人を隠すなら人の中、です。
「ひまっひまっ、ひま〜♪♪ひまひまひま〜♪ひま〜♪」
「ちょっとサシャさん、こんな所で歌わないでくださいよ……!誰かに見つかったら私絶対逃げれないんですから」
「だって暇なんだも〜ん。それに何かあっても私が抱っこして逃げてあげるから大丈夫よ」
女性二人は未だ物陰に潜んでいた、潜んではいたがサシャの方は既に隠れる気が失せつつあった。何せ元からジッとしてるのが苦手な質だ、歌いでもしないとこれ以上は気が狂う、かもしれない
「にしても遅いわね、アレフ達。マスターが見つからないのかしら」
「さぁ……でも、さっきから通りの人気が無くなってますし。何かが起きているんでしょうね」
何が、起きているかは知らないがアレフらの事だ。きっと面白おかしい事をやっているのだろう。サシャじゃないが出来る事なら自分もこの目でその現場を見ていたい、が……そんなアレフの指示だ。サシャがこれだし自分がしっかりしないと、とリリは心に深く、そしてひたすらに強く刻み込む
「…………ふーん、ふふーんふーん♪」
「ちょっとサシャさん……その歌、何て言うんです?」
「あはは、やっぱりリリも暇してたんじゃない!えっと、この歌はね────」
どうやらこっちはひたすらに平和な様子。しかし、そう平和が長く続く事は無い。いつの時代、どの世界にだって
それは決して変わる事の無い「事実」なのだから………………。
▶▶▶
「やっと着いた……っと、やってるやってる。見ろマナ、アレが人の群れって奴だ」
屋根上を伝ってきたアレフ、その背中のマナは目的の遊郭通りへと辿り着いた。本来はマスターがこの通りに立ち並ぶ無数の遊郭の内どの店に居るのか皆目見当もつかない所だが、これだけ人が集中しているなら、その真ん中辺りが必然的に怪しくなる
それに、どうやらコーガらはまだ来ていないようでそれもまた好都合。正規ルートながら馬の足で進んだ割にまだ辿り着いていないのにはきっと何らかのアクシデントが起きているんだろうが、わざわざ敵の心配をしてやる事もない。今の内にさっさと動き始めてしまおう
「よし、行くぞ」
「ちょ、ちょっとまってパパ!」
さぁ屋根から飛び降りようと膝を曲げた瞬間、マナが服を掴んで無理やり抵抗してきた。何事かと思い見てみると
マナは青い顔をして下を、地面を見つめていた
「……高い所、苦手なのか?」
「…………うん。」
「でも以前空を飛んでたじゃないか、それも自分の出した翼で」
「あのときは、ちょっと……その、げんきだったから」
なら、今は元気が無いのか?と問いたい所のアレフだが、今のマナに必要以上の言及は酷な事かもしれない。その代わりにそれならば、と即座に代案を考えついた。アレフは現在自らの片腕にマナの腰を落ち着けさせているがそれを止め、もう一度お姫様抱っこの形にする。マナは嫌がるかと思いきやすんなり受け入れ、文句も言わなかった
想像以上に弱ってしまっているのかもしれない
(マナは高い所が苦手……覚えとかないとな。今後何が起きるかわからないし)
そんな訳で、せめて揺れや恐怖の少ないように工夫した(つもりの)アレフは
マナに改めて「行くぞ」と一声掛けてから静かに人混みに出来た小さな隙間へと飛び降りる
「よし、もう大丈夫だぞマナ。降りるか?」
「う、うん……ごめんパパ、おくつぬいでもいい?」
「あぁ、構わないぞ」
そっとマナを降ろしてやり、靴を脱ぐのを手伝ってやる。すると、下駄の鼻緒に若干血が滲んでいた。見るとマナの足が少し傷つき、血が出ていた
思わず顔に心配の色が出てしまったのだろう、マナが慌てて手をブンブン振って「だいじょーぶ!」と念を押して来たので、何も言わないまま靴を脱がして目星のつけた遊郭へと歩き出す事になった
「い、痛かったら言えよ?足に砂利でも入ったら大変だぞ……!?」
「もう……だいじょうぶだよ、だいじょうぶ。いたかったらちゃんというから」
そんな会話もしつつ、アレフとマナは軽く人混みを掻き分けつつ前進していく。スンナリと言っているが、とんでもない人の量がこの通りに密集しているので一般人には到底歩けない程の物量と化している。その点アレフは元大泥棒、そしてマナは足のある「才能の塊」、これくらい楽勝という訳だ
