雪の舞うとある朝、です。
『極東』東を極めると書いて極東だが
決して辺境の地という訳では無い。どちらかと言うと大都市、世界的に見ても立派な都会に分類される類の街。それが極東、それがオオエド
国外の人間らの出入りも多く、輸入輸出と共に盛んに行われている。故にほぼ毎日、港には大小様々な船が碇泊している。警備は固く、国の治安は世界有数の良さで、人々らの性分は明るい
何処を取っても文句の言い様が無い素晴らしい街。それが極東、それがオオエド……と世論ではそうなっている。そして「表」だけ見るならそこに何の間違いもない。無いのだが表があるなら裏もあるのが道理だろう
そんな「裏」、或いは光に対する闇。その中枢は意外にも大都市オオエド一目立つ建築物の中にあった。というか居た
その名も、オオエド城
▶▶▶
「コーガ様、私めでございます。かの大泥棒の事で少し……」
「あぁ、入れ」
オオエド城、本丸と呼ばれる最も背の高い建物の最上階にこの城及び国の最高責任者であるコーガの姿があった。
以前彼らの居た暗く狭い部屋とはまた別の、正式に「責任者の部屋」とされている広間である
そこで一人茶を啜っていたコーガの横に音を少しも立てずにかがむ影が一つ
全身を黒い布で覆い、顔も目の部分しか出していない。いわゆる忍装束という奴だ
「現在、彼らはヤショウを越え冬の海を順調に進んでるようで……後数日、といった所でしょう」
「そうかそうか……それは嬉しい話だな。ちゃんと記しておけよ、弟に送ってやらねばならん」
コーガは笑顔で自分の点てた茶を、もう一人の男に勧める。男もそれを快く受け取り、一口啜って答える
何故、彼らはアレフらの動向を知っているのか……気になった人も居るかもしれないので、説明しておくと鳥を飛ばしているのだ。鳥と言ってもただの鳥では無い、生まれた頃から英才教育を受けさせたエリート、スパイ専用の鳥だ。今回アレフらの船の真上にソイツを三羽付けている
定期連絡によって流れてくる情報は実に精密で、その日の朝昼晩の料理メニューまで事細かに記されている。それくらいマジメで、優秀で、そして文句を垂れずに働くという有難さ。特に三つ目とかは雇う側からすればとても嬉しい、本当嬉しい……と、少々話が逸れたが、とにかく彼らが今もアレフらを上空から監視していて、そこから流れてくる情報をコーガ達が得ている。という訳だ
「それより、城下町の様子はどうだ。事は無事に進んでいるか?」
「はい、それはもう……しかし、どうにも国、オオエドの外は上手くいっていないようで」
そりゃまぁそうであろう。一やったら一上手くいくが、十やったら十は上手くいかないのが統治、そして政という物だ。それくらいは予想通り
「もとよりこの国、オオエドで終わらせれば良いだけの話だ。その方が弟も喜ぶだろう……あぁ、今もあの子は果報を今か今かと待ち望んでおるのだろうなぁ……」
茶器の底に残った茶を一息に煽り、コーガは恍惚気な表情でまたも「弟」と名を出した、その名を出す度にコーガの表情は酷く、そして醜く歪んでいく。
「くっふっふっふっふ……もう暫し待っていろ我が愛しの弟フーガよ。すぐに吉報を届けて見せようぞ」
「…んぐっ…んぐっ……ふぅ。結構なお手前で、何て。それでは私は任務に戻ります」
忍装束の男もコーガに習い、一息に残りの茶を啜り上げる。作法としては三回に分けて飲むのが正解だとされているが、残念。忍に法は無い、守るべきルールは何時だって影と共に生きる事
たったそれだけの単純な事のみである
「あぁ、すみませんコーガ様。もう一つお耳に入れないといけない事が……。」
「何だ、遂に妻でも出来たか。めでたい話だな」
違いますよ、と男は目尻に皺を浮かべておどけてみせる。このコーガという大将は普段こそ硬派な印象を受ける様子を浮かべているが、こうやって親しい人間と一体一で喋る時などは一変してすぐおどけてみせる。明るい大将なのだ
「いや、船の搭乗員が一人増えたらしいんですよ。名は確か……アサヒナ・リリ……でしたかね。はい、そんな名前の少女が一人。如何致します?」
コーガは首を傾げる。何故なら男の言葉が全くもって予想外だったから……
人の増加、そして少女と来たもんだ。
かの大泥棒アレフが自分の船に少女を連れ込んだ等とは、到底予想し得なかった。意外、凄い意外
それにアサヒナ?リリ?聞いた事も無い名前の作り。この世のどの大陸でもそんな名前は聞いた事が無い、何もかもをとても不思議だ。というかそんな大切な事、どうか伝えるのを忘れないで欲しい
「……わかった、取り敢えずこのオオエドに着くまでは不干渉。それが弟からの指令、その一つだからな。それを守るとしよう……そして、右近。貴様は貴様の兄、左近と共にキョウヘ向かえ。この一件、一応帝野郎の耳に入れておいてやらねばならん……後でグチグチ言われるのは勘弁だ」
