妖精の羽根はとても綺麗です。
真昼間、ド晴天。丸々一話スポットを当てずに極東への長い道のりを少しでも消化する事に集中してもらっていたアレフら一行はと言うと……寄り道をしていた。
と言うのも、先ず極東へと行くにはそれなりに大きな船が必要なのだが、その為には極東へ続く海の近くで尚且つ船を貸してくれそうな人物を見つけないと行けないのだ。だが、「人物」だけで言えばアレフとマスターには心当たりがあった
「カナンっていう貴族が経営する港町……街の名前もカナンなんだがな。そのカナンは割と気前の良い奴らしくてな、俺もあの街で何の悪事も働いてないし、もしかすれば船を無償までとはいかなくても借りる事は出来るかもしれない……って、聞いてるか?」
残念、話を聞いて欲しかったサシャとマナは全くと逝って良い程アレフの話を聞いていなかった。何せ前方には視界いっぱいに広がる様々な花たちが咲き乱れる見事な花畑。
彼らが今居るのは港町「カナン」ではなく、その手前に隠れるように作られた小さな都市、その名も―――
「妖精都市アムタラへようこそ。ヒトと馬と耳長さんたち……あ、お花にはあんまり近付かないで下さい。少し驚いている様です」
アレフたちの前に羽根突きの小さな人間が突如現れる。だが、「彼女ら」が居るのをわかって近付いたので急に出てきても誰も驚かない。妖精はそれが少し不服だったのか小さな頬を少し膨らませ、何故かサシャの方へ羽ばたき眼前で止まる。羽根は動かしっぱなしなので所謂「ホバリング」という鳥達の行う空中静止の状態だ
「こんにちわ耳長。相変わらず雑音がよく聞こえそうな耳ですね」
「えぇ、何故だか今は小バエの飛ぶ音が聞こえてくるわ。特に目の前から」
と、耳長耳長と俗称で連呼されたのが少々頭にきたのか、サシャもサシャで頬を膨らまし徹底口戦の構えだ
しかし、戦いある所に救いあり。今回の救いは彼女らのすぐ近くに居た
「ねぇようせいさん!このおはな、なんていうのー?」
「ん、あ、あぁ……それはマホロシって言う花よ。どう、綺麗でしょ?」
全く気にもしてなかった少女が急に質問をしてきたので、慌てて口調を切り替える。流石に少女相手に喧嘩を売るような情けないまねはしない
ついでに毒気も抜かれたのか、サシャに一瞥するとそのまま通り過ぎ、俺……アレフの方へやってきた
「改めてようこそ妖精都市アムタラへ。ヒトさん、この度は何の用ですか?」
「用って程でも無くてな、カナンへ行くついでに少し観光して行きたかったんだ。」
サシャの時同様目の前でホバリングし続ける妖精に言葉と共に手を差し伸べると、一言「ありがとう」と礼を言ってからその上にソッと着地した
「申し遅れました、私は妖精のハネ。この都市で見張り番をしています」
どうぞよろしく、と小さな頭を下げる
サシャの時は少しあれだったが本当は礼儀のあるしっかりした妖精らしい
花畑の見張りを務めるこの少女によると、妖精都市アムタラはこの花畑を少し進んだ所にある。との事で、有難い事にそこまで案内してくれる事になった。その件についてサシャが何やら文句を垂れていたが面倒なので無視を決め込んだ。対するハネもマナの前だからか大人しく案内に集中してくれていた。やはりマナは居るだけで良い結果を呼んでくれる。また喧嘩でもし始めたら大変面倒だったので有難い話だ
そして暫くもしない内に、今回の目的地が見えてきた。それは小さな、小さな都市
その名もアムタラ聞くも珍し妖精都市
花畑に包まれた目麗しい、そんな都市
▶▶▶
聞く所によると、妖精とエルフは大昔からの喧嘩仇で、もしばったり出くわしたら締め上げろ。という妖精都市からの条例も出ていたりするらしい
「ならサシャを連れて行って良いのか?俺たちはまだしも、君が何かされるんじゃないのか?」
「んー……まぁ、大丈夫じゃないですか?ヒトさん達と一緒に居てもらったら取ぉりぃ敢ぁえぇぇずは」
取り敢えず、の部分をえらく強調してくる辺りサシャに対して大分警戒しているらしい。だがサシャもサシャでこういう態度はドワーフの街「ブラース」で嫌という程経験したからか、屁でもない。といった様子、景色まで堪能しているクソ度胸っぷりだ
景色と言っても「壮観」だとか「圧倒」だとかではない。むしろ逆にミニチュアや玩具屋に売っているような人形の家のような「緻密」で「繊細」な作り。風が吹けば壊れそうなその都市、小さな街々。その中で普段通りの生活を営む妖精達は、また新しい「幻想的」という物をアレフたちに見せつけていた
「すごーい……かわいー……!」
