父親っぽく格好つけてみましょう。です
「あの、アレフさん……少しお時間よろしいでしょうか……?」
宿の中でも最も広く高級な一室。宿ながらに一人一つの個室が用意される用意周到っぷり。そしてとある夜、アレフに用意された部屋の戸が少し開き、それと同時にか細く、何処か警戒したような声が耳に入ってくる
部屋の主、アレフは読んでいた本から目を離して声のする方。つまり戸の方へ振り向いて出来る限りの笑顔を浮かべる
「どうしたリリ、中に入れ。暖かいぞ」
「あ、はい……お邪魔します。」
声の主は朝比奈リリ、異世界からの珍客として現在アレフらの旅に同行する少女……そして何故だかアレフの事をえらく警戒し、避けている節がある
そんな少女がアレフの部屋を訪れる事など初めての事で、やっとこさ慣れ始めてくれたか。とアレフは内心喜びつつ快く部屋の中に受け入れる
暖炉をどれだけ使っても無償という事にかこつけて超贅沢に使っている事もあり、部屋の中は確かにアレフの言葉通りとても暖かかった。リリはおずおずと部屋に入ると、アレフに促されるまま空いたソファに腰を落ち着ける。気は全く落ち着いてない様子だが……
「それで、何か用か?眠れないという訳では無いんだろう」
「は、はい……実は、お聞きしたい事が」
本に栞を差し込んで、木で出来た見るからに高級そうな机に置くと、アレフは回転する椅子を回してリリを正面から見据える。少年少女らの質問や疑問はちゃんと教えてあげるのが親の役目だと、ついさっきまで読んでいた本に書いてあった。リリが自分の事を親だと思っているかは別として……まぁ、そこは良いだろう
「私って、どうやったら元の世界に戻れるんでしょうか……?サシャさんに聞いても曖昧な返事ばっかりで……アレフさんなら知っているかと、思って。それで……」
「それで聞きに来た、という訳か。なるほどな」
リリは小さく頷く。目には深刻な色が浮かんで見える、恐らく数日悩みこんでいたのだろう、瞼の下がすっかり黒くなってしまっている、最近あまり顔を見なかったので気付かなかった……
「そうさな。それを説明するには先ず何故リリがこの世界に飛ばされたか。という所から話さないといけないんだろうな……と言っても、それすら只の予想でしかないが」
「それで構いません。何か、何か教えて下さい……!お願い、します」
リリは言葉と共に頭を下げて誠意を示す。その態度に気後れしたアレフは思わず口内で低く唸ってしまう。何故ならアレフはサシャがこの少女に対し明確な答えを示さなかった理由がよく分かったから、何せ「示せない」。根拠が無いのだ
自分が以前サシャに話した「この街を出ない理由」とは全く事情が違う。少女がこんな必死な目をして聞いているのに適当な答えは言いたくない、ガッカリさせたくない。悲しい顔は見たくない
要するに自らの「過程」に自信が無い訳だが……
「………お願い、します。」
少女に、いや女性に頭を下げられて甲斐性の一つも見せれないようなら男で生まれて来た事を詫びてこちらこそ頭を下げなければならないだろう。腹を括ったアレフはゆっくりと口を開く。紡ぐ言葉を選ぶ事を忘れてはいけない
何せ専門家のサシャですら尻込みする問題な訳で、それを自分が答えるわけだから……はぁ、難しいなぁ
「先ず、転移系の魔法の副作用っていうのは間違いない、と思う。人は珍しい、物や動物が空から降ってくる。それが魔法使いの「凡ミス」のせいって言うのはたまに聞く話だ……それで、その転移魔法を使った張本人だが、残念ながら何処にいてどんな奴かっていうのは全くわからない。以前話したと思うがそもそも魔法使いという存在は数が少ない、故に個人の情報を探そうと思えばそれ程難しい事じゃない……だが、どれだけ顔や名前が分かろうとも住んでる場所だけは分からないんだ」
魔法使いとして産まれた者は基本的に魔法の研究にその一生を費やし、魔法使いとして死んでいく。サシャは笑顔そうで言っていた……そんな厄介な性質上、彼らは一生独り身で尚且つ人気のない極地で生活している事が多い。
アレフ自身、長い放浪生活の中でじっさいに魔法使いと出逢えたのは「サシャ」の件含め二人のみ。10数年でたった二人なのだからどれだけレアな事なのか、よく分かる
とにかく、それを聞いたリリの面持ちは神妙が過ぎる程に暗く、静かだった
「それで、元の世界に戻る方法だが……これも予想だからな?軽く聞き流してもらって構わない」
