娘をお姫様抱っこしたら良い事思いつきました。
時刻は未だ朝分
二人は今、慣れない着物を着用して街を悠々と闊歩していた。男はともかく少女はその赤い髪の毛がとても目立つので頭部には愛らしい頭巾も着ける徹底っぷり。おかげで街の道行く現地の人間らも全く彼らを気にする様子も見えない。見事に街に溶け込んでいた
「パ、パパ……このくつあるきにくいぃ……!あし、いたいぃ……!」
「うぅーん……おぶってやりたい所なんだが、何せ着物だしなぁ、もう少しだけ、我慢出来るか?」
うぅ〜……!とマナは唸りながら、いずれ観念したのかゆっくりと首を縦に振った。項垂れた、と言った方が正しいかもしれない
とにかく、アレフとマナは実に堂々と街中を探索していた。先程も言ったが誰も彼もがこの二人を自らの「捜し物」だとわからない、灯台もと暗しという奴だ。捜し物とは何時だって案外足元に転がっている物で…………例えば
「なぁ、あのデカい馬ってまだ遊郭に居るのか?アイツも「大泥棒」の仲間なら先ずあの馬を捕まえんのが一番効率的なんじゃね?」
「馬鹿野郎、それが出来るなら皆もうやってるっての……あんなデカくてキモい馬。どうやって捕まえんだよ。ロープだって引き千切りかねないぜ」
ふと、二人の横を通り過ぎて行った若者らの会話がアレフの耳に入った。何気なく歩いてるようで周りに気を配るのもまた捜すコツと言えるだろう
かくして、アレフは当面の目的地を遊郭に定めた。この街に来た初日に尋ねて以来そっちの通りには出ていないが
何となく道順や、建物の造りは頭に入っている。所々アルコールに邪魔されてボヤけている部分もあるが、大した問題ではない
問題といえばマナの限界が近そうな事の方が問題だ。流石にそのままブーツで外を歩かせる訳にはいかないと思い赤みの可愛らしい下駄を買ってやったのだが、どうやら早々に擦れてしまったようだ。やはり慣れない事はしない方が良かった
「マナ、一度どこかで休憩するか。団子でも食いながら」
「だんご……いや、だめだめ!サシャたちがまってるんだから、いそがなきゃ」
そう強く言い切ってマナはズンズンと力強く前進し……突如立ちどまり、しゃがみ込んだ。慌てて近寄ると「いたいぃ……!」という嗚咽混じりの声が聞こえた
「……はぁ、仕方ないか。マナ、少し大人しくしてろよ」
アレフはそう溜め息混じりに言うと、返事も待たずにマナの小さな体を両腕に抱きかかえた。足の痛みに顔を顰めていた少女は驚いた様にアレフを見つめると、突如アワアワと頬を赤く染めて暴れ出す
「パ、パパ!?じ、じぶんであるくからおろして……ってパパ、きいてる!?」
「聞いてない、無理して歩こうとする娘の言葉なんてなーんにも聞こえねえ」
「パパぁ……もう、はずかしい……!」
俗に言うお姫様抱っこの形になったマナは、更に顔を真っ赤に染め上げてそれを無理やり隠すように両手で顔全体を覆った。恥ずかしさと嬉しさが混じった微妙な心境に身をよじっているがアレフからすれば拘束を解こうともがいている様にしか見えないので最早ノータッチ、黙って遊郭のある通りへと向かって行った。
昼間、というか明るい時分の遊郭はそこらの飯屋と何ら変わらない。そう言ったのは遊郭街を牛耳る男だった
どれほど聡明とはいえまだ若干0歳児である少女を遊郭に連れ込むのは如何程かと思案した諸兄らはその辺安心してもらいたい、そういうコンプライアンスを遵守しないアレフ(父親)じゃあない。
さて、先程の呉服屋にてアレフらの眼前をコーガらが馬で通過していたが、アレフはそれに気付いていた。傍目で見えただけだがまず見間違えやしない
その背後にその弟フーガと……あぁ、えっと……うん。いわゆる商売敵である、通称「ボス」って奴の横姿が見えた
まぁその憎い事憎い事、アイツのせいでどれほど仕事量が増やされたか……必死こいて練った作戦をタックル一つでぶち破ってきたり、足止めの為にばら蒔いた煙幕を全部「吸って、吐いて」消し飛ばすし……脳筋っぷりで言えば世界有数の実力だろうってレベルだ。
フーガもそうだ、奴と対峙するのは以前オオエドに訪れた時以来になるだろうが随分と頭を悩まされた。コーガは所々抜け飛んだ奴なのでソコを付けば問題無いが、フーガは隙がない、頭も切れる。一度俺の侵入を予測し未然に防いだ事がある。アレは驚いたが……今話すのは止めておこう
「ね、ねぇパパ……せめてふつうのだっこにして?これとってもはずかしいよ」
「そうか、わかった」
必死の説得も功を奏し、マナは少しだけ羞恥心を和らげる。と言ってもこれだけ人目のある所で抱っこされる事自体少し恥ずかしいのだが……難しい事に少々「嬉しい」という気持ちもある。我ながら青い女心というのは実に厄介な物で、時に自分を制御するだけの力も無くなってしまう程に……取り扱いに困る物だ、まぁ今は父親の好意に素直に甘えるとしよう。どの道足も痛いわけだし
