA5、相変わらず俺のコピーとは思えないな。」
「一寸の間違いも無く貴方の分身ですよ。それに今のはボスが油断していたから────」
A5の言葉は途中で不自然に停止した。
それもそのはずで、何度もバウンドをして遥か後方へ転がったボスがムクリ。と立ち上がったのである、怖いのはここから、何事も一発やってからが本番なのだ
「グゥゥ、グウゥゥゥゥゥ!!グォラァァァァァァ!!!てんめェこの野郎!痛てェじャァねェか!もう手加減しねぇから覚悟しやがれやこらァァ!!!」
「うっわ……もう半分言語忘れてんじゃねぇか。あそこまで行くと、魔物や怪獣とかと区別出来ないな……おいA5」
「了解です、お任せを」
今度はA5が前に出た。髪色等は違うのだが見た目が似ているので、暴走気味のボスは呆気なくアレフと空目してしまい、獣のような咆哮一つ、尋常じゃないスピードで大地を蹴った
一瞬にしてA5とボスが肉薄する。握りこんだ右拳を躊躇なく振り出したボスに対し、A5は足を止め体をいなしてそれを斜め横に捌く
アレフと思考回路こそ同じだが、何せ彼は「宝具」経験が物を言う「喧嘩」に関しては、彼はボス以上にプロだった
だった。ボスの左拳がA5の死角から降り注いでくる
「うぅおっっ!?」
A5、地面に伏して辛うじてこれを避ける。がこれによって次発を避けるのは困難極まりない状況。獣と化したボスはグルル……と喉を鳴らしつつも野蛮な笑みを浮かべる。さしずめ今のA5は男に押し倒される寝床の生娘のような物だ。自らの力ではもう、どうする事も出来ない……ま、その手の話に欠かせないのは「救世主」。この場合で言うと
「っらぁっ!!」
やはりアレフだろう。周りに倒れ伏す一般人らを踏み台に高々と空へと飛び上がり、見事なかかと落としをボスの脳天へと撃ち落とす
「ッが、ァ!?アレフ、が二人…ィ?」
「寝ぼけてんのかあんた、好都合で大変宜しい事だけどな」
ボスは脳への衝撃で流石に意識を手放し……そうになったが、すんでの所で踏ん張る。タフにも程があるがそんなのは十数年前から理解している。今更文句の一つも出やしない、代わりにA5を拾って二人はそのまま港へと駆け出した
「いやはや、今のはヤバかったです。アレフが居なければ最悪犯されていましたね、あれは」
「冗談にしちゃ笑えないな。もしそうなった場合はあの野郎が真っ先に知恵の守護者らの厄介になるだろうよ」
そういう話じゃないだろう、とこの場にマナが居れば鋭くツッコんだ所だろうが何せ今はアレフとアレフ似の二人のみ。そして彼らはそのまま一度も振り返らず港への道をとんでもない速さで走っていった。元より時間稼ぎ以上の事をするつもりも無かったので、あれだけやれば充分。二人共そう考えていた
だからだろうか、二人共ある事を忘れていた。
さて、二人が十字路を左に曲がった瞬間
「「えっ」」
二人の視界は暗転した。続く




