海に見知らぬお婆ちゃんが居ました
もうどれだけの日が経っただろう
現在二人と一匹は、海の目の前に居た
「すごーーい……!」
「あぁ確かに凄いな。海ってこんな色してたんだな」
「わかるぜアレフ、前見た時と全然色とか違うよな。これがマナちゃん効果か」
のんびりと旅を続けていたアレフ、マナ、そしてマスターは海を眺め、惚けていた
「パパ、なんでうみってあおいの?」
「空を映しているんだ。ほら、上を見てみろ」
アレフは空を指差す。マナと、ついでにマスターはその先を見てみる
「わぁ」
「雲一つねぇな……」
そう、雲一つない快晴
上を見ても前を向いても絶景という否が応でも心洗われる「今」に、全員どっぷり肩まで浸かる
「でもさ、パパー」
「ん?」
「あっちはあおくないよー?」
今度はマナが指差す。アレフとマスターは釣られてそっちを見てみると
海が赤かった、何故だ、血か?
「行ってみるか?」
「うん!」
マナの元気な返事を聞き、マスターはそちらへ進み出す。荷台を引いているので速さは無いが、焦る理由も無いのでのんびり海を眺めながら待つ
「ふふーん♪ふんふふーん♪」
「ご機嫌だな、なんの歌だ?」
マナが体をユラユラ揺らしながら鼻歌を綴っている。とても可愛らしい
「んー……いまおもいついたの♪」
「そうか……マナは将来唄うたいになるのかもな。才能を感じる」
「んへへ……ありがと、パパ」
とても可愛らしい。唄うたいも良いがやはりマナには天使という職が合っていると思う
(マナに出会って、俺は変わった)
少し前まで、泥棒としてくすんだ生活を過ごしていた。この世に生を受けてずっと、絶え間なく緊張感に晒されていた俺は、マナによって一瞬で救われた
「俺もありがとう、マナ」
この言葉でどれだけ伝わるかは分からないが、せめてその末端だけでも、俺のこの胸の幸せの気持ちが少しでも伝わればいいな
▶▶▶
と、いうわけで赤く染った海の根源
出どころまで辿り着いた。それなりにかかってしまった
「あ、誰かいるぜお二人さん」
マスターの言う通り誰かが海のすぐ側に誰かがいる。何かを流しているのだろうか?
「声、かけてみるか」
マスターにここで待て、と指示を出し
アレフは荷台を降りる。未だ何かを流している人物に声をかけるべく近づこうとするが、後ろ袖を引かれる
「マナ?どうした」
「わたしもいきたい、っとぉ」
マナも荷台から飛び降りる。ハッとしたアレフは手で小さな体を受け止める
「なーいすきゃーっち!」
「馬鹿、危ないから急に飛び降りるな」
結局、マナも一緒に行く事になった
砂浜に足跡をつけるのを楽しみながら
人に近づく。というかアレ女性か、それも大分萎びた女性だ。肩幅でわかる
「おーい婆ちゃん、そんな所で何やってんだー?」
返事が無い。それどころか振り向きもしない。まるで声をかけられたのに気づいていないようだ
「マナ、頼む」
「まかせて!」
やはり男よか、年は離れども同じ女の方が話しやすいかと思い、マナに話しかける役を託すことにした。別に面倒になったとかそういうわけではない
トテテテ、と可愛らしい足音を残し走ってアレフを残して老婆に近寄ったマナは、老婆の肩をポンポンと叩く
「ねぇねぇおばあちゃん、なにしてるのー?」
「……」
置いてかれたアレフも老婆とマナのすぐ側まで歩き着く。返事が無くてどうしよう、みたいな顔をこちらに向けたマナを勇気づけるようにアレフはグッと拳を立てた。「頑張れ」と
「ん、おばーちゃん!そーこーで、なにをしてるのー!?」
「……ん?何か声が……後ろからかしら」
老婆がゆるりと振り向く。限界まで顔を近づけていたマナと顔をかち合わせ
一瞬、完全にフリーズする
先に動いたのは老婆だった
「ひ、ひぇ……」
腰を抜かした
次にマナ
「……わっ!」
追い打ちをかけた。鬼か?いや天使だ
老婆は抜かした腰のせいで波打ち際に倒れ、体中を海水で濡らしてしまう
「おいマナ……そこまでやれとは」
「えへへぇ……つい。ごめんねおばーちゃん、だいじょうぶ?」
マナが老婆に手を伸ばす
軽く目を回していた老婆は次第に落ち着きを取り戻してその手を取る
「よい、しょー!」
老婆を立ち上がらせ、やっとこさちゃんと話せる状態になった
「さっきはむす、め……がすまなかった。あんた、こんな所で何してるんだ」
「いいえ……構いませんとも。これはですね、赤い石の粉を流しているのです」
