喧嘩したら一緒に空を見上げたらいいと思います。
相も変わらず二人と一匹
アレフら御一行は船に乗せてもらうため港町「リリハラ」を目指し、今日も元気に旅を続けていた
唯一、いつもと少し違う点があるとすれば
「「…………」」
「なぁー、いい加減機嫌直せよお前ら」
朝ご飯以来、マナとアレフの間に微妙な「間」があり、その上会話が殆ど無い
という所だろうか
それについては俺、世界一のイケ馬で評判なこの俺、マスター様が解説しようと思う。と言っても実に簡単な話だ
アレフは朝食にお手製のクリームシチューを作ったんだ。俺の好きな人参も入れてくれて超美味そうな仕上がりだった。が、お嬢ちゃ……マナには不満な点が一つあった
それはクリームシチューの中にごろっと入った「キノコ」。実に肉厚でジューシーなキノコだったが、マナはどうやら苦手にしているらしく一向に食べようとしなかった。クリームシチューは全て平らげ、皿にはキノコだけ残った
それに珍しく少し怒ったアレフが注意すると、マナは拗ねてしまい荷台で塞ぎ込み。言い過ぎたかと不安がるが
ここはマナの為にも引いてはいけないと我慢するアレフで、現在溝が出来てしまっている……という訳だ
(まぁ、マナも馬鹿じゃない。もう頭は冷静になって謝るタイミングでも探ってるんだろうが……)
ま、こういう時先に謝るのは男と相場が決まっている。それにアレフは大人で、彼女の親だ
「サッサとしろよー。何かやりにくいだろうがよー(小声)」
現在、絶賛山道を歩いている。喋るか、喋りを聞くかしないと暇過ぎて死んでしまいかねないのだが
「おい、マナ……あの、その……」
早くしろよ。まどろっこしい
一言さっきはごめんと言うだけなのに
何を躊躇っているのだろうか?
「……何で、キノコが嫌いなんだ」
ずるっ。思わずズッコケそうになった
もしズッコケたら色々大問題なので耐えるが、中々危なかった。このアホアレフは全くどこまでアホなのか
「……おいしくないもん」
「味は子供にはわからないかもしれないが、栄養価は高い。食べて損は無い食べ物だ」
「……でも、きらいなんだもん」
マナの声に涙っぽさが混じってきた
アレフも流石に察したのか、手をアワアワさせて、わかりやすく慌てている
(……はぁ、仕方ねぇ奴らだ)
「なぁお二人さん、空見てみろよ」
「ふぇ?」
「おいマスター、今そんな話は」
「良いから見ろっつーの!」
俺は前を向いて進まなきゃいけないからあいつらの顔は見えない。ここからはいつも通り。アレフや地の文らに任せるとしよう……もう大丈夫だろうしな
▶▶▶
(空って……今マナにどうやって謝るか考えていた所なんだが、何考えてるんだこのバカ馬は……)
アレフは心中で派手に悪態をつきながら仕方なしに空を見上げる。バカ馬と言えども考えなしに物事を言うわけない、何かヒントがあるかもしれない
そして
「そ、ら……が」
「ぱ、パパ……なんか、とんでる!?」
まず鳥じゃないだろう、羽が無いし。飛行船にしては小さいし数が多すぎる
あ、そうだ。たしかあれは
「魚だ。マナ、あれは魚だ」
「え、さかなってとぶの!?」
「フライフィッシュって言うんだが、俺も生きて飛んでいるところを見るのは初めてだ……」
〆て市場に並べられているのはよく見たが、実際飛ぶのか。内心魚が空を飛ぶのかと疑っていたが、確信した
魚は飛ぶ
そう思うと何か、腹が括れた
「……なぁ、マナ」
「……」
マナは何か察したのか、急に黙り込み、目を明後日の方向に逸らす
「あー……さっきは、その……ゴメンな。キツく言い過ぎた」
魚から勇気を貰ったというのがアレだが、これは心からの言葉、謝罪だ
何せ、嘘ついて嫌われたくないのでね
「マナも、ごめんなさい……せっかくパパがはやおきしてつくってくれたのに……わがままいっちゃって……」
マナは三角座りをしたまま背中を小さく丸める。最後の方は声が小さくなっていって上手く聞き取れなかったが
心は伝わった。相変わらず目線は明後日の方向だが、それも涙を見せたくないだけなのかもしれない
(……また一つ、この子の良さをしれた。おいマスター、ありがとよ……こればっかりは感謝してやる)
何十年の付き合いで今更礼なんて小っ恥ずかしくて出来ないが、せめて街に入ったらあいつの好きな魚くらい買ってやろう
「え、え?パパ!?」
座ったままマナの体を持ち上げ、以前のように胡座の隙間に座らせる。案外軽くて、簡単に出来た。その代わりマナを驚かせてしまったが
「すまん、ちょっとだけ……」
ギュッ……とマナを抱きしめる。極力力を入れないように、息がしにくくならないように、俺がマナの良さを一生忘れないように
「……ぷふふっ、パパあまえんぼうさんだねー」
「うるさい」
いつの間にか、町が見えてきた
せめてあそこに辿り着くまではこのままでいさせてもらう事にしよう
▶▶▶
と、いうわけで港町「リリハラ」
