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異世界旅行は愛する娘と共に  作者: 月見ヌイ
62/162

出航は夕暮れと共に、です。


「さて、もうそろそろドックの方に行かないとな……いつの間にか日も暮れ始めた」


選りすぐりの玩具でパンパンに膨らんだ紙袋を片腕に持ち、マナに声をかける。しかし彼女は今、一際気に入ってしまった「万華鏡」という小さい筒に夢中で中々反応を示してくれない。どちらかと言うと度々「わぁ!」とか「すごい!」とか万華鏡の感想ばかり聞こえてくる。仕方ないので、何度か肩を叩いてやり、そのまま手を引いて無理やり歩き始める事にした


「歩きながらそんなもん見てたら何時か転けるぞ。膝から血が出てもおんぶしてやらんからな」


「だってだってね!これすごいんだよ!ちょっとかたむけるだけでぜんぜんちがうかたちになるの!すっごいキラキラしててとってもきれいなんだよ!」


どうにもマナの説明は益体が無く、万華鏡とやらの実態、はたまたその中に映る景色の想像はつかなかった。出来れば後で少し貸してもらって見てみる事にしよう。

それはそれとして、やっとこさマナは万華鏡から目を離し、ちゃんと前を向いて歩き始めてくれた。結果オーライという奴だ


だがどうやら、マナは「前」を向いている訳では無いようだった。どちらかと言えば遠く、前方を見ているような


「な、なんじゃありゃ……」


見れば遠く、ドックら辺だろうか。とんでもない人集りが居るように見える

突発的な祭りでも起きたか、世界的なスーパースターでも訪れたかのような賑わいっぷり……遠いので本当に人混みなのかはわからないが、だとしたら本当にそんなレベル。とんでもない人数だろう


「サシャとマスター、かなぁ……?」


「有り得るな。マナ、ちょっと走るか」


マナは素直に頷き、万華鏡をギュッと握りしめる。こうなると意地でも渡してくれなさそうなので、転けない事を願いつつ走り出す。

彼女も恐らく似たような事を考えているのだろう、さもなくばこんな大人しく言う事を聞いてはくれない……そう、何だか最近ワガママというか自分の意見をちゃんと言えるようになってきたかと言うか……いや、違うそうじゃない。今はそれを語る時じゃない


恐らく、今自分とマナの考えている事。それは「こういう何かあった時は必ず面倒な事になる。」というものだ。今回で言うと案じるまでもなくサシャかマスター、あるいは両方が原因の騒ぎ。先程のスーパースター云々と言ったが、こんな島国からすれば喋る牡馬も若いエルフもスターみたいな物だろう


改めてそんな事を考えると走って体が火照った故の物とは別の、何故だかえらく冷ややかな汗が額を伝うのを、アレフは心から感じた。


▶▶▶


予感的中。アレフらは流石にまだ到着していないので知る由もないが、見事にその悪い予想はあっていた。人混みの中心、一定の距離を開けて円状に空いた空間に、エルフ一人と馬一匹が盤を挟んで地面に腰掛けていた


「五戦、二勝二敗一分……互角、ね。」


「お前打ち筋がまどろっこし過ぎんだよ。単純こそ至高、少しは俺を見習ったらどうだ?」


何故勝ち越した訳でもないのにこの馬はこんなに偉そうな口を聞いてくるのだろう。ちょっとムカつくが、空を見ればいつの間にか美しい夕焼けになっている。流石にこれ以上の勝負は控えるべきだろう。それにそろそろ二人が帰ってくるはずだ


「そう言えば日も落ちるのが随分と早くなったわよね……空気も冷えてきたし、すっかり冬季に入ってきたのね」


「そうだな。さて、ほんじゃま盤と駒を返しにいくか。おいしょ、っとぉ……」


今の今までマスターは馬らしからぬ胡座で座していた、何処ぞのおっさんみたいな後ろ姿だったのだが、ゆっくりと四本足で立ち上がり体を反らして背骨をボキボキ鳴らす。これがまた気持ちいいのだ


……さて、ドックへ行こう。そう思い顔を上げたその時である。マスターは思わず声を失った


「……!……っ!、!」


「何よマスター、ぎっくり腰?貴方重いから助けてあげられないわよ」


サシャは一切周りの喧騒に気が付かない。マスターの顔と様子もまぁ日頃から少しアレなので誤差くらいにしか感じない。

だが本当にギックリ腰であるなれば少々重い盤を持たせるのは少し可哀想だ。仕方がないので自分が持っていてやる事にした。盤を両手で抱え、立ち上がる。すると、何をどうしても「周り」が目に入ってしまう。その結果


「えっ」


絶句。何だこれは、こんな島国にこれだけの人が居たというのか。というか何しにこんな所に集まってきているのか?


