知恵の守護者、本部にてボスより。です
「知恵の守護者 本部」
「ふんふんふふ〜ん♪」
その見た目を「城」と揶揄される本部、その廊下に低い低ーいおっさんのご機嫌ボイスが響き渡る。あまりにご機嫌な様子でそれを咎める事も、というか咎めれる人材がそこに居ないのだが。
というのも、この鼻歌の主がそれなりに地位もあり、そして守護者随一の武闘派という事で変に刺激して怒らせでもしたら不味い。というのが守護者の下っ端の中では共通の認識だった
しかしまぁ、どんな恐ろしい「鬼」にも気軽に話しかける「変な奴」というのは案外何処にでも存在する者で…………
「ふふふ〜ん♪ッて………何じャァ、フーガもう帰ッて来よッたんか。偉く速いじャァねェか?えェ?」
歩みを止めず、周りを一切見ずに突如鼻歌を止めたので廊下の端を歩く下っ端たちは大いにビビり上がったが気にする事では無い。鬼程度にビビっていたらこの仕事では昇進など有り得ない
そういう独自の持論を持ち合わせた「忍」が兼ねてより請け負っていた仕事を終えたのか、足音も無くソロリと鼻歌の主、人呼んで「赤鬼」もしくは「ボス」……その背後に忍は立つ
「造幣局何て赤子同然。捻りあげるのは何の労にもなりませんから」
「本当によォ、根絶やしにしてないだろうなぁ?上がどう言おうと、あッこは潰しちャなんねェぞ」
「存じ上げております。ですので断絶するのではなく傀儡としました。今すぐでもこちらの指示通りに動くでしょう」
全く、この極東生まれの忍には毎度感服させられる。見事な仕事っぷり、今にでも部下ではなく上司として扱わないといけなくなるかもしれない。本に見事な事。故に自分は数少ない「信頼出来る人物」という脳内リストに彼の名を連ねていた。勿論彼の持つ野心を見抜いた上での「信頼」である
「それで、ボスは何故ご機嫌なのでございますか。不躾ながら聞かしてほしく思います……仕事の報酬とでも言っておきましょう。」
忍、フーガの言葉を聞いてボスは大笑いしてしまう。彼の言う通りご機嫌なのもそうだが、仕事の報酬と称してまで知りたいのか、という笑いである
別にボスが大笑いするのはいつもの事なのでフーガは今更驚いたりはしないが、廊下の端をコソコソ行く下々からすれば一々肝っ玉が冷える、鬼の警鐘とも呼ばれているその笑い声は、時に鬼全力の平手打ちと共に飛んできたりするので要注意とされているのだ。
何せこのボス、怒っていようが喜んでいようが笑う。とにかく笑う。あまり付き合いのない者達からすれば彼の感情を一重に読み取るのは至難の業、不可能とも言える。だからこの下々の反応もわかるというものだ
まぁそれも鋼鉄メンタルのフーガには関係ない事で……と、ボスの笑いが治まってきた。今日は結構短めな方か
「いやなに、部下共にあの「大泥棒」の動向を調べさせたらよォ、あいつ今幸せそうに旅なんてしやがッてるらしいぜ?あの世界中掻き回した大罪人がよォ、笑ッちまうよなァ」
「…………処しましょうか?」
恐る恐る、といった様子でフーガが尋ねる。もしボスが首を縦に振れば自分は今すぐにでも出発しなければいけないが……どうやら、その気は無さそうだ
「もう少しなァ、泳がしてやろうや。どうせ籠ン中……その気になりャァ何時だって旅を終わらせれンだぜ?」
そう言ってボスはスキップでもし出すのではないか。というくらい軽い足取りで長い廊下を進んでいく。勝手に消えると後で文句を言われるのが目に見えているのでフーガは黙ってついていく。もう会話はしない、こちらから話しかける事もしない
(にしても、対敵の動向を知って喜ぶって……やっぱこのおっさん変な人だよなぁ……部下にしたくねぇな、扱いずらそうだし)
「あっ」
ふと、ボスが足を止める
例の如く廊下の端を歩いていた下々は勿論、後ろを歩いていたフーガまでもが何事かと一瞬慌てふためく。彼の場合は頭ん中で色々考えていた、というのも理由だが……
「い、如何なされましたか?ボス?」
しかし極めて平静を装って話しかける
決して同様を悟られてはいけない。忍とは読んで字の如くの意味を持つ。何時いかなる時も我慢第一なのだ
「ンやな、まだ昼飯食ッてねェやッて……そうだ!フーガ一緒に飯行こうぜ!マジモンの報酬は飯の奢りくらいで良いだろ?な?」
耐えろ、耐えるのだ俺、フーガよ……
例えウザい上司にウザい絡み方をされようとも、文句の一つも言ってはならない。円滑な昇進のため、全てはエリート街道から外されない為に……
「ぜひとも、喜んでお付き合い致します」
「おう!何でも好きなもンをよォ死ぬほどかッ喰らえよ!ガッハッハッー!!」
肩に腕を回され、ついに逃げ道を失ったフーガの背中は何だか小さく萎びて見えた、廊下の端に居た下々はこぞってそう言った
▶▶▶
