酔いどれべーゴマは数が増えて見えます。
「コーガ様、どうやら策の方は上々の様で……何よりでございます。」
「おぉ右近、帰っていたか。いや何、これも街の民による助けのおかげだ。勿論貴様も含めてな……と、それで?国の外はどうだ?良い方へ進みそうか?」
「いや、それが────────」
その時、ザッ……と風が空を凪いだ。落ち葉が舞い上がり、それらが擦り合う音で黒い忍、右近の声はよく聞こえなかったが何よりコーガの表情、その変化が事の善悪を示していた
右近の言葉が聞こえたコーガは、その内容を口内で吟味し、思い悩む。政とは時に自分の思惑と全くの逆方向へ勝手に舵が切られる。無為に切られているのだ。今回の件はそれが悪い方へ作用してしまった
「……兎に角、今彼らはこの街から出るつもりは毛頭ない。それにもうすぐ弟らも到着するはずだ、その間キチンとこの街に滞在して貰う。それだけだ」
「御意に。時にコーガ様、風の噂で聞いたのですが「大泥棒」に昔の事など気にも留めていない。と言ったそうですね」
右近は意地悪く表情を歪め、コーガへ尋ねる。誤解を生まないように補足しておくと、それが右近なりの笑顔で、愛情表現なのだ。俗世間で言うところの「イジり」、それだ……上手い下手は誰も問わない。故に右近もその表情の邪悪さに気づいていないのだが……
コーガは見慣れていた。故に右近のこの発言を見事、笑い飛ばしこう言った
「アレは、嘘半分本気半分。いや、本気より嘘の方が少し多いが、何にせよあんな出来事忘れられるわけが無いだろう?アレが無ければ今頃この「極東」の政の中枢に私は居たのだから……」
「えぇ、えぇ。全く、その通りでございます……それで、私めはこれからどうすれば?良ければ少しお休みを頂きたいのですが……」
ほう?とコーガは首を傾げ訝しむ。その職業柄もあるが、何せ右近がそのようなお願いをしてくるのは初めての事だった。コーガの頭に純粋な疑問が浮かんでくる
「女でも出来たか?」
「くくっ……違いますよ、私にそんな優れた「足枷」ある訳ないじゃございませんか……あるなら飲みの席で話の種にでも出来るんでござんすがね」
右近の自虐が見事コーガの「ツボ」にハマり、若殿と呼ばれる彼は人目のないのを良い事に転げ回って大笑いする。信頼しきった右近と、もう一人ねずみ色の忍装束を着込んだ彼の弟「左近」の前でしか見せない姿。それを遺憾無く発揮した所で、彼らの密会は終わりを告げる
その頃、城下町ではと言うと……
▶▶▶
「あっはっは、おっさん中々やるじゃないいか!えぇい、もう一勝負!」
「ナッハッハ!いやはや、アレフ殿はこれ、本当に初めてやるんで?えらくお上手じゃあございませんか。まぁ、負けませんけどもねっ!」
アレフと名前も知らぬ老父が真昼間から興を注ぐのは通称「べーゴマ」、というコマをぶつけ合い先に勢いを失い、倒れた方の負け。という如何にも男ウケの良さそうな遊戯。それを二人共……というか見物客の大概も含めほぼ全員酒気を帯びた表情で熱狂していた
「なぁ、また負けた!」
「まだまだでござんすね〜……この人呼んでべーゴマの嵐には幾らアレフ殿でも敵いませんや!」
老父はまだしも、アレフは今までに見せた事のない程緩み切った表情を浮かべていた。マナの前でも見せた事のない程隙だらけ……仮に今通り魔に襲われたらひとたまりも無さそうだ。
だがアレフは一欠片ほどもそんな心配はしていなかった……というか、そうでもなければこんなに気を緩めやしない
彼は既にある一つの結論に辿り着き、それを心から信じ切っていた。サシャはまだ多少訝しんでいるようだが、ここには居ないがマナ、リリ。そしてマスターは自分に賛同してくれた……と
まだ、その結論に着いて話していなかったか。ならば今話そう……アレフの考えに考えた唯一、たった一つの結論
それは……「こいつら、本気で歓迎するつもりなのだ。」という、至極単純な物だった
これを昨日の夜、綿菓子を片手に帰ってきた女性陣三人組に説明した所、サシャが珍しく怒って反論してきた。確かに中々無茶な答えだというのはアレフも自覚があった。だがもしこの街が本当に自分らの命を狙っているのだとしたら……彼らの目、誰も彼もの目を見ても、何処にも「悪意」を感じれないというのはおかしいだろう
どれだけ尽くそうが、笑いかけて来ようが自分の目は誤魔化せない。長年の仕事で培ってきた……まぁ職業病みたいな物だが、故に信頼足り得るこの目が何処からも「殺意」や「怨念」を感じ取らない。あるのは心からの笑顔と極東で言うところの「おもてなしの精神」
そんなの見せられたら信じざるを得ない……なんて、そこまでお人好しでは無いのでもう二、三個確信までいった因子はあるのだがその語りはまた今度にしよう。何せ時間はある
「奴ら」がこの街に現れるまでは、自由時間。生まれて初めて心からの休息を取れる、沢山、且つ僅かな時間なのだ
▶▶▶
そして昨晩、上空
「あー、あー、無線通じてるのかな。これ、なぁ聴こえるか兄者?」
ザー……ザー……ガー……ピー……電源を入れた無線から聴こえるのはそんな雑音だけで、聞きたかった物は微塵たりとも聞こえやしない。周波数が違うのだろうか?そう考えたフーガは少しダイアルを弄ってみる、がダメ。反応は相も変わらずガーガー、ピーピー
「はぁ……仕方ない、明日の朝にでもするか……」
本当はボスが眠っている間に済ませたかったのだが致し方無い。というかこれだけイビキが騒がしいならせっかく無線が繋がったとしても、このある意味BGMとも言える「轟音」で会話が掻き消される可能性もある。そう考えると繋がらなくて幸運だったのかもしれない…………はぁ。
(この人の下に居ると、ポジティブ精神だけは鍛えられるな……あと、我慢強さ。忍びの試験で忍耐は満点だったけど、それでも最初の頃はよく怒っていたもんな……)
ボスの普段の頼りなさ、そしていざ仕事になった時の強さ。あと、酒が入った時の絡み方のウザさ……挙げればキリがない程だが、この辺にしておこう。感謝するべき点だって色々あるはずなのだから……
「────さて、頑張るか。」
夜の海にヘリの風を切る音が響く。
たまには、ボスへの愚痴や絶叫じゃなく、感謝で終わるとしよう……腐っても自分の知恵の守護者生活初めての上司なのだから。たまの一度くらい、感謝でもしてやる事にしよう────。
続く