事前にアレフが立てていた予想はあながち間違いでも無かったようで、男は軒並み筋骨隆々、女性は殆どがふくよかで、そこら中で巨大な刃物を使って大きな魚をぶった斬っている
背が高い方のアレフなど比べ物にもならないその「デカさ」は、マナは勿論他の一人と一匹も圧倒された。怖い
(いや、これは予想以上だな……今まで行った港町でもダントツな大きさ、荒らさだ)
それでもアレフは町を出来るだけ冷静に町を眺め、分析する
活気はある。町のデカさはそれなり
……旅人や商人の姿もチラホラ見れる
よし、何とか目的は果たせそうだ
「マスター、このまま船着場まで行ってくれ」
「あいよ……それより、そろそろマナ離してやれ。見てて恥ずかしい」
しまった。抱き心地が良すぎて、つい
町に入ってもそのままでいてしまった
「すまん、マナも恥ずかしかったよな」
慌ててどけてやる事にした。先程とは逆に持ち上げ、横に置いてやる。やる
やれない、持ち上がらない
「マ、マナ?何で俺のズボンを掴むんだ」
「べつにマナこのままでいいもん」
との事だ。まぁ別に?無理に退ける必要も無いし俺もこのままの方が落ち着くし荷台のスペースもあくしうんぬんかんぬん……と、いうわけでこのまま船着場に行く事になった
「はぁ……」
マスターの溜め息も受け流し、俺とマナは道に揺られながら少し町を眺める事にした
「さかな……さかな…と、さかな」
「魚の店ばっかだな。まぁこれは他の港町でも見た事あるな」
野菜も肉も食わない、魚だけで生きていく。みたいな町はあった。
耳長族……俗に言うエルフも果物だけで生きてたりするので驚きはしない
が、やはりマナには新鮮なようで、その後も目につく物珍しいもの一つ一つに驚き、目を輝かせていた
その中でも特に反応が良かったのは
「さ、さかながあるいてる……!?」
俗に言う半魚人だ。頭は魚で、体は人間。まぁ別に珍しくもない、水辺に村を作って生活しているのをよく見かける
「マナ、手ぇ振ってみろ」
「え?う、うん」
マナは半魚人に言われた通り手を振る
半魚人の方もすぐに気づいたのか元気よく手を振り返してくれる
「あんな顔だが優しい奴らだ。今度ゆっくり話す機会があったら仲良くしてやれ」
「おぉー……うん、わかった!」
結局、半魚人もマナもお互いの姿が見えなくなるまでずーっと手を振りあっていた。ちょっとだけ嫉妬の炎が燃えた
▶▶▶
二人と一匹は船着場に着いた
マスターには休憩を告げ、アレフとマナは幾つも並ぶ船の傍をゆっくり歩く
「お!なんだ見慣れねぇ顔があるじゃーねぇか!?旅人か?」
しばらくもしない内に、向こうから現れてくれた。狙い通り
「どうも、はじめまして」
巨躯の海男が片手を出してきたので、アレフも手を出し、ガチっと握手する
(どうせこの後……)
アレフが脳内で予想しきるより早く海男は握った手に力を込め始める
こいつら、海の人間はやたら力が強い上に、それを競い合う習性がある
(ま、タダではやられないけどな……娘も見てるし)
負けじとアレフも握り返す。彼も彼で
泥棒時代に培った人並み以上の運動神経と力の持ち主、タダではやられない
「むむむむむ……………!!!!!!」
「んぐぐぐぐ……………!!!!!!」
進退、攻防は更に加速、ヒートアップしていき遂に熱い勝負は危険な領域へと―――
達しなかった。マナが二人の熱い拳に優しく手を添える、冷たい手だ
「もうやめよ?」
二人とも即座に止めた。世の中にこんな可愛い子供に「止めて」と言われて止めない大人は居るのだろうか。二人は止めた
「いやすまねぇ、つい癖でな……にしてもアンタ、中々良い根性してやがる」
「いてて……そりゃどうも。認めてくれたついでにちょっと頼みを聞いてくれないか」
そしてこの海の男達、脳筋は脳筋だが
タダの脳筋では無い。義理や人情、特に自分の認めた人間には特別優しく接してくれる
「良いぜ、何っでも言ってくれ!」
これまた予想通り、本当に港町の人間は良い奴らが多い。泥棒時代からこういう町の人間はアレフの素性を知った上で仲良くしてくれた。凄い奴らだ
その後、昔ここら辺の町の人間が島流しにされた場所まで船で連れてって欲しいという旨を伝えた所、二つ返事でOKを貰え、船の準備が出来次第出航という形になった
「んー、ここまで順調に事が進むと逆に何か不安じゃないか?」
マスターは心配そうに、そう言う
呪文で荷台を小さくしたアレフはその言葉に内心少し同意する。ここまで順調に事が運ぶとは微塵も思っていなかった。唯一の弊害が握力勝負というのも、力が抜ける
「まぁ何か起きてから考えよう。船に乗ってしまえば起きる事も起こらなくなるかもしれない」
「ふね!おふねたのしみー!」
マナも喜んでいる。最悪マナの炎と俺のA5や他のアイテム使えばピンチもピンチじゃなくなるだろう。マスターも同意してくれたのか、それ以上は言及してこない
「おーい、準備出来たぞー!!」
海男が叫んでいる
「じゃ、行くか」
いつも通りの二人と一匹、今度は海上の旅が始まる……かもしれない