「え、えっと……」


四方八方、人、人、そして人。何処を見渡しても全くもって人である。自分らがチェ棋に興じている間にこんな事になっているなんて……一体全体どうした物か


「お、おいサシャ……と、取り敢えずドックに行こう。な?」


「う、うん……そうね。すみません皆さん、少し道を開けてください。あの、開けて下さい!開ーけーてー!」


残念、全国各地野次馬というのは面倒且つクソが頭に付く程邪魔な物だ。今この場も勿論例外ではなく、ひしめき合う男八割、女二割程度は一言もサシャの言葉に耳を貸さない。スターの顔を見に来ただけでこいつら全員言う事を聞くつもりはハナから無いのである


「ちっ、そっちがその気なら……」


「あ、おい待てサシャ!流石に魔法は不味い!おいお前まで話聞けねぇのか!」


手に魔法の光を宿し、何かしらの詠唱を始めようとしていたサシャの服、そこの襟を噛んで引っ張り無理やり止める。そしてマスターはその勢いのままで自分の背中にサシャを乗っける


「流石にドックん中には追ってこねぇだろ!掴まってろよサシャ」


詠唱を無理やり中断させられて少々不満そうなサシャだが、ここはマスターの考えを組む事にした。ぎっくり腰でないのならこれくらいの無茶はさせても良いだろう


「馬だ!本当に喋っているぞ!」

「あのエルフのねーちゃん美人だなー」


てな感じの事を口々に騒ぎ立てる人混みらの「深さ」、或いはその「物量」の予想を瞬時にたてて、マスターは助走を少し……そして、跳んだ。


「うわっ、下見てみろよ」


「本当に多いわね……というかマスターがこんなに動ける事の方が驚きだわ……」


それに人の言葉も喋れる辺りおかしいと思う。この国の人々はそもそも馬を見た事があまり無いから、わーすごーい珍しー。くらいで済むのだろうが、世界各国でも人の言葉を喋る馬とかレアリティ高すぎるレベルなのだ。

何時かこの辺についての話をジックリ聞いてみるとしよう……しかし、今は

この下の方に広がる人の群れ、その頭を無事越えることを祈るべきだろう。


ざっと見ても五百はいる。何故こんな港付近にこれだけの人が集まってしまったのだろうか?おかげでマスターが着地した字面は、最後の人、その頭を越えるスレスレのラインだった


息付く暇も無く、マスターは少し離れた所にあるドックの門まで一気に駆ける。後ろから雪崩の如く人が追ってくるのも、ドックの門付近で頭にたんこぶを一個、又は二個こさえて伸びてる

男らも見えたが今は無視。何よりも早く門の中へ……!


……入った。着いた。無事に着いた。


「お、どうしたよお前ら。そんな慌てて入ってきて」


「いや、何でもねぇんだ。おいサシャ、着いたぞ……サシャ?」


返事が無い。背中はよく見えないが何やら手足がだらんとなっているように見えなくもない。ドックの整備士長を勤める男の手も借りて、サシャを背中から降ろしてやると……


「し、死んでる……!?」


「生きてるわよ!うっぷ……ちょっと酔っただけ。乗馬なんてやった事無いし……おぇぇ」


ジャンプはまだしもダッシュの負担がデカかったのだろうか、いつの間にかサシャの顔が真っ青になっている。今にも本当に吐き出しそうな……


介抱は手の空いてるドックの整備士がやってくれるそうなので、自分は門ギリギリから今も尚興味津々といった様子でドック内を見ている群衆共らをどうした物かと考える事にした。何せこのままでは外へ出る事も叶わない。

因みに何故群衆共は門から先、つまりドックの敷地内に入れないかと言うと……至極単純な事で、今さっき話しかけてきた整備士長が鬼のように怖いという話だ。勝手に敷地へ入った者は女子供であろうとも容赦なく叱り付け

軽いトラウマを植え続けているらしい


「……っと、来やがったかな。」


何にせよアイツが来たらどうするか考えてくれるだろう。なんて事も考えているとタイミングよく人混みから異質の存在が見える所に現れてくれた。

その手にはデカい紙袋と愛する娘の手がある。二人は人が集中している門の方ではなく、その横の柵を一息に蹴上がって見せた。パッと見一般人の彼らに興味は無いのか群衆共は全く気にも留めていないのが少し笑えてくる