しかしまぁその中心核、つまり恐らくマスターの居る遊郭付近ともなるとその密度も限度を超え始める。ミチミチと効果音をたてて我先に店内へ入ろうと押し掛けている。よく見えないが恐らく戸が固く閉ざされてしまっているのだろう。となると正面からの侵入は得策じゃない、という事になる……。
「うぅ〜……人多すぎだよもぉ……!」
「ははっ、今日はえらく愚痴っぽいなマナ。大丈夫、やり方は正面突破以外にもあるさ」
アレフはそう言って、人混みの中で必死に身を捩り自分の背中に掛けた小袋に手を掛け、中から一枚の布を取り出す。アレフはもう片手でマナの手を引き自分に出来る限り近付けて、自分含めて頭から布を覆わせる
「きゃっ、パパ……これなに!?」
「ふふっ、まぁ黙って着いてこい。絶対に俺の傍から離れるなよ」
肩ごとマナを引き寄せ、アレフは華麗な足取りで人混みを躱していく。マナもそれに習って着いていく、布から足一つ漏れ出ないように足並み合わせて目当ての遊郭の戸、その眼前まで辿り着く。人が後ろから押してきて少々苦しいが、それは大した問題じゃない。
「よしマナ、一発やってやれ。勿論手加減はしてくれよ」
「ん、まかせて」
マナは布から片手だけ出して、戸に適当な印を描く。不思議な事にこの布は内側から外を見る事が出来て、用意に自分用の目印を描く事が出来た。それに魔法を使って勘づかれやしないか?という不安も、アレフ曰く「大丈夫」との事だったのでマナは全幅の信頼を置く父がそう言うなら。と迷いなく小さな炎を持って戸を小さめに穿った
派手な効果音も無く、至って自然にやってのけたマナにアレフは無言で驚いていた。加減のかの字も心得が無かった昔と比べて何という成長。場所が場所だったら涙すら流していたかもしれない……が、今は我慢だ
二人は布を被ったまま、小さな穴を器用に潜り抜け、見事遊郭に侵入してみせる。突如戸に空いた小さな穴に気付いた人の群れ共もその穴から侵入を試みるが、子供ならいざ知らず並の大人じゃケツが引っかかる。そして実際に引っかかった。暫くもしない内に騒ぎを聞き付け、建物内の警備についていた屈強な男らが駆けつけてきた
(パ、パパ、どうするの!?)
(まぁまぁ、見てろって)
すると、戸のすぐ横、端にしゃがみ込んで控えていた布内の二人をスルーし屈強な肉体を持つ警備員らは戸から体を出した野次馬の体を外へ押し出そうとがっぷり四つで組み合い始めてしまったでは無いか。まるで、こちらの姿が見えていないかのように……
「見えてないんだよ。そういう布なんだ、これは」
それを傍目に、アレフはニンマリ笑ってマナにそう冗談っぽくそう言い、更に続けた
「十年くらい前……このオオエドに訪れた際に盗んだ「宝具」それがこの「隠れ蓑」っていう布なんだ。な、驚いたろ」
そう笑うアレフの笑顔はここ最近得た愛嬌のあるそれではなく、昔の盗人家業を彷彿とさせるひん曲がり方だったとさ
▶▶▶
さて、それよりちょっと前、コーガたちはと言うと……立ち往生を喰らっていた。それは僅かに、且つ急激に増え始めた人々らもそうなのだが、それとは別にもう一つ理由があった。それは
「だァから俺ァ自分の足が良いっつったんだ!」
「いやいや、ただの移動で馬一匹潰すなんて誰も予想もつかないでしょ……流石ボス、うん、流石ですよ、本当」
フーガは後方で愚痴るボスに向けて皮肉っぽくそう返す。兄のコーガと忍びである右近は、フーガより前方で何か話し合っている。潰れた馬をどうするかとかを話し合っているのだろうか
そう、既に何度か言ったがボスの使っていた馬の足がやられた。積載量を超えたまま長時間歩行した結果、潰れてしまったのだ。そのせいで未だ遊郭に辿り着かないまま立ち往生を喰らっているというわけだ
「よし、ここからは徒歩で行くとしよう。どうやらこの先は更に民が増えて到底馬で進む事は出来ないらしい」
「あ、あぁ……ボス、聞きましたか?ここから徒歩なんですって」
「聞こえてらァ!ったく、なぁ馬公、お前もはた迷惑だったよな。すまんなァ」
なーんで馬には素直に謝れて、人に対してはああもつっけんどんな対応しか出来ないのだろうか……何にせよ、彼らはまた進み出した。暫くして遊郭の通りに群がる人々の姿を見て気が遠くなるコーガだったが、それはまた別の機会に話すとしよう
とにかく、一悶着こそあれどコーガらもまたマスターの居る(はずの)遊郭へと辿り着いたのだった……。
続く