「……はい、お願いします」
リリの短な返答に頷いて答えると、アレフはまた静かな口調で語り出す。声色には先程以上に自信が無く
まるで嘘をついているような語り口になってしまっているのは重々承知、それでもアレフは語った。自分の思う「帰り方」を
「鍵は……結果的ではあるが、リリ。お前を呼んだ魔法使い本人だと思う。そいつに会って事情を話せば、何せ転移魔法なんていうサシャでも使えない凄い魔法を使える奴だ。帰り方も分かるかもしれない……だが、さっきも言った通り。魔法使いに会う事はとても難しい事なんだ。そして仮にすんなり見つけたとしても、奴らは相当な偏屈でな、何にせよ簡単にはいかないのだけは確か……と、いうのが俺の考えだ。満足いただけたか?リリ」
「……はい、あの、改めてありがとうございます。本当に」
またもリリは頭を下げる。その度に黒い髪の毛が顔に掛かってしまい、一々払い除けている。そしてその奥から覗くのは暗く淀んだ少女らしからぬその表情……アレフは困惑してしまった。自分の説明に不備があっただろうか、彼女の気を落とす事を言ってしまったのだろうか……と、リリもそんなアレフの心配を感じ取ったのか急ピッチで笑顔を顔に張り付ける。そのある意味悲しさの増した表情のまま、リリは続ける
「見ず知らずの私を、船に乗せてくれて……それも、あの無人島も地図に載っていない不可解な物だったんですよね?そんな所で一人倒れているなんて……ふふっ本当に、どうすればこの大きな恩を返しきれるんでしょう」
少女の独り言のようにフワフワとした言葉を正面から据えたアレフは思わず「リリ」。と、少女の名を口にする。いや、少女の名前自体は前から呼んでいた。だが、今は意味合いが違う。彼女の名は朝比奈リリ、今や旅の仲間、その一人になった少女の名を今アレフは口にした。且つ、アレフは続けた。
めいっぱいの優しさを持って、限りなく父親のように
「リリ、俺とマナの出会いは知っているか」
「え?え、あ、はい。知ってますよ」
どれだけ?とアレフは食い気味に問い続ける。と言っても高圧的に、上から押し潰すような口調でなくあくまで本に書いてある親らしい優しく、そして温かみのある物言いで……リリは返す
「夜、空から降ってきた自分を父が暖かく迎え入れてくれた。って」……と。
「サシャは」
「故郷で燻っている時、彼が救い出してくれた。って……一昨日、酔っ払いながら話してました。それがどうかしましたか?」
アレフは頷く
「俺は運命っていうのを信じない。全てに理由があって、過程がある。俺があの夜、マナと出逢ったのも、サシャの夜逃げに加担したのも……そしてリリ。君をあの無人島で見つけたのも
全部必然で、何か意味がある。俺はそう思っているんだ」
「だからな、恩なんて感じるなよ。俺らは集まるべくして集まった言わば家族なんだ……だから、そうだなぁ。感謝するなら出会った事に対してじゃなくて、今日も明日も笑って過ごせる事に感謝しようぜ?その方が余っ程楽しいだろ」
「…………」
あ、あれ。リリが返事をしない、今度こそ不味ってしまったのか。つい格好つけようと長話をしてしまったのがいけなかったのだろうか……うん、確かに思い返してみれば結構変な事を口走ってたような気がする、というか絶対してた
暫く、部屋に沈黙が流れる。聞こえるのは暖炉で木々が爆ぜる小さな音だけ
どれほど経ったかわからない程、沈黙に耐えかねたアレフがもう一度「リ、リリ?」と名前を呼んでみる。何ならこの無遠慮に名前を呼ぶ行為が駄目なのかもしれない。そうならそうとハッキリ言って欲しいのだ、が……
「ぷふっ……ふふ、あふっ、あふふ。」
「リ、リリ?笑ってるのか?」
「だって!アレフさん、アレフさんってもっと固い人なのかと思ってたのに、全然優しくて、何かパパっぽくて!あふふ」
その後も一頻り、気の済むまで笑ったらしいリリは先程より幾らも明るい表情でアレフに微笑みかけ、ソファから立ち上がった
「話に来て良かったです、おかげでスッキリしました。私は疲れたので部屋に戻ってもう寝ます。本当ありがとうございました!アレフさん……えっと、おやすみなさい!」
リリはもはや返事も待たずドアを開け、部屋から出ていってしまった。一人部屋に残されたアレフは困惑の表情で椅子ごと机に向き直り
「本の知識って馬鹿にならんな……」
と、「父親の教科書」と言う題名の本にそうボソッと呟きかけるのでした