「おい駄馬野郎、何だこの騒ぎは!?また何かやらかしたのか!?」


「すげぇだろ。いやな、チェ棋ってボードゲームあるだろ?あれをサシャとやってたらいつの間にか見物客が増えちまってな……いやはや、こっから見ると中々壮観だろ?」


いつかやってたゾンビ劇みたいだ。とアレフは笑わずにボソッと呟く。目とかは特に鋭く細まり、眼前のマスターを睨みつける。その横のマナはと言うと少し怖がっているのか、群衆の方を決して向かないようアレフの腰元にギュッとしがみついている。手には何やら見慣れない筒を持っている


「おっ、今度はご主人の到着か。何だもう出航するつもりなのか?」


「出来ればそうしたいんだが、何分この人混みでは船を移す事も出来やしない。何か良い手は無いか?」


とても鬼とは思えないほど柔らかで人懐っこい笑みを浮かべる整備士長はアレフのこの焦りと苛立ち全開のSOSにこれまた明るい笑顔で応えた。こんな顔して門前に伸びる男らのたんこぶをこさえているんだから人とは中々信頼しがたい物である


と、そんな整備士長の「応え」。それは


「港の入り口はここにもあるぜ?」


……と、そんなイマイチ意味のわからない物だった。一応建物内をグルリと見渡してみても港の入り口、または出口らしき物は見えないし、そもそも船が通れる大きさの「穴」と言えばドックの入り口くらいのものである。


故に、アレフは不審に思った。因みにマナは既にアレフの体から離れ、隅で横たわるサシャの方へ行っている。


「何処に?」

「あそこだ。おいお前ら!ハッチを開けろ!走れ!何チンタラしてやがる!」


自らの弟子とも言える整備士らに怒鳴りつける様は確かに鬼。うん、やはり怖い。アレフは怖がっていないのか、キョロキョロと辺りを見渡している。ハッチを開けると聞いて、何処が開くのか探しているらしい


「エンジンの騒音は止めた。船中の汚れもこそぎ落としておいた、注文通り。完璧に仕上げておいたぜ」


「……ん、あぁ。これ後払い分の勘定。それで、何処が開くんだ?」


アレフはまるで子供のようにキョロキョロしっぱなしである。大事な金貨もぞんざいに整備士長へ渡し、とめどなくキョロキョロ、キョロキョロ、またキョロキョロとする。そして、やっとこさ目当てのハッチが見つかった


機械的な轟音と共に、ゆっくりと巨大な口が開くかのようなその様はこれまた圧巻で、それと共に外の海水がドック内、ソレも船の置いた「溝」部分に勢いよく流れ込んでくる。暫くもしない内に出航させても問題ないくらいの水位になった


「ほれ、行けよ」


「……すげぇ。」


遂にこんな言葉しか出てこなかったアレフであった


そして彼らは船に乗り込み、アレフを最後に、全員無事搭乗しきる。とても綺麗になった操縦室の床を勿体なくも泥だらけの靴で踏み締め、操縦桿を握りこむ。


気さくな整備士と整備士長に手を振って別れを告げ、だいぶ静かになったエンジン音に内心喜びつつ、ゆるりと前進していく。ドックを出て外の港へ出ると、先程まで実に鬱陶しかった群衆共が船に向かって手を振っているではないか


「すまんなマナ、もう少しゆっくりさせてやりたかったんだが……宿の予約も残ってるし」


「んーん、たのしかったしいいよ。それにほら!おもちゃもいっぱい!」


そう言ってマナは両手に抱えた袋を持ち上げてみせる。その中には万華鏡も入っていた。それにしてもかなり買ったものだ。なのに出費としてはそんなにかからない辺り玩具とは良い文化だ……それに、色々面白い物も見つけれた。マナの遊んでいない時に自分も遊んでみようと思う


「それに、いいひともいっぱいだったし……」


「変な奴も居たけどな」


長々とヤショウと極東の違いについて語る奴とか……と、二人は軽く笑いあい、段々と遠ざかるヤショウの姿を目端で追った


「ま、良い所だったな」


「うん!」


その時、マナの明るい笑顔が夕暮れの空を照らし、サシャが馬の次に船に乗せられた事によって限界に達した三半規管による、夕の赤みの如き真っ赤な吐瀉物が海に流れたのだった────


続く。

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