退き様はスタイリッシュに、です。
「よぉ「ボス」、こうやって面合わせるのは何年ぶりだったけな?」
「実に12年と四ヶ月分だ。下手に昇進しちまッて現場に出れなくなッちまッてよォ。寂しい思いさせちまったかァ?」
「冗談キツイぜ……正直二度と会いたくなかった。フーガも含めてな」
遊郭、その中の通路にて「大泥棒」であるアレフと、知恵の守護者、そしてオオエドの主による邂逅が絶賛行われていた。既に荷台は影も形も消え去っている。マナも、そしてマスターもそこには居なくなっていた
それに気付いたコーガは、一度辺りを見渡し確認を終えてから悠長に問うてみる
「お仲間はどうした?まさか一人で動いているわけあるまい……特に、マスターはこの遊郭で飲んだくれていると聞いたが?」
ここまで追い詰めれば捕まえたも同然とすっかり気を緩めてしまっているのだろう、ニヤニヤと悪どく笑いながら
嫌味ったらしい口調でそうアレフに問う。対するアレフは至って冷静で
「奴らはもう居ないさ。それにマスターだって腐ってもこの大泥棒の足だ。舐めてもらっちゃ困るな」
コーガとは対照的に明るい笑みでそう切り返してみせる。このオオエドでの生活で最も変化したのは恐らく他の誰でも無くこのアレフだろう。そう感じ取ったボスは変な汗を額で押し止め、一歩踏み出てアレフとの距離を縮める
何を仕込んでいるかわかった事じゃないので嫌でも慎重な足取りになる、だが口調は努めて強気一本で
「あァ、もう御託は良い。貴様相手に時間を与えてろくな結果になった事ァねェ……フーガ、錠出せ」
「は、はい。」
ジリ、ジリとボスが、その一歩半程後ろにフーガがアレフに向けてにじり寄ってくる。アレフも徐々に後退するが
何せこの通路、行く末にはトイレがあり、逃げ道らしい逃げ道は存在しない
遅かれ早かれ袋小路にハマるのは時間の問題だった
だが、アレフは笑みを崩さない。行きしなより膨らみを失った背の小袋に手を掛けて、何かを取り出そうと……したが、それを止める手があった
「どうも、ご無沙汰してますアレフ殿」
「あ、お前は……えっと、何て名前だっけかな」
その手の主は、黒く地味な着物に身を包んだ痩せぎすの男で、確かに見覚えはあるが一体いつどこで会ったのか。アレフは不思議な程思い出せなかった
しかし、今気にするべきは彼の名では無く
(んー……無理やり剥いだりは出来ないし……。というかいつ背中取られたんだ?全く気が付かなかった……コイツ忍びなのか?だったら合点がいくけど)
と、アレフが思案している内にジリジリと近寄って来ていたボスがアレフの眼前まで詰め寄ってくる。万事休す、逃げ道は塞がれた。尽くす手も無い
残念、大泥棒アレフの旅はここで終焉を迎えてしまった…………
「逃げなきゃ良いんだろ」
「そうだな。お前にしちャ素直に捕まってくれんじャァねェか」
ガチャリ、遂にアレフの両手首に錠が掛けられる。錠は紐が着いており、その先を握るのはボスだった。これで犯罪者の抵抗を未然に防ぐ、という訳だが……アレフは何の抵抗も見せなかった。錠を掛けられる時ですら、何やら意味深な浮かべたままジッとしていた
「……ほんと、素直じャねェか」
素直が過ぎて不安に思えてくる、そう暗にボスは告げていた。フーガは声色でソレを察知し、素早くアレフに対しての警戒を強める。錠で繋がれているとはいえまだまだ危険人物なのに変わりはない
「ハッハッハ!愛する弟よ、意外とスンナリ終わってしまったな!これで貴様の昇進は決まり、俺も盗まれた宝具が取り返せる。という訳だ、万々歳じゃないか!なぁ右近、貴様もお手柄だったぞ!」
「はい、ご奨励感謝の極み」
だが、後方の馬鹿兄といつの間にかその横に移動した忍び、右近は実に舞い上がっていた。普段は表情を変えてはいけないはずの忍びが笑顔すら浮かべているのだから浮かれ具合も伝わるという物だろう
「……いや、何が何でも素直過ぎるだろうよ。錠を掛ける手を自分から差し出す大犯罪者がこの世の何処にいるッてんだ」
「現に目の前に居るではないか!なぁアレフ、貴様も諦めたのだろう?そうだろう!?なぁ、そうなんだろう!」
ガッハッハッハハッハッハー!!!とコーガはふんぞり返って高笑いする。余程嬉しかったのだろう、少々テンションがおかしな事になってきている。
だが、ボスはそんなコーガは気にも留めない。仮に一瞬でもアレフから目を話せば何をしでかすか分からない、神経を尖らせてアレフの一挙一動を視認していた。そんなボスの横からまた別の声が聞こえてくる、フーガだ
「ボス、そろそろ移動しましょう。これ以上は店側の迷惑になるかと……」
「あァ、そうさな……おい行くぞ、アレフ……って!」
ほんの一瞬、瞬き一つ分の間に、ボスの視界からアレフが「消えた」
「ちょっと鈍ってんじゃねぇか?」
低い姿勢でボスの懐へと忍びいったアレフはそんな言葉と共に一閃。体を捻って上段回し蹴りをボスの顎にぶち込む。死角からの攻撃をかわせなかったボスはマトモにそれを喰らい、危うく膝をつきそうになってしまった
「……いてェ、けどお前も鈍ッたな。それとも歳か」
「違うな、今のが初撃ってだけだ」
