はじめましてマリア、です。
今日は何だか屋敷が騒がしい気がする
たまに聞こえてくる使用人たちの声を聞く限り、どうやらまた客人が来たのだろうがそれがどうもいつもと違う、変わった来客らしい。詳しくはわからないが、いつもと違うというのはわかる。長年部屋に篭もりドア越しに人と接してきたからか何となくわかる。
まぁ、あくまで何となくなのだが……
▶▶▶
時間少し戻って、宿
日はやっとこさ頭を見せ始め、元気有り余る鳥たちが騒々しく囀り出す頃
いつも通り真っ先に目を覚ましたアレフは、体を起こし小さく伸びる……何故だか体が妙に重い。昨日晩飯を与えなかったサシャからの呪いだろうか
だとしたら相当悪質だ。もう少し爽やかな呪いにしてほしい
「って、マナか」
横を見れば、腰元に引っ付くマナの寝姿が見えた。昨日の夕食前に見た酔い潰れ店員が余程怖かったのか片時も離れていないらしい、おかげでマナが抱きついている部分だけやけに温かい、というか暑い。マナもマナで俺が起きるまで布団を頭から被っている状態だったので少し暑そうだ。汗も少しかいている
(さて、今日は屋敷に行かないと……でもまだ起こすには早いしな……)
無理にマナを剥がしてしまえば起きるかもしれない。早寝早起きを推奨してるとはいえ無理に起こしてやるのは少し可哀想な気がする……アレフは悩んだ。悩みに悩みぬいた、その結果
(二度寝、やるか……!)
宿特有の安心感の中、決して野営では出来ない二度寝を勤しむ事になった。
結局全員が起き出し、朝食を食べ終える頃にはすっかり太陽も昇り、上々の青空が町を見下ろす頃だった
▶▶▶
そして腹も充分に満たした彼らが訪れたのは、事前の予定通りこの町一番大きな建物で、最も人の出入りが多い場所、その名は屋敷。持ち主はカレン一家の一人娘。マリアというらしい
朝食は昨日の酒場とまた別の場所でとったのだが、隣に座った正しく海の男といった風貌の男が割と気の良い奴だったので色々聞かせてもらった。町の事やカナン一家の事……そして今回用事があるマリアの事等々。町の事は一先ず置いておき、話を聞いてみてわかったのは、どうやらマリアという少女……今では20と少しくらいになっているはずだが、誰も姿を見ていないとの事。つまり外に出てないのだ
それが町の人間だけならまだしも、屋敷内に仕える使用人すらも顔を見ていないというのだから何とも不思議な話である。
その様子だと直接顔を合わせるのは苦労を強いられるだろう、何なら無理かもしれない。ついでに何故かここ数日屋敷まわりの警備の人数が増えているという予想外の事もあった。最悪ガラスを蹴破って侵入というのも考えていたのだが、やる前に封じられてしまった。
と、言う訳で大人しく正面玄関の戸を叩き、使用人に名前と職業(旅人)を伝え中に入れてもらう事にした……したのだが、何かおかしい
「アレフ、アレフが来たぞ!」
「マリア様に早く伝えろ!指示を仰ぐのだ!」「急げ!急いでくれ!」
「アレフって結構人気者なのね、私知らなかったわ」
俺も知らなかった。カナンには確かに来た事がある。しかし何の犯罪も犯していない、こんな森と海で周囲に遮断された町までそんな悪名が轟いてるのは思えなかった。その証拠に手配書が一枚も貼られていない……と、まぁそれは良いか
暫くドアの前で放ったらかしにされていたのだが、数分後やっとこさ中に案内してもらえた
「わぁ、すごいきれい!」
「あぁ本当に綺麗だな!……って、何だよお前ら、離せよおい」
後ろでマスターが捕まってしまったようだ。まぁ予想通りなので立ち止まらず導かれるままに屋敷を進む
「……ねぇアレフ」
進む
「何だ」
静かに進む
「何か変な雰囲気じゃない?人の家って何処もこんな感じなの?」