ドワーフの街「ブラース」を出て数日、アレフら一行はすっかり元通りの日常を過ごしていた。あの「ロンギング・オブ・コンサート」とサシャが名付けた催し以来、ブラースに居た数日間サシャとマナは大変な人気を博していた。マスターも、馬は馬でも喋る馬とは珍しい、更には魔法の馬じゃないのか?とまで言われて結構な人気者だった。対照的にアレフは何故か道行くドワーフ全員に睨まれ、舌打ちをされた。サシャがリークしたのか例の「倉庫で寝ろ」発言が外部に漏れ出たようで、聞きつけたドワーフがまた別のドワーフへと噂を流していき、いつの間にか街でこの話を知らない者は居なくなってしまった程だ。おかげで肩身の狭い思いを数日間強いられる事になった
まぁサシャとマナ、そしてほんの少しだけマスターのお陰でドワーフらからお手製の楽器、鉄防具、各種武器を無償で貰う事が出来た。ここは素直に喜ぶべきだろう
そして何より嬉しかったのが、サシャとマナがあの日以来決してアレフを責めるような事をしなかった事だ。あの責苦を無事乗りきったからなのか、理由ははよく分からないが何にせよ素晴らしい事である
今日も今日とてマスターの引っ張る荷台の上で、マナを膝に乗せサシャとしょうもない事をくっちゃべる。晴天の空の元こんな事が出来るのは間違いない幸運、幸せである。もう二度と彼女らに嫌な思いをさせないようにしよう。そう心に固く誓うのもそれを改めて感じたからだ。この幸せを逃し、再び掴もうとしてはいけない。何せ自分は犯罪者、概ね「知恵の守護者」らが今も自分の事を探っているのは察しがつく
(そん時は護るんだ。自分のこの手で、ちゃんと)
アレフが改めて心に誓っているその間にも、サシャとマナが幸せそうに笑い合っている。それを見ているだけでこちらも笑えてくる
そして話題は専ら次の行き先についてのものになっていく。アレフの言い分
は例によって「良い景色」「風の向くまま」等、全くもって具体性のないマスターを困らせるような物だった。
だが、いつもはそれを真っ先に否定し自分の意見を言ってくるサシャが、意外にもアレフに賛同した。続いてマナもだ
「ブラースに連れてってもらったのに、そんなワガママばっかり言わないわよ」
「マナはパパやみんながいきたいとこならどこでもいきたい!」
というのが二人の言い分である。マスターとしてもそう言われてしまったら断るのも出来ないので、この旅何度目かの「目的地 不明」を選ぶことになった
「んじゃ、行くぞー」
「「「おぉーーー!!!」」」
目的地が不明でも、一応行き先は決まった。という事でいつも通りマスターが声を掛ける。それに対し他一同は拳を振り上げて歓声を上げる。それを合図にマスターの足が、荷台がゆっくりと進み出す
ここからきっと、「良い景色」とやらが見つかるのは遠く、長い時間が掛かるだろう。そう考えると明確な目的地がある方が良いのかもしれない。いや、その方が良い。合理的だ、と以前のサシャは考えていた。だが今は違う
あの夜、アレフを倉庫に追いやってマナと二人きりで宿のベッドに潜り込んだあの夜、マナとは色々話し合った
他愛もない事や、マナとアレフの惚気話や、そして何故度をしているのかと様々である。実に長い時間喋っていたような気がする
実際は子どものマナがそんなに眠気を我慢出来るわけがないので時間自体は短いのだが、何故だか永久にも近く感じる程の時間喋り続けた気がするのだ
その中でも
「父は良い人だ。だけどどれだけ良い人でも間違いは犯す。けれどそれを許さないとどんな良い人も悪い人になってしまう。だから許しは必要」
という、まぁ口調に関しては多少補正こそ掛かっているが、このマナの言葉はよく心に響いた。それは暗に父、アレフを許してやってくれという意味なのだろう。言われなくとも許すつもりではいたのだが……こんなに父を思う娘も居るのだな、とサシャは素直に感心した
自分はどちらかと言えば父を見下していた、尊敬していなかったと言っても良い。それは一重に魔法が使えないからという理由だけではない
恐れられていたのだ。自分が魔法を使えないから、魔法を使える自分の娘を妬み、羨み、そして畏怖したのだ。だから自分も父の事を好きになれなかった
(……あぁ、アレフはこの子と対等に向き合い、付き合っているんだわ……)
荷台に揺られながら、サシャはふとそう思った。合点もいく、自分の導き出した答えながらなんの疑問も湧かない
それなりに良い答えだと思う
でもまぁ、それでも一つケチを付けるとするならば……
「言葉遣いが、格好つけ過ぎなのよねぇ……」
「ん、何か言ったか?」
いいえ、なぁんにも。とサシャは躱す
少し前、初めてエルフの里に現れた男はもっと粗暴で野蛮な匂いを漂わす正に「獣」……そんな男が今は頑張って父親をしているのだ。本当面白い
だからこの面白さ、そして幸せがずっと続けば良いと思う。少なくとも、自分に比べずっと短く、儚い彼らの人生の最後を看取るまでは……ずっと一緒に居たい、過ごしていたい
そう切に願い続けるサシャは、迷惑そうに顔を顰めるアレフと、大人二人分の温もりに、心から幸せを感じているであろうマナに抱き着き、まるで太陽の如く明るい……そう、向日葵のような笑顔を浮かべるのだった―――