続け様にアレフは全脚力を持ってボスの首元に(脚で)しがみつき、もう一度自らの体を捻り上げて俗に言う「大男」の部類に入る巨躯を誇るボスの体を難なく「投げ飛ばした」
勿論二人は錠による紐で繋がっているのでボスが投げられればアレフも自動的に吹っ飛ばされる訳だが、アレフはわざとボスの落下地点に自分の手を置いた
「いってぇ!!」
デカければそれだけ重い、そんな当たり前にある世の摂理によって壮絶な痛みを手首に感じる。が、どうやら作戦通り
「あ、錠が歪んで!」
「ご名答、流石だな。兄とは違って頭が冴えているじゃないかフーガ……だがちょっと脇が甘い、昔と一緒だ」
ボスの全体重を掛けられあえなく半壊してしまった錠から素早く手を抜くと
ボスが立ち上がるより早くフーガの横を走り抜け、跳躍した
呆然と立ち尽くすオオエドの主コーガと、忍びは忍びでも田舎っぺの平和ボケ二流忍びの右近の頭を飛び越すための「ソレ」は、見事な軌跡を描いて……
(やっぱ置き土産くらいやっとくか)
思い直したアレフは無意味に彼ら二人の頭を順に踏んづけて、そのまま壁を蹴って無理やり方向転換し出入口へと駆けていく。あまりに一瞬の出来事にフーガは呆気にとられ動けず、頭を踏まれた二人はバランスを崩して前のめりに倒れてしまった
残るボスのみが、アレフを追う事が出来た。だが地で脚力が違う、決して速さ勝負で勝つ事は出来ないだろう。だがボスは諦めずに追った
「待ちやがれェアレフ!そう易々と逃げ切れると思うなよッ!!」
「ははっ、そりゃ楽しみだな「ボス」!じゃ、達者でな」
そう言い放ったアレフは戸の「上部分」を蹴飛ばし破壊する。その勢いで建物の外へ出たアレフは最早人が集まり過ぎてパニックになっている通りに内心苦笑を浮かべる
(これだけの奴らが俺を捕まえる事に肯定的、って訳か……不味い、本気で滾ってきた。抑えないと……)
アドレナリンが出るのは構わないが出過ぎると一種の中毒症状が出て、判断能力が著しく低下するのがアレフの悪いクセなのだ。それを自負しているアレフは頬を叩いて正気を保つ
そして至って正気、シラフのままアレフは見ず知らずの頭をジャンプ台に使うという行為に出た。悪気は感じない、欲を感じてここに来た輩の頭なんて踏んづけられても文句は言えないだろう。身から出た錆、と言う奴だ
そんなわけで、今日三人目の頭に足跡を付けたアレフは向かい、また別の遊郭の屋根上へと着地する。その身の軽さはさしずめここ極東に生息するネコ科の獣を彷彿とさせるレベルで、そこからアレフは下界を見つめる神のような面持ちで限度なく群がる人の集団を見つめていた。一際デカイのはきっとボスだろう、懸命にアレフを探し出している。時たま人が空を待っている辺りあまり機嫌が良くないらしい
「ま、当たり前か……っと、さっさと行かないとな」
そうして、アレフはまた別の屋根へと飛び移り見苦しいまでの人の群れへと別れを告げたのだった
「そう簡単に逃げ切れると思うなよアレフ!!俺はしつけェんだ、あの世まででも追い掛けてやッからなァッ!!!」
「知ってる」
後ろ、遠くから聞こえてきた怒声にそう一言添えて
▶▶▶
「ぼ、ボス!どうしましょう!」
「あァ?アレフがか?それともこの人混み共がかァ?」 「どっちもです!」
その場に取り残されたボスとフーガ(コーガと右近はダウンしてしまった)はというと、人の並に揉まれてんやわんやしていた。特にボス並の巨躯を誇るわけではないフーガは実に四苦八苦していた
「……まずァ、この馬鹿共を静めねェとなァ……………」
フーガは反射的に耳を塞いだ。
ボスが息を全力で吸い込みだしたからだ、吸ったとなれば出すだろう。その出す瞬間に声でも乗せてみたとしよう
(耳、誰も潰れないと良いんだけど……)
フーガの心配はボスに届くだろうか、そうして、暫くもしない内にボスの吸い込みが終わった。そして……
「てめえェェェェらあァァァァァアァァあ!!!退けやこらあァァアァァァァァァアァァァァァァァァァアァァァァァァァアァァァァァアァ!!!」
瞬間、場は一瞬にして静寂に包まれた
膨大な数に膨れ上がり、それに比例して実に騒がしかった喧騒っぷりが、突如重く、そして鋭く場に響いたボスの一喝で……まるで時が止まったかのように静かになった
「退けよ、おい……聞こえねェのか?」
ザッ、と足並み揃えて道が開いた。ボスとその傍らに居たフーガを中心にして一本の道が出来た、そこをボスは走っていく。凄い速さだが難なくフーガはその後ろをピッタリ着いている
「……ボス、凄いですね。色々と」
「それよりアイツらを追うぞ。今更焦っても仕方無いが……フーガよォ、次の行先に何かアテはねェか?」
まるで別人、これが「ボス」本来の姿。大犯罪者に大捕物を何度も演じてみせた超一流の守護者、「ボス」の姿……
フーガは心に何か熱い物を感じた、がそれが何かを深く味わう前にボスが「聞いてんのか?」と急かして来たので、一度それはそのまま心の奥底に眠らしておいて「恐らく港でしょう、そこに彼らの船があります」とボスに告げる。行き先を定めた二人は、一度は見事逃げさられてしまった大泥棒を捕まえるためにまたも奔走するのだった…………。
続く