サシャは頑張って声量を抑えて喋っているが、あまりに屋敷内が静かすぎてそれでも充分に響いている。前と後ろを歩いている使用人らの耳がそれを聞いてピクピクと動いたように見える。
確かに雰囲気は変だ。人の出入りが多いと聞いていたのにそれも無い。疎らとかではなく、ゼロだ。これも変
しかし物を貸してもらいに来た以上無意味に印象を悪くしたくない。まぁ自分の素性がバレてる時点で元も子もない気がするが……とにかく、今俺に出来るのは心配そうな目をして静かに横を歩く愛する娘の小さな手を握ってやるくらいだ。サシャもマナの様子に気がついたのか、同じように手を取ってやる
いつしか、マナを挟んで三人並ぶ形で歩いていた。傍から見ると親子に見えない事も無いかもしれない……何て事をぼんやり考えること数分、目的の部屋に着いたのか前を歩いていた使用人が足を止める
「ここで少しお待ち下さい」
生え際が後退しつつある執事風の使用人がドアを開け、部屋の中を指し示す。どこか急かしているような言い方だったが、それも仕方の無い事だと割り切り三人は大人しくその部屋で待つ事にした。しかし、三人が入ったのを見計らってすぐさまドアをして、外側から鍵までかけるのは如何程の事かと思う。おかげでマナの心配そうな表情がより一層色濃くなってしまった
「マナ、大丈夫よ。万が一の事があったら適当な魔法で壁ぶち破って逃げれば良いんだから」
「う、うん……え、いやそれだめじゃないかな……?」
このバカエルフは一体どうしたというのか、いつの間にか考え方が野蛮な方向へ進みつつある。まぁ彼女なりの優しさなのは自分もマナも承知なので特に咎めたりはしない、それより今は
「マナ、そしてサシャ……誰か来ても変に口を聞くなよ。応対は俺がする、良いな?」
二人共首を縦に振り、無言のまま肯定の意味を示す。今はまだ喋っても良いのだが……ま、いいか
業務連絡を済ませ、各々は部屋に盗聴器や何やらが無いか徹底的に探す為部屋の中を終始ウロチョロしていたのだが、結局何も見つからず他に暇を潰す方法も見つからなかったので、致し方なしとお誂え向きなソファーに腰掛け
三人ともジッと天井を見上げて過ごす事にした。
にしても長い。殺しの作戦会議にしても長いと思う、慣れていないのだろうか?だとしたらここで盗みを働くのは案外楽かもしれない……アレフはそんなバレたらマナに叱られそうな事を考えていた。無論何時でも襲撃が来てもいいように気だけは張っていたが
サシャはというと、どの魔法なら人に被害を出さず壁をぶち抜けるか……とまぁこれまた物騒な事を脳内で思考していた。と言っても並べられるのは数式や難しい古代エルフ文字の行列。天才は物事の考え方から違うと言うがサシャは正しくそれだった。それに没頭しているせいで最早襲撃云々の話は頭から抜けてしまっていた
最後にマナ、この子は流石というか何というか最も落ち着き、冷静だった。耳を傾けるは屋敷の入口付近、現状待たされているこの部屋があまり入口から離れていないらしく、人々の声がよく聞こえる。内容はと言うと
「マリア様に話だけでも!」「一目見るだけで構いませんから!」「屋敷に入れて下さい!」
という大人、特に男の人だろうか……そんな声がよく聞こえてくる。父が言っていた「屋敷の客」だろうか。屋敷についた時は一人も見えなかったから今日は来ないのかと思ったら、単に自分達が来るのが早かっただけらしい
確かに朝食を食べてその足で屋敷に出向くのはアレフらくらいなものだろう。大体の良識ある商い人や、外の貴族等はもう少し遅い時間に来るもの。
流石のマナもそんな所までは頭が回らないので、幸い一人頭の中で恥を感じなくて済んだのは喜ぶべき事だろう。
しかし、マナはある疑問がふと浮かぶ
(なんでマナたちはいれてくれたんだろ……?)
