まるでかぐや姫、です。
「はじめまして」
たかが挨拶一つでこんなに体の芯から寒気がした事、今までにあっただろうか……いや無い。多分
「……若い?」
エルフであるサシャはその長い耳をピクピク動かしながら、俺にそんな事をきいてくる。声だけしか確認出来ていないので確証は無いが、その「声」だけ聞くに若い、それもマナ並に……話に聞いてるこの屋敷の現主人「カナン・リリ・マリア」は今二十と少しくらいのはず。早速食い違ってしまった。が、まだ相違点は一つ。心揺らぐには早すぎるだろう
「部屋に入れてもらえないか、ここじゃ単なる会話もしにくいだろうぜ?」
残念ながら、敬語や敬意という物をどこかに不法投棄してしまったアレフは相も変わらず汚い口調。マナが戒める目を向けてきて少々居心地が悪そうな表情を浮かべるまでがパターンである
「んー……いえ、申し訳無いけどそれは遠慮しておきます。それより何かご要件があるのではなくて?」
「え、あ、あぁ。船を貸してもらいたいと思っている。極東に行きたいんだ」
きょくとう……、とドア越しに言葉を小さく反芻させている。恐らく行った事も無いのだろう。今頃頭の中で風景でも思い浮かべているのだろうか
「それに船、船ですか……規模は?」
「一番小さいので良い。エンジンはマルセト(ディーゼル式)、それと食料……は自分らで調達するから良い」
最悪食料は海に潜って採れば良いと思っているので、どちらかと船の小型、これが重要。デカいと燃費が悪くなってその分金がかかるのだ、故に小さくて燃費のいい小型船の方が余計な寄り道をせずに済む、という訳だ
そんなアレフの思惑を知ってか否か、マリアは笛の音色のような声でうふふと笑い、こう続けた
「中々、条件がありますのね?」
「あぁ、長旅になるだろうからな。それに俺はカナン、あんたの両親に貸しがある―――」
だから突っぱねずに、条件を飲んでくれ。と、何ならどんな貸しかも説明するつもりでいたアレフだったが、思わず口を噤んた。ドア、いや、壁一つ挟んだ所に「居る」はずのマリアの気配、寧ろ殺意を感じたからである
「両親……両親?そうですわね、だから私は貴方の名を知っていた。だから「叱られるのを承知で」この屋敷に招いたのですから」
殺意は膨れ上がる。順調に成長していく、成熟していく……アレフは重々理解している。育ち切った殺意というのはまるで爆弾のように周りに飛び散り
時にとんでもない被害を出すものだと……故に、アレフはマナの肩を引っ張り無理やり後ろに下がらせた。何なら今このドアがぶち破られそうな気がしたからだ。
そんな時である、アレフは目の端でサシャが、鼻をスンスン鳴らし、何かを呟いているのを見たのは……そして
バァンッ!目の前のドアが激しい音と共に、少し揺れる。恐らくマリアが叩いたのだろう
「船、構いませんわよ?但し条件を付ける事にしました」
「私の両親、世界中のどこかに居るあの人達を探し出してきて下さいな」
そうしたら船を貸してやる、とマリアは意地悪く彼らに言い放つ。返事を返す間もなく、ウェルター等力に自信のある執事、メイド達が彼らを取り押さえ、玄関から屋敷の外へ放り出す。
ドアの向こう側、一人静寂とともに残されたマリアは何故だかいつの間にか重くなってしまった両腕両脚を必死に動かし、お気に入りのベッドまで行きって横たわる
「大泥棒アレフ……お手並み拝見、何ておこがまし過ぎますわね、私」
マリアはそう自嘲的に呟き。思わぬ運動で疲れてしまった心と体を癒すため永く、深い眠りにつくのだった……
▶▶▶
さて、他の商い人同様屋敷の玄関から放り出されてしまったアレフらはと言うと……絶賛、途方に暮れていた
ハナから戦力外だったマスターは気楽そうに口笛を吹きながら道を行くが残り三人は思い思いに陰気な顔を浮かべていた
「両親、カナン夫妻の居場所か……」
極東の童話「かぐや姫」よろしく無理難題を吹っかけられてしまった、アレフらはヒリヒリと痛む尻を擦りながら町を歩いている所だ。どこかで適当に昼食でも食べながらどうするか考えたいところなのだが、生憎気の利いた店が無い。その点でも彼らは非常に途方に暮れていた
「なぁサシャ、お前さっきお嬢さんの部屋前で鼻鳴らしてたよな。何かわかったのか?」
「あぁ〜……」
気楽なマスターの口笛をなんとか聞き流しつつ、唯一手がかりを得てそうなサシャに話を振ってみる。因みにマナは何か考え込み始めてしまったようで話しかけれる状態でない。今繋いでる手を離したらいつの間にか居なくなってそうだ
と、頭の中で言葉を組み立てていたのが終わったのか、サシャがやっとこさ口を開く
「いやね、臭いがしたのよ……魔法特有の臭いが」
「臭い?」
「うん、臭い」
これまた突飛な着眼点。というかそんな臭いしただろうか?誰かに聞きたかったがマナ、駄馬どちらとも聞いても意味がなさそうだ
「どんな臭いだったんだ?」
