彼女の名はマリア、です。
「カナン・リリ・マリア」、漁船以外の船が泊まる事で有名な港町、その経営と運営をこなす貴族、そこの一人娘が彼女、マリアだ
マリアは至極順風満帆な生活を送っていた。両親や屋敷の使用人、町の友人誰を取っても優しく、またマリアも優しく接した。特に友人とは貴族の娘と一般市民というわかりやすい格差があるにも関わらず、何の分け隔てもなく喋り、笑い合い、共に遊んで時間を過ごしていた。マリアの両親もそれを良しとした
マリアの両親、カナン夫妻は有名な全良貴族。民に愛される町長でもあった二人は自分の娘を愛するのと同様に町の子供全てを愛した。二人もまた誰に対しても分け隔てなく優しく接した。
ある日、夫妻は用事で町を出ないといけなくなった。その間の港の経営または運営は全て使用人に、そして権利は愛する娘、マリアに託して約一ヶ月の旅行へ出た。マリア、そして町に住む全員がその帰りを待ち侘びた。帰ってきた時に驚かす為にサプライズパーティーの準備もした……したのだ。そのまま、待った
そして夫妻二人は、ついに帰ってこなかった―――
▶▶▶
「ぱぱぁ〜……まだなのー?」
「んー、おかしい。予定ではもう外に出てるはずなんだが……」
さてさて、カナンを目指すアレフら一行はというと、以前立ち寄った妖精都市アムタラ近くの入口から入ったあの森、その中で軽く彷徨っていた。本来なら今日の昼前には森を抜け、カナンが見えてくる予定だったのだが気がつけば夕も暮れ、マナは退屈さに唇を尖らし、サシャは長めの昼寝をグッスリと楽しんでしまっている
「やっぱりどっかで道間違えたんかね」
「それしか無いな……すまんマナ、もう一日だけ野宿になりそうだ」
またぁ〜?とマナは文句ありげにぶーたれる。各地の街で宿を借りるようになって極力ベッドで寝かせるようにしてから、マナは少し野宿が嫌いになったらしい。やはりあのベッド特有の温かさに包まれてる感は寝袋程度じゃ演出できないだろう。
「まぁどれだけ迷うにしても終わりはあるからよ。明日には絶対出れるぜ」
「うぅ……うん、わかった。ワガママいってごめんなさい」
マスターに諭されたマナは諦めたようにカクン……と肩を落とし、アレフにもたれ掛かってくる。どうせ起きててもする事も無いので眠るつもりなのだろうか
(まぁ別に良いか……モンスターも出ないしな。)
こんな時間に寝てしまったら夜眠れなくなる心配もあるが……と、そこではないか。モンスターとは文字通りの存在、登場回数で言えばお姫様を抜いて王座についているのでは無いかというレベルで御伽噺に出てくる「アレ」だ。
と、モンスターと一口に言っても種類は多岐にわたる。学者によると万はくだらないらしい……その中でも全国でよく見かける代表的モンスターといえば、やはり「スライム」であろうか
スライムといえば「弱小」または「凌辱」であろうか。スラ姦という行為は一部界隈では本当に存在するらしいが、常識の範疇で言うとどちらも大間違いなのである。先ずスライムは決して弱くない、むしろ刃物や物理技が一切効かない。魔法も一部無効という事で大変強力な防御性能を誇っている。モンスター界でも随一と言っても良いかもしれない
それに、先程「スラ姦」という単語も出したがアレも別に好き好んで行われている訳ではなく、人生詰んだ冒険者(男女問わず)が、せめて最後は未知の感覚に包まれて逝こう……というバカの所業。一般市民は一生の内に触れる事も無い大変アブノーマルな界隈なのだ。
即ちスライムは何処にでも存在する危険因子……まぁマナとサシャを連れて旅をする限りはそんなスライム含め一切のモンスターをお目にかかる事は無いだろうが
