遊廓で若殿と宴にしましょう!
知恵の守護者からフーガとボスが飛び立った事など思いもしないアレフらは、現在巨大な遊廓で腰を下ろしていた。目の前には大量のご馳走と名高き銘酒が所狭しと並べられ、その向こうでは「客」が退屈しないため。と遊女達が延々と可憐な舞いを踊り続けている
かれこれ、日も暮れる程上陸からの時間も経った。おかげで遊女らの足はもつれ始め、その度に隣のコーガが鋭く罵声を投げかけている。
「貴様ら!大切なお客の前だぞ、気合いを入れて踊らんか!」
何てのを聞くのもこれで何回目だろうか。いい加減遊女らが不憫に思えてきた
このご馳走らもそうだ、誰も口をつけようとしない。せっかく細かく趣向を凝らされた絵画の如き出来なのに、時間が経ってすっかり冷えてしまっている
「……俺、やっぱ帰るわ。じゃあな」
「ちょちょちょ!ちょっと待てアレフ
貴様、もう帰るのか?もう少しゆっくりして行ったらどうだ?」
俺が立ち上がると、コーガは必死の形相で腕にすがりついて来る。若殿の威厳というのはこの国では度外視されているのだろうか。と、一応言っておくがコーガは既に酒気を帯びている。飯には欠片も口を付けていないが酒だけはガバガバ呑んでいた。自分は毒が怖いのでそちらも口を付けてないが……
そのせいかコーガは軽く情緒不安定になっていた。正直マスターと被っていてウザったらしい。暗殺を狙っているならサッサと済まして欲しい所だ
因みに、当のマスターは無償で借りた宿で待機中。サシャもマナも、そしてリリも遊廓に連れていくには少し問題があるので半ば強制的に宿で放り込んできた、マスターはその警護役。何分女性陣は総じて何処か抜けているので闇討ちに対応出来るか心配だったので急遽頼んだという訳だ
「な、座れよ、な?」
コーガは粘り強く頼み倒してくる。ここまで言われると人目の関係もあって再び席に着かざるを得なくなる、あぁでも、その人目。遊廓の遊女達も策に一枚噛んでいるのだとしたらお手上げだが。何せ女に手を上げる程腐った覚えも、度胸も俺には有りはしない
「……なぁ、何を企んでる。俺が居ない間に宿を襲おうとしてるなら無駄だぞ
何なら俺より強い奴らが二人程居るからな」
「だから……いや、お前はそうだった。お前は昔から強情な奴だったな。我が城から宝具を盗んでみせた時もお前は似たような態度だった……」
コーガは飲もうとしていたお猪口を机に戻し、遠くを見つめてそうボソッと呟いた。何だ、やっとこさ本音を語る気にでもなったのだろうか
「覚えているか?というか今も持っているのか?宝具は」
「さぁどうだか、ンなもん教えるわけ無いだろ。敵に」
「そう意地悪を言うなよ。さっき言っただろ?もう昔の事でとやかく言うつもりはもう私には無い、存分に昔話はするけどな。アッハッハッハ!」
頭にクソが着く程うるさい。こうもうるさく酒を呑めるのはこの世にマスターくらいの物だと思っていたので、少しショックだ。聴覚と共に心の方にもダメージがある
俺は恐らく怪訝な表情をしていたであろうに、コーガはそんな事関係ないとばかりに話を続ける。それも昔話をだ
「あの時もこんな寒い夜だったな……お前はゆるり、とこの街に闇と共に現れてたった一夜で民らと心を通わせた。そうして城の情報を集め、日が明けきる前に見事宝具を手にして────」
「帰り道に浮かれて対物センサーに引っかかって無様な鬼ごっこをしたけどな」
言葉を中途で遮られたにも関わらずコーガは笑い飛ばす。そう、その鬼ごっこの行く末でこの若殿とその弟……名前は確か「フーガ」、だったと思う。その二人と対峙する機会があった。たかが二、三口の会話だったが確かにコイツは昔からよくこの笑い方をしていた気がする。なにせ昔の事なので曖昧だが
「それで、アレフ。いつの間にあんな可愛らしい旅の同行者を見つけたんだ?特にあの赤毛の少女何て事によっちゃお前らしくない犯罪を犯したって事になるだろ?」
「……空から降ってきたんだ。おい、笑うな。本当の事なんだ。いやだから笑うなって、おい!」
「ブァッハッハッハ!!!いや、いやいやいや……お前が急に童話のような事を言い出すもんだから。何だ、私の見てない所で酒でも呑んだのか?」