マナの語彙が狭くなってしまっているがそれも致し方ない。サシャも悔しげな目をしながらも目の前にチョコンと広がる世界を何処か楽しげに眺めている
「何か食べて行きます?お金渡して貰えたらお使いぐらい行きますよ」
「金取るのか……おいお前ら何だよその目は」
「「「いや〜……」」」
二人と一匹はアレフの方をジッと見つめる。涎を垂らしながらこっちをジーッと……昼ご飯の量が少なかったのがいけなかったのだろうか。お腹が空いているらしい。ついでにハネも涎を垂らして俺が腰につけた布袋を見つめている。そこに金が入ってるのをいつの間にか勘づいてたようだ
以前ならこういうのは決して頼まなかっただろう。何せ自分以外は信用出来なかった。だが今はそういう訳でも無い、信じる者は救われる。だ
「……それじゃ頼もう。ほれ」
という訳でアレフは腰の布袋から銀貨を二枚取り出し、ハネに持たせてやる
というか銀貨のサイズ的に持つというより抱える形になってしまう。ハネは少し待ってて下さいと言って街の中へ飛び立ってしまったが、えらくフラフラとした足取りだったがあれは大丈夫なのだろうか
さて、待っている間に妖精都市アムタラの景観でもしっかり見直しておこう
恐らく次に来るとしたらとんでもなく先の話になるだろう。今の内に目の奥の方まで焼き付けておくのだ
まず目に入るのはやはり浜辺でよく子供が作っているようなサイズの「城」だろう。都市が都市たる所以、あそこがこのアムタラの文字通り中心なのだろう。更にその周りには様々な形の家が立ち並び、カフェ店やパン屋まで見える。そこに住む人数でいえば「里」と言った方がしっくりくるのだが、エルフの里と違い街並みが人で言う城下町のそれなので、結局は都市という名に落ち着いている。といった所か
因みにアレフはこういった「亜人の国」
というのはとても好いている。何故だろうか、それは……とっても野暮な事なのだが、手配書が貼ってないのだ。
アレフとマスターはコンビを組んでからマナと出会うまでの十数年間の間に様々な街を訪れ、行く先々で大小様々な犯罪……例えば窃盗、空き巣その他諸々。そんな事をして只でさえ宝具を盗んで世界から目をつけられていた彼の名は、「手配書」という形で全国に広まる事になった。全国と言っても極東とか海の向こうはまた別だが……まぁそれでも殆ど全国。どこに行っても彼の手配書が目に入るのだ
そして極東同様、別扱いされているのがアムタラのような「亜人の国」という訳だ。
長くなったが至極簡単にまとめるなら
「堂々とメインストリートを歩けるのが一部の街と亜人の国だけ」なのだ。
と、キリのいいところでハネが帰ってきた。行く時より何だか苦しそうな飛び方だが大丈夫なのだろうか……
「お、お待たせしました……これ、お釣りです……!」
細く小さい両足で挟んでいた銅貨二枚
アレフへ渡すと、ハネは幾分楽そうにして頭と両手で支えていた「お盆」の上に置かれた物を差し出してくる
「これは?」
「シ、シフォンケーキです。さっきのマホロシってお花を……練り込んでっ、あるんです。」
いや、やっぱりキツイのか。体がプルプル震えている。羽根の翔く速度もえげつなく上がっている、意地悪でこのまま放っておいてやろうかと思ったが
(ちゃんと釣りも返してくれたしな。)
アレフは一言礼を言うとお盆に乗ったシフォンケーキを三つ手に取りキラキラ目を輝かせていたサシャとマナにそれぞれ手渡す。残った一つは俺自身のだ
「あ、あの……あと二つあるんですけど……」
「お前食べて良いよ」
この後、色々楽しみに待っていたマスターがキレてマナにとハネに慰められるのだが、あまりにマスターの言葉遣いが荒く汚かったので割愛。
サシャ曰くシフォンケーキはとっても美味しかったそうです
▶▶▶
「え、カナン夫妻が!?」
「はい、今お屋敷には娘さんしかいらっしゃらないそうですよ。おかげで港の管理がどうにもならないような状態だとか……」
花畑から離れた所、カナンまでの通り道、その森まで送ると言ってくれたハネからそんな事を聞いたアレフは額に嫌な汗が伝っていくのを感じる
「聞く所によると一人残された娘さんも少し変わったお方だとか……お船を借りるのも一筋縄にいかないかもしれません。どうぞ皆さんお気をつけて……耳長さんも」
「ハネちゃんばいばーい!」
この、これからの大変さを微塵も感じさせないマナの言葉を最後に彼らは妖精都市、そして美しい花畑を後にし
まるで未来を象徴するかのような
暗く、困難な道のりを抱えた森の中へ消えていくのだった―――




