待ち侘びた来客を出迎えましょう。
タイムリミット最終日、朝。
空もすっかり明るくなったというのにアレフらの部屋からは誰一人として出てくる気配がない。寝息すら聞こえた
珍しく今日は全員が寝過ごしていたのだ。いつもは真っ先にアレフが起き出し、マスターとサシャが目覚め、最後にマナ……という順番なのだが、先ずアレフが寝ている。目覚める気配も無い
マスターは外の厩舎で寝ているのでまた別とするが、サシャは部屋。マナと二人で一つのベットを使って寝ている
これまた大変幸せそうな寝顔で、こちらも起きる気配無しときている。
マナは言うまでもない、サシャの腕と胸に挟まれ柔らかな温もりと多少の息苦しさを心から楽しみ、寝ていた。
彼らは本当に理解しているのだろうか、今日でマリアの無理難題をどうにかしないと船は貰えない、極東へ行けないのだ。それなのに焦るどころか眠りこけている……もしここに別の誰か事情を知り、アレフらの素性を知る者が居たら慌ててドアを蹴ってでもこじ開け、部屋に駆け込み全員叩き起した上でこう言うだろう
バァンッ
「皆様、どうか少しは危機感を持って下さい!!!」
実際居た。少し小汚いが、ピチッと指定の服を着こなした屋敷の使用人、その中でも一番若い男性が前述の通り部屋に押し入り、開口一番そう言い放った。目覚ましには少し騒がしすぎるが
それ故に全員夢から覚めた。目覚めは悪いが取り敢えず、起きはした。
「うるっせぇなー……」
「早くしないと時間が無いんですよ!?眠ってる場合ですか!」
「うぅ、朝から騒がしいわね……貴方誰よ。勝手に入ってきて」
男性は、しまった。と言わんばかりに手で頬を叩き。姿勢を正し直す
「失礼、申し遅れました。自分はマリア嬢に仕える使用人の一人、名はワークスと言います。どうぞ宜しくお願いします……ささ、皆さん。急いで下さい」
さて名乗りこそ受けたものの、この急な登場に最も露骨な不機嫌さを示したのは意外にもマナだった。目を細め、今にも彼を焼き殺しそうな表情でジッと見つめている。
「お、お嬢ちゃん?どうかしましたか」
「でてって。」
「……え?」
「おじさんでてって。うるさい」
こう、文字にすると可愛らしい子供の戯言に見えなくもないが、実際言われてみるととんでもなく身の毛がよだつ。悪寒が背中を貫くような感覚に陥る。それ程までに今の一瞬でマナは全力の圧と共に、突然の来訪者にへと拒絶を示してみせた
来訪者であり、マナの射殺すような目線を真正面から受けたワークスと言えば一瞬腰が抜けるかと思ったが、ギリギリなんとか持ち堪える。こっちも伊達に人形の体を持つお嬢様と同じ屋根の下何年も生活していない。精神力だけで言えばそこらの兵士よか屈強かもしれない
そんな彼が選んだ次の手は、自分が何故この宿、そしてこの部屋へ訪れたのかという至極真っ当な説明だった。これで自分の正当性を保とうという愚考の策だ
「こ、こちらをご覧下さい。お嬢様から預かって参りました……では、アレフ様。どうぞ」
「……あ、お前昨日も手紙渡してくれた奴か。今思い出した」
そう、昨日町を出る直前にも屋敷の人間からタイムリミットとやらを記された手紙を渡されたが、そう言えばこんな顔の奴から手渡されたかもしれない。正解だったのか、ワークスとか言う目の前の非常識な男は何度も細かく頷いている。どうでもいいが
さて、渡されたからには読まなくてはならない。寝起き一番なので少し手元が定まらなかったが、何とか手紙を開き、つらつらと美しい文字で書かれた文章を読み進めていく。
「えーなになに?……ほうほう、ふーむなるほど……へぇー」
「ねぇアレフ、それちゃんと読んでるの?出た声の全部が気の抜けた感じのやつなんだけど」
そう言われても仕方ない。だって読んでいるのだから……内容を掻い摘んでまとめると、諦めたなら諦めたでいいが、せめてとんちの一つくらい利いた置き土産くらい残していけよな?との事だ。全く良いご身分な事だ……
とにかく、最後までしっかり読み切った俺は手紙をキチンと元に折り畳み先程からチラチラ羨ましそうに手紙を眺めていたマナに渡してやる。因みに昨日の早朝にマナが書き残してくれた手紙は大事に保管されている。マリアからのは捨てた。読み終わった手紙ほど無用な物は無い
「さて、私はちゃんと渡しましたからね……それでは、失礼致します。」
「二度と来んなバーカ!」