だから敵の用意した酒なんて呑まないって言ってるだろ、と歯噛みした口の中で響く。何せ自分でも自分の言っている事が夢物語のように思えてくるから……いや本当、女の子(の入ったタマゴ)が空から降ってくるとか心から夢物語、童話。面白おかしい心からの事実
そんなのを聞いてすぐ様信じろなんて言うのも難しい話だと思うので、半ばで言及を諦める事にした
「……まぁ、何にしても良かったじゃないか。仲間……いや、家族か?うん、共に旅する家族が出来て、良かったな」
「そうだな。少々イレギュラーな事もあったが正直我ながら恵まれていると思うよ。恵まれすぎて勿体無いくらいに」
コーガが俺のお猪口にちびちびと酒を注いでくる。皮肉に敏感な反応を見せる辺り、人の顔や感情を読み取るだけの能力はあるらしい。この辺がバカ殿でなく若殿足る所以だと思う、と
「そういやお前、弟はどうした。そんなに歳は離れてなかっただろ?」
「あぁ。弟、な…………っと、注いでくれんのか!?感謝するぞアレフ!」
「俺も他人の感情の起伏には敏感なもんでな……仕方ない、ちょっとだけ相手してやる」
そうして二人は、溢れるまで並々に注がれたお猪口を静かに突き当て、同時に飲み干す。そして、やはり先に口を開いたのはコーガだった
「弟は、別の大陸で働いている。昔からの夢だったそうでな……ふふっ、お前に深く関係ある仕事だ。わかるだろ」
「……もしかして、知恵の守護者?」
「正解だ、今はまだ立場こそ低いが……否。身内自慢も行き過ぎると呑みの興が削がれる、ここら辺で止めておこう」
会話はここで途切れた。コーガはお猪口に残った酒を全て飲み干し、新しく注ぎ直している。その間、俺アレフはと言うと……アルコールの力も借りたからなのだろうか、えらいスピードで脳を廻らしていた
(コーガが若殿、街を上げての歓迎……そして弟のフーガは知恵の守護者。言いぶりからして下っ端なのだろうが彼奴のキレっぷりは俺も知っている。ふーーーーーーーーーーーーー、む)
そして、頭の中である一つの結論が出た。あくまで憶測に過ぎない、だが根拠は充分だろう。そして─────
「なぁ遊女さん方、あんたらも飯を食おう!すっかり冷えちまったがきっと美味いぞ」
その言葉を皮切りに、大宴会が幕を開けた。つい先程までのソレとは全く違うアレフの態度に最初こそ呆気に取られていたコーガだったが、ふと思い直したのかあっという間にどんちゃん騒ぎのド真ん中に躍り出た。そして踊った
飯を食い、酒を呑み、明日はきっと二日酔いで動けないだろう……だがそれで良い。何も問題は無い
ここに居る誰も彼も、アレフも含めて同じ気持ちだったからだろうか。アレフの表情にうっすらとくら〜い微笑が浮かんでいたのに気づかなかったのも致し方無かったのかもしれない
▶▶▶
「おぉぉぉえぇぇぇぇぇ……」
「ちょっとボス!機内で嘔吐は止めて下さい!窓を開けて!ほら早く!外で吐いて下さい!あぁもう!」
フーガ曰く「ヘリ」、元は機械と男の臭いだけだったのに今ではすっかり胃液と、消化されかけた朝食の臭いがヘリ内を包んでいる。運転がふらついてるのはそのせいなのだろうか
「この機械揺れ過ぎじャァねェか……?うっぷ。なァ、窓ッてどうやッて開けるんだ……?」
「手元にレバーがあるでしょう、それを回すんです……あと、これ袋です。地上にボスの爆撃を落とす訳にはいきませんから……それと、掃除もしておいて下さいね。臭いが機体に染み付く前に……ちょっとボス、聞いてますか?」
フーガは、一度フロントガラスとその先の景色から目を離し、後部座席を振り向いてみる。一瞬床に飛び散った吐瀉物が目に入ったような気がしたが取り敢えず見なかった事にする。それよりボスは……………………
「おぉぉぉえぇぇぇぇぇ……………。」
「ちょっとボス!窓だけ開けて中に吐かないで下さい!ボス、ボスーー!!!」
ボスは再び吐いていた。それも窓を開けて機内にちょっとした気流が生まれたことによって見事な軌跡を描いてそこら中吐瀉物塗れにしていった。
もう、フーガの叫びに返事を返す程ボスに余力は残されていなかった……。
続く