と、言うわけで少し話が逸れたがアレフはコーガらの存在を知っている。ついでに何処に行くのかも先程の若い男衆のおかげで予想が着いた。大方こぞって遊郭にでも押し掛けるのだろう
早いか遅いか目当ての「大泥棒」がそこに現れるのを予測して……見事、その予想は大当たりだ
と、ここで抱っこの体制が変わったマナはアレフの背中に小さな小袋が付けられているのが見えた。先程までは気付かなかったがこれは何だろうか
気になったマナは何気無く口を開く
「パパ、これなに?」
「ん?あぁ、背中のか……それは後で使う奴だ。多分、お前はとても驚くぞ」
アレフはそれ以上は後のお楽しみと言わんばかりに二の句を継ごうとしない
口を結んで黙ってしまった。マナは諦めず言及しようと思ったが、アレフの空いている方の手の指で口を塞がれてしまった。こんな事をされては無理に振りほどくことも出来ないではないか
「……よし、やっぱ団子買うか。「奴ら」の土産にでもしてやろう」
そんなマナなど気にも留めず、アレフはまるで空と喋っているかのような独り言を呟いた。足は既に近くの団子屋へ向いている、甘味を買ってくれるという事で少々胸踊ったマナだったが、見ると真横にある父の顔が悪〜い笑みで埋まっていたので、一気に冷静になる。どうせロクでもない事をしでかすに違いない。と
そんな娘の予想に反してアレフは、店に入るや否やごく普通に団子を二人分そして持ち帰り用を三人分注文した。
そして、団子を用意してる最中、暇を持て余したのか店の人間がアレフの腰掛ける座席の横にドカッと腰を下ろす
完全に彼らを街の人間だと思い、扱っている様子。口調も昨日までのアレフらに対するソレとは別で、とても砕けた物となっていて……
「ぃやー……わかってたが今日は客足がねぇや、皆それ所じゃあねぇもんな。おめぇもその口だろう?なんせあんだけの賞金が出てんだもんな、皆団子どころじゃねぇやな」
「……あぁ、そうさな。俺は今から遊郭の方に行こうと思ってるんだ。聞いてるか?「大泥棒」の仲間が今遊郭で飲んだくれているっての」
「そりゃ知ってるさ!でも、今さっきコーガ様と客人がそっち向かってったし、今更行っても残りカスしか食えねぇだろ……はぁ、欲しいな。賞金」
一体どれ程の賞金が提示されているのだろうか、彼の目には円型のお金が映っていた。お金の事しか頭に無い、といった様子だ
だがまぁ、ここまで概ね予想通り。そしてこれからはもっと予想通りだ。というかそういう風に動かしてやる
「じゃあ俺の作戦に一枚噛むか?こんな団子屋ほっぽいて、大勢連れて遊郭へ乗り込むんだ。そんでコーガ様らの手助けをする、これなら多少なりともお前の手元にも金は入るだろ。まさか協力してくれた民に金を出さんケチな領主じゃあるめぇよ?」
「おぉ、そりゃ良いな!乗った乗った!こんな辛気くせぇ商売止めて領主の懐刀になってやる!待ってろ、団子が出来次第、人集めて来てやっからよ」
男は俄然やる気を出すと、衣服の袖を腕まくりし、颯爽と厨房へ入っていった。概ね団子作りの加勢に行ったのだろう。その勢いたるや、まるで嵐のようだった
「ねぇ、パパだいじょうぶなの?そんなにひといたらマスターおっきいからにげれなくなっちゃうよ」
父の袖を少し引っぱって心配そうに言った娘の言葉は実に的を射ていた。実際普通に考えて、さっきアレフが店の男に提案したものは自分で自分の首を締めかねない行為だ。理由も無く思いつきで言ったのだとしたら父の横っ面を張る心意気の娘である
だが、そんな心配を他所にアレフはこの三週間で得たのほほんとした笑顔で自分の膝元に置いた小袋を指差す
「これを使えば問題無いんだ。後、人を隠すなら人の中って言ってな……っと団子が来たな」
こうして、団子を口に頬張り片手には綺麗に包まれた団子、もう片腕で娘を抱き上げたアレフは店を後にした。それより早く先程アレフと会話していた男含む団子屋の店員が街に駆け出て、所構わず遊郭へ行って云々の話をし回りに行ってしまった
結果は良好のようで、通りを歩いていた群衆はすっかり鳴りを潜め、あっという間に数えるのに両手で足りる程の人数しか見えなくなってしまった
「(ゴクッ)んじゃま、俺らも行くとするか……マナ、団子美味かったか?」
「うん!すごいあまかった〜……それで?そのふくろにはなにがはいってるの、パパ」
「……さ、出発!」
ちゃんとこたえてよ〜!という娘による再三の講義も聞き入れずアレフはまた歩き出した。行ってしまった群衆やコーガらの行く遊郭へと続く「大通り」とはまた違う……それでいて更に近道でもある、そんな彼だけの道を……
まぁ、つまる所また建物の屋根上なだけなのだが
続く