サシャがあかんべーをしたのを真面目さが垣間見得るお辞儀で返事の挨拶として、ワークスは足早に部屋から出ていく。これは勝手な予想だが、マナが手紙に夢中になって自分の事を忘れている内に逃げたかったのではないだろうか……まぁ、どうでも良いか。
「にしてもな、俺達が何かするのは日が落ちてからだしな……それまで飯食うか寝るしかないよな。」
「そうそう。ねぇ、私まだ寝てても良いわよね?よね?」
いつの間にか二度寝の快感を味わっていたらしい。サシャは回答も待たずに再びベッドに潜り込んでしまった。その横では未だマナがジックリと手紙を読み込んでいる。今更だがマナは漢字を読めるのだろうか……聞いてこないって事は分かっているのだろうか
「おいマナ、お前もまだ寝てて良いからな?」
「うん、わかった……あ、パパ。これからどうするの?パパもサシャもふつうにしてるから、だいじょーぶなのかなっておもってたけど、なにかするつもりなんだよね?」
一声かけてみると案外キレよく返事が返ってきた。やはり漢字が読めてなかったのかあまり没頭できてなかったらしい。もし手紙に集中していたら返事は「うん。」が限界だろう
さて、そう言えばマナにはまだ「死人を連れて来い」だとかいう無理難題に対しての答えを教えてなかった。別に意地悪する所でも無いし、むしろこれの成功にはマナによる部分も大きく関わってくるのでしっかりと理解しておいて貰わなくてはならない……ならないのだが、ちょっと捻ったヒントをあげたくなるというのが親心という物だろう
「目には目を歯には歯を、魔術には魔法を……死人には死人。だろ?」
案の定、マナは首を捻るばかりで結局素直に全部暴露、説明、又は白状させられるアレフなのでした。
▶▶▶
それからだいぶ時間も経ちまして、せっかく煽るような文面で手紙を出したというのになーんの音沙汰もない、その姿も見せない大泥棒に苛立つ者一人
「せめて甲斐性くらい見せたらどうなのかしら……!」
いつも通りベッドに横たわり、何をするでなく待ちぼうけていたマリアは半ば諦めつつ暗い部屋の天井に向かって悪態をついた。いやしかし、改めて考えると彼らはこの場に現れない方が良かったのかもしれない
父と母を見つけて連れて来い……これが実現不可能の無理難題という事はマリアが一番理解している。どうやって死人を現世へ舞い戻すと言うのか。ハッキリ言って、アレフが何か「とんち」でこれを応えようとすれば一も二もなく町を追い出し、こちらへ向かってくる知恵の守護者らに捕えさせようと少し、考えていた。実際に実行したかはわからないが、こうやってアレフらが現れない限りはその可能性は根っから無いものとして扱われる。
しかし、やはり諦めきれない
何せ彼は大泥棒、何時だったか「治らない」と医者に匙を投げられた未曾有の病を物の見事に完治させた一部始終は余す事なく頭の中に残っている。今もまだ一筋の光となって自分を照らしている。希望なのだ、彼は
だから今回も「無理」を見事跳ね除けてくれるのでは、死んだ父と母を自分の目の前に連れて来てくれるのではないか……それに、昨日唐突に訪れた「友人」も去り際に言っていた
「パパはすごいよ。だからしんじてまってて……でもパパはあげないからね!」
……と。自分より幾つも年下のはずなのに自分なんかより余程立派な口振りだった。アレフは渡さない、とキッパリ言ったのまでは少し驚いたが……まぁそれも良いだろう。彼女は彼の「娘」で決して恋敵に成り得る存在ではないのだから…………、はぁ。
「早く来ないかなぁ………」
マリアが、そう今の今まで貫き通していた口調を忘れ、心からの本音を呟いた。そんな時である
トン、トン、トン……と、何時ぞやの友人の来訪と同じようにドアが静かに三回、ノックされる
マリアはそれを聞いてベッドから飛び起き、そしてドアの近くへ駆け寄った。と言っても足ももう原型を留めていない程にボロボロなので、体を引きずっての前身だったが決して辛くはない。それ所か待ち侘びた来客。きっと自分が待ち望んだ通りの来訪者だろう
これでウェルターやワークスがドアの前に居ようものなら容赦なく叱ってやろう……そんな事を考えながら、マリアはゆっくりとドアを開けていく。ゆっくり、ゆっくり、ゆーーっくりと
そして
「えへへ……おまたせ、マリア」
あぁ、待ってて良かった……と、マリアは望み、待ち侘びた来訪者に向けてまるで花のような笑顔を再会の挨拶として、目の前にいる「友人」へ送ったのだった。
続く