耳を澄ませば今も「入れろ入れろ」と叫ぶ声が聞こえてくる。恐らく自分達より偉く、地位のある人達のはずだ。なのにこの屋敷には入れてもらえない
なら何故自分らは入れてもらえたのだろうか……?残念ながらマナの疑問に答えが出るより早く、マナが隣に座る父に質問しようとするよりほんの少し早く、部屋のドアがノックされる
コン、コン……二つ。静かなノックである。そして「当家の執事を務めております、ウェルターと申します」という低く、尚且つ品のある声で短めの自己紹介、それをドア越しに行ってくる
アレフはそれに「どうぞ」と返す。ソファーから既に腰を浮かし始め、突然の奇襲に対応すべく意識を鋭く集中させていく。まなにはそれが刃物のように見えた。ほんの一瞬だがマナはそんな父の横顔に刃物の如き鋭利さ、長年磨き続けた「経験」という唯一無二の刃物、その恐ろしさを鑑みたのである。
そして、ドアがゆるり……と開く。サシャが喉をごくりと鳴らす、もどかしい、実にもどかしい……ドアが開ききるまであと一時間はかかるのではないかと、そう感じるほど場の雰囲気は静かに、且つ恐ろしいまでに研ぎ澄まされていた。
「失礼致します」
しかし入ってきたのは、ガチムチ老執事一人のみだった。先程はドア越しだったのでわからなかったが、恐らく彼が先程自己紹介したウェルターだろう
「皆様、お嬢様がお呼びです……私めの後に着いてきて下さいませ」
深く、敬意の篭った本気の一礼後、ウェルターは部屋の外を示し、三人が部屋の外へ出るのを静かに促す
警戒の念は解かないが、ここで変に嫌がって不審に思われるのも嫌なのでアレフ、マナ、サシャの順で出る。
そして最後にウェルターが部屋から出て鍵をかけ直し、「こちらです」と先導していく
(ねぇアレフ……襲撃は?)
(……わからん、一応気を張っておけよ。油断はバカのする事だ)
先ほどより幾分サシャの声量が落ちている。素直に成長を褒めてやりたい所だが、こいつは俺より年上。寧ろそれが出来るなら最初からやっておいてくれと言いたい
何にせよ、舞台は動き出しつつある。
このままアッサリお嬢さんに対面し話をつけ船を借りる……頑張ろう
歩く事暫く。何と言ってもこの屋敷外見以上に広いようで、尚且つ階段も多い。三十路を超え老いつつある体と精神に鞭を入れ、何とか目的の部屋前まで歩ききった頃には軽く額に汗をかいていた
「お嬢様、マリア様、アレフ殿らを連れて参りました。」
「うんわかった。ウェルターは下がってて良いよ、何かあったら呼ぶから」
了解しました、とドア越しに深く一礼し、アレフらに体を向き直し、小さく低い声で「それでは」。という言葉とこれまた一礼を残し、静かにウェルターは去っていった。と言っても何かあれば一度にすっ飛んで来るのだろうが
「そこに、いらっしゃるのですか?」
一瞬、マナが喋ったのかと思った。しかし横のマナは自分じゃないよと言わんばかりに手をブンブン振っている。
となると、ドアの向こう。この部屋の主「マリア様」か……?にしては声が随分と高いような……そう、まるでマナ同様、女児のような
「はじめましてマリア!わたしマナ、よろしくね」
「うふふ、よろしく……マナさん。皆さんも、ドア越しですがどうぞよしなに」
そして、とマリアは続ける
それはまるで美しい笛のような、高く綺麗な旋律、いや、声。だからこそ
「はじめまして」
アレフは僅か二十の娘相手、それもドア越しに軽い戦慄を覚えるのだった。
続く