「承知しました。この右近、必ずしも名を果たして参ります……では」
そう一礼と共に言い残し、黒い忍「右近」は消えた。霧散した、と言った方が適切だろうか、それくらい一瞬にしてその場から居なくなった
普通は驚くべき事なのだが、コーガはこめかみ一つ動かさない。換気のために少し開けておいた引き戸から、外に広がる城下町を思う。今も尚下々の紳士淑女らは忙しくも働いているのだろう……しかし、前とは違う。この街の全員が「彼」とその仲間の顔を覚えている。
それは、敵。或いは賞金首として……
「覚悟しろ大泥棒、弟への貢ぎ物として、そしてこの町での盗みを許してしまった贖罪として……貴様を捕らえてやる」
────彼がまだ「大泥棒」としての名を世界中に轟かして間もなく、少なくとも世界の隅っこに位置する極東まではそんな情報が流れてきていない頃。
逃げるようにこの国へ現れた彼は暫くこの国で生活し、そして颯爽と「宝」を盗み去っていった……何とまぁ忌々しき記憶。
罪過、過怠、罪咎、罪業、醜行………捕まえなければなるまい、あの咎人を
このオオエドを司る宝具を盗んだあの大泥棒を────────────
「絶対に、絶対にだ………!!!」
▶▶▶
「ぶえっくしゅん!」
「パパおかぜ?だいじょうぶ?」
所変わって、船の上。アレフらは今日も今日とて船の上に居た。外は雪が舞っており、デッキ上にはこんもりと雪が積もっている。マナ達が一頻り遊び終わってから溶かしたり退けたりするつもりだが、今エンジンを動かすとその熱で溶けかねないので完全に止めている……そんな訳で、朝食。
「風邪じゃないな、多分何処かの誰かが俺の噂をしてるんだろ…どうせろくでもない事だろうけどな。」
具体的に言うなれば、知恵の守護者の追っ手ら辺だろう……多分カナンを出航した辺りから後をついて来ているのは間違いないのだろう、気配がある。何となくだが
「あ、あの……「こっちの世界」にも風邪とかあるんですか?もしかして不治の病とかそういう?」
存外ナイフとフォークを上手に使いながら、リリが緊張気味に聞いてくる。何でかは知らないが自分に対して凄く警戒しているらしい……。本当に何故だろうか、もう少し慣れてくれたら聞いてみよう
因みにそんなリリの「アホな」疑問に答えたのは、病についてこの場で最も知識豊富なサシャ。下品にも口の中に魚を入れたまま、もごもごと言葉を紡いだ
「風邪なんて(モグモグ)栄養と(モグモグ)長い休息さえ取れば(モグモグモグモグ)すぐ治るわよ。(ゴクン)……ぷぁ。リリの世界では違ったの?」
「あ、いえいえ……えっと、この世界の医療技術とか分かんなくて……元の世界でもサシャさんが言った通りの治療法です」
「あぁ〜……なるほどね。そうよね、リリはこの世界の事あんまり知らないものね」
二人はその後も何気無い話を続けた。途中からマナも加わって正に女三人で姦しい……なんちゃって
少なくとも自分ことアレフとマスターは蚊帳の外。その輪の中には入る事が出来なかった
(なぁアレフ、何だか俺疎外感を感じるんだけど気のせいかな)
(いいやお前は前からこうだったろ。最近に至っては寝てばかりだったし……)
終いにはマスターがアレフに顔を寄せて耳打ちする次第。アレフは決してそっちを見ない、食事中に見る顔じゃないととうの昔に分かっているから
それから女性陣を尻目に一人と一頭は黙って食事を片付ける。そうすると先ずリリがアレフらを待たせる訳にはいかないと焦りだし、それを見たサシャが付き合うようにペースを上げ、最後にマナがアレフに軽く叱られて急いで食べ出す。少々八つ当たりに近い気もするが、どうか許して欲しい
皿を片付け、偉く気を使ってくるリリと共に手早く洗い物を済ませ、デッキに出てみる。生憎雪は振り続けていたが、マナ達からすれば好都合。雪玉かまくら雪だるま。全てやるつもりでいたから豪雪は大歓迎だ
雪が降っている以上船のエンジンを動かす訳にもいかないのでアレフらもその遊びに参加する事になった。そして何故か寒いのを嫌がって冬眠冬眠とか言っていた獣のマスターもそこに居た。そんなに疎外感を身近に感じるのが嫌なのだろうか……
結局、その日は一日中雪が降った。つまり一日中船が動かなかった訳だが、それに最も苦労し、怒ったのはアレフでなくもっと上、上空を飛ぶ鳥達であった。人語では無いため何と言っているかは知らないが、どうにも企業形態について愚痴ってるようで盛んにピーチクパーチク騒ぎ立てていた
さて、一先ずこの辺りで終えるとしよう。次は日が落ちて、昇って落ちて、また昇る頃……詰まる所目的の場所「極東」及び「オオエド」の上陸。はてさて今度の彼らは一体どんな面倒と出くわすのだろうか…………………
続く