「いしのこな?なんでそれをながすの?」
何かの文化だろうか、聞いたことは無いがそういうのもあるのかもしれない
「文化とかではありませんよ?ただ、私の日課というか……今ここに生きる全てなんです、これが」
そう言って老婆は袋いっぱいに詰まった赤い粉……石を潰した粉を見せてくれる
「……もしお暇なら、少し聞いていかれますか?」
「マナ、どうしたい?」「ききたーい!」
と、いうわけで聞くことになった
何故老婆は、海に赤い石の粉を流し続けるのか
「あ、その前に俺の名前はアレフ」「マナ!」
「あぁ……自己紹介を済ませてませんでしたか、私はリドリー。では、話しましょう」
昔……まだ20代の頃、リドリーは婚約者と共に生活し、もうすぐ結婚する所だった。が、そんな時リドリーの住む街でとある行事が行われた。その名も
「愛し愛されるべき大祭」何をするかと言うと、目隠し、耳栓、猿轡を手に縄をかけられた状態で自分の恋人を見つける……という誰が喜ぶのかイマイチ不明な内容だったらしい。しかし、若いリドリーとその彼氏は「余裕で見つけれる」と豪語、参加した
したのだが、見つけられなかった
彼氏の方が全く違う女性をリドリーと勘違いし、失敗してしまったのだ
失敗したカップルには罰がかせられた
俗に言う「島流し」そのあと聞いたのだがこの祭り、その街を治めていた統治者があまりにモテず、街に溢れるカップルへの妬みの心が爆発した結果らしい。結果、街からカップルは激減し
子供ら次の世代が全く出ず、街は滅び
島に流された男らは一切音沙汰無く
誰一人帰ってこないという、本当に誰一人得のない結果に終わってしまった
「そうなんだけど……私は、私の旦那になるはずだった人はまだ生きていると思うの……相当しぶとい人だから。それでね、その人無類の石好きだったの
それもこの赤い石、その粉を砂時計にしたり、家の中のあらゆる所にこれがあったの」
「だからこれを海に流して、自分がまだ待っている事を知らせよう……と?」
「そう、その通り。うふふ、やっぱり変よね。こんなの……でもね、もう止められないの……私がこれを止めたらもうあの人が帰ってこれない気がして」
……なるほど。気持ちがわかるなんて野暮な事はよく言わないが、言ってる意味くらいはわかる
「んー……パパ、どういうこと?」
「マナには難しいか……大切な人の為がちゃんと帰って来れるように粉を海に流しているんだってよ」
「ふむー……マナはパパがいなくなったらおんなじことすればいいの?」
キュン、自分の胸が派手に鳴ったのを直に感じる。それって事はつまり、俺、アレフの事を「大切」と思ってくれているというわけで、それはとても幸せなわけで
「うふふ……マナちゃん、とってもパパの事好きなのね」
「うん!パパはせかいいちのパパだからねー!」
もうそこまで言われてしまったら胸が鳴るどころか顔色に出てしまう。赤い石より赤くなってしまいそうだ
「じ、じゃあ、邪魔して悪かった。俺らはこれで失礼する」
「あ、ちょっと待ってもらえない?」
リドリーが胸元のポケットから一枚の写真を取り出し、アレフに見せる
「これ、私の彼氏よ、名前はブリテラ。だいぶ古い写真だけど……もし会う事があれば、ここで私が待っているって伝えてくれない?」
「あぁ、構わない。それじゃ、邪魔して悪かったな」
「ばいばーい!」
アレフは写真を受け取り、マナの手を引いてマスターの元へ戻る
「んで、どうだった?」
「あぁ、思ったより素敵な理由だった」
細かい説明をしているとタダでさえ下り坂に入った太陽の姿が見えなくなりそうなのでザックリと済ませる
マスターもマスターでそこまで興味が無かったのか「ふーん」くらいで、それ以上聞いてこなかった
▶▶▶
「つぎはどこいくの?」
「さぁな、マスターに聞いてみろ」
「俺も知らねぇよ、風に聞いてくれ」
結局、誰にも行き先を聞けなかったマナは荷台に横たわり、目を瞑る
別に拗ねた訳では無い。目を瞑って明日を想像しているのだ
(あしたはきょうよりたのしいになるのかな……かなしいひになるのかな……)
どっちでも良い。よく分からない自分をすんなり受け入れてくれたパパとおうまさん、二人が一緒なら何処へでも行ける。なんだって出来る……きっと
「ん、マナ……寝ちまったか」
アレフはマナの髪を優しく撫でる
きっと。きっと幸せな事に違いはない
未来なんてこれっぽちもわからないけど、きっとそれだけは違わないのだ