と言うのも、モンスターにも第六感という物が存在するらしく、学者曰くそれを使って自分の生命に危険を及ぼす存在の有無を嗅ぎ分ける。そして見つけたらソレから離れる……といった行動パターンを持っているらしい
即ち、火を噴き空を飛ぶ自慢の娘と人の数十倍を生きる超魔法使い(笑)がこの荷台に揺られている限りはそんな危険な所にわざわざ近づくアホも現れない。即ちモンスターには出会わないという訳だ。以前までは街と街の行き来の間にもピンチが沢山あったのでそれがない今は本当に安心して旅が出来るというわけだ
無駄話もそこそこにして、アレフは停止しているマスターに進行の指示を出す。
かくして予定より少し長めの探索は何処にでも再開される
▶▶▶
さて、そんな彼らが目指すカナンについてもう少し話しておこう。それも昔話を、だ。
実に数十年前、遂に帰ってこなかったカナン夫妻を悲しみ町全体が闇に覆われてしまった事がある。一人残されたマリアは何で、皆泣いているのか。何で皆私を慰めてくるのか……とても不思議に思った
大きな屋敷が心做しかやけに広く感じる。最初は意地悪をされているのかと思い、屋敷や、町の隠れれそうな場所全てを見て回ったりした。サプライズ用に飾り付けた町の装飾を外そうとしている人が居たので少し怒ってしまった、だって父も母もまだ帰ってきていないのに、片付けるには早いはずだ
そしたら装飾を手にした町の大人は何故だか悲しそうな、同情したような目で自分を見つめてきた。そしてこういうのだ
「可哀想に、皆で支えるからね。」
なんて事を……ハッキリ言って意味がわからなかった。その後も行く先々で出会う町の見知った皆から似たような事を言われ、終いには仲の良い同年代の少年少女らからも「大丈夫?」等と心配そうに言われてしまった。
一体何なのだろう?俗に言う逆ドッキリと言う奴だろうか……だとしたら中々に手が込んでいる。参考にしようと思う
屋敷の者も全員似たような表情を浮かべている。聞き耳をたてると何かを盛んに話し合っているのだ。そしてマリアが近づくと微妙な反応と共に会話を止めてそれぞれの仕事に戻っていく
それから数日、暇を持て余したマリアは屋敷の中で唯一入った事が無い書斎のドアを開けた。父から「入るな」と念を押されていたので今までは意識的に入らないようにしていたのだが、こうも放ったらかしにしていたら折角の書物が埃をかぶってしまう……と、いう事でマリアははたきを片手に書斎へと入っていった
目が眩むほどの書物の量、居るだけで鼻がムズムズしてくる埃っぽさ。そして未知の領域への好奇心。その中でマリアは一冊の本を見つけた
唯一その本だけあまり埃を被っておらず、最近取り出されたような跡があって気になったから目に留まったのだ
その題名は「世界の珍魚」ページを捲ると、本自体がクセ付けられていたのか自然とあるページに開いた、見ると近隣の海で取れる魚と、それを仕入れ取り扱う街々が書いてある。何故そんな事が事細かに書いてあるのかは知らないが、きっと自分の両親はこれを見て外の街へ出たのだろう。ここでは取れない魚を一目見に……その瞬間、マリアの中にある一つの考えが浮かぶ
「捨てられた?」それがマリアの考えであり、最初で最後、唯一自分で導き出した答えだった。故にマリアはそれを納得してしまった
自分は、いやこの町は捨てられたのだと、旅先で訪れた町に心奪われた両親は全てを捨ててそこに永住を決めたのだ。だから帰ってこない。一生帰ってこない
曰く、その町は時間が止まってしまっている。
曰く、「カナン」夫妻亡き後、町は呪われた。
曰く、夫妻の一人娘、一人残された「マリア」という名の若い領主は、呪いによって歳を取らなくなってしまった……
それは実に数十年前の話
そして、その「少女」は今も変わらぬ姿で父と母の帰りを待ち続けているらしい―――