結局、語彙も発想も貧弱な自分の口から出てくるのはそのくらいである。対するサシャも困ったように首を捻ってしまう
「んー……何か色々混じっててよくわかんなかったのよね。呪術の類も混じってたかも……いやでも、んー……」
これでサシャも黙り込んでしまった。
まさかマスターと会話するわけも無いのでそれからの一馬と三人は黙って町を巡り歩き、結局昼食は食べず終いのまま宿に戻っていった
▶▶▶
「で、どうするのよ?」
部屋に戻っても暫く黙っていた三人だったが(マスターは外、小さな厩舎で草をはんで寝ている)焦れったさに負けたのかサシャが、若干の苛立ちを込めてアレフに問う
「取り敢えず町で情報を探すしか無いな……まさか世界中探し回るわけにも行かないし」
「うぅぅ〜……わかってたけど、そんな事しか出来ないわよね。でも、そんな十数年前に居なくなった人達の事覚えてるかしら……長寿のエルフならともかく、人間からしたら結構長い時間なんでしょ?もしかしたら、いやかなりの確率で「無理」なんじゃない?これ」
「……一応、アテはある」
アテってどんな?とサシャは首を傾げる。アレフはこれまた十数年前にこの町を訪れた時、即ちまだカレン夫妻がこの町に健在でもっとこの町全体が活気に包まれていた頃を朧気ながらにゆっくり、ゆっくり思い出し、口を開く
「お嬢さんに「お前の親は俺に貸しがある」って言ったろ。その貸しっていうのは当時病で床に伏していたミロ……妻の方を俺が偶然助けた、って奴なんだが……当時、夫妻の側近を務めて、もう歳で隠居したはずのジジイが居るはずなんだ。そいつなら何か知ってるかもしれない、教えてくれるかもしれない」
生きているかどうかの確証は無い、昨日今日と顔も名前も見ていないしもしかしたら老衰で逝ってしまった可能性もある……とまでは言わなかった。その可能性を自分で信じたくないのもあったが、数少ない希望の種をわざわざ見せてから握り潰す事はあまりに無情
だと思ったからだ
それが功を奏したのか、サシャの目が幾分輝く、一縷の望みを見出した者の輝きだ。今は随分と儚いものに見えるが
その後もアレフとサシャは話し合い、その結果これから夕食で外に出向いてそこでそのジジイとやらに会えなかったら、明日仕切り直してその人の家へ出向く事になった。アレフとサシャはお互い頷き、見事作戦は可決へ至る
「マナもそれで良いかしら?」
「……」
当たり前というか何というか、マナから返答は返ってこない。以前から集中すれば外界を遮断する子だったが今日はどちらかと言うと何かを悩んでいるような顔だ。しかめっ面と言うやつか
「おい、マナ。おい」
こうなると肩を揺するか、軽く額を小突かないと帰ってこないだろうと判断したアレフがそっと手を挙げたそれとほぼ同時くらいだろうか、マナの顔も上を向く。悩みが晴れたのか何やら思い立った表情を浮かべている
そしてゆっくり、時間をかけて出した「結論」、または「回答」を大人二人に示すべく口を開く。
「マナ、あしたもマリアちゃんのところにいく。」
「「……………………えっ」」
「ともだちになるの。マリアちゃんひとりぼっちでさみしいからあんなおこったんだとおもう、から……だからわたし、マリアちゃんとおともだちになるの!」
絶句。先程思わず「えっ」と声が漏れたがもうそれ以上言葉が発せない。サシャは「死ぬほど〜」という表現を嫌っているが、この時ばかりは「死ぬほど驚いた」という事を胸中いっぱいに膨れ上がらせ、それ以外の事が一瞬、全てすっぽ抜けた。
アレフは驚きもそうなのだが、その上軽く感動していた。愛する娘の口から「いきたい」では無く「いく」。と
「なりたい」では無く「なる」。と
なんと頼もしい、それでいてこれ以上無い程に成長を感じれるとは……思わず涙、嗚咽すら零してしまう所だった
「あ、アレフ……良いの?」
「おねがいパパ、おねがい」
サシャは行かせない方が良いのではないか?という素直な感想をそのまま表情に移す。そういうのに人一倍過敏なアレフならそれだけで自分の考えている事を感じ取ってくれるからだ……実際、アレフはサシャの意をしっかり理解した。その上で
「許す、ただ一人では危ない……誰か一人付けたいんだが」
サシャはブンブンと首を振る。えらく怒った形相だ。怖いのでそっちはもう見ない事にする。
サシャがダメならあの駄馬しかないだろう、出来れば自分で娘の成長を見続けたいのだが生憎、目当てのジジイと出会うにはそういう訳にもいかない
殺生な話である
と、いうわけで。部屋の窓を開け、アレフは下の厩舎でうたた寝をしているマスターを怒鳴り声で起こし、要件を伝える
「へーい」
マスターとしても別に断る理由は無いのであっさり受け入れる。そうして彼らは各々のやる事とその心意気を胸に
夕飯を食べる為に出かけるのだった。
……因みに、この日もジジイは見当たらなかったとさ。続く




