繋いだ手はあんまり離したくないんです。
現在、アレフら一行はドワーフの街「ブラース」唯一の宿に居た。マスターは外で待機している。後で宿の横の倉庫に入れてもらうつもりだ。そう話をつける
……つけたかったのだが
「何で泊まっちゃダメなのよ!ここ宿屋なんでしょ!?」
「いやぁ……エルフのお嬢さんを泊めたなんて街に広まったりでもしたら、僕や家内はたちまち村八分でさぁ。どうか勘弁して下さいよ」
そう、ハナから相手にしてくれないのだ。理由はエルフであるサシャの存在
ドワーフでない、恐らく外から来たのであろうこのごく普通の人間宿主からすればいい迷惑なはずだ。言いたい事も多少理解できる
出来るが、言い方って物があると思う
「なぁ坊主、お前の言い分はわかったけどよ。そこを何とかしてくれないか?別に俺らは街を荒らしに来たわけでもお前の生活を壊しに来たわけでも無いんだ」
「そーだそーだ!」
アレフによる若干口調キツめの説得にサシャが声高らかに同調してくる。因みにマナはその間。二人に手を繋がれてジッと黙っている
「そう言われてもなぁ……」
アレフの背中に怒気を感じたか、宿主は額に薄く汗をかきつつ、それでもなびかれてくれない。その性根の頑固さはこうやってドワーフの街で唯一の宿屋を出す。勇気ある宿屋の主に相応しい態度、根性だと思う。だがそれは今に限っては弊害でしかなく、どうにかせねばならない物だ
「……条件、一つだけこちらでつけても宜しいですか?」
「ん?あぁ、聞かせてくれ」
宿主はアレフの耳に顔を寄せ、アレフもそれを訝しみながらも受け入れ内緒話の形で数秒。そして宿主は顔をアレフから離し、アレフはそのままピタリと動かなくなってしまった
「ア、アレフ……?」「パパ?」
何か攻撃でもされたかと、サシャとマナの二人が心配そうに動かないアレフを見つめる。「大丈夫だ」と小さく呟いたので取り敢えずは大丈夫なのだろうが、果たしてどうしてしまったのだろうか
その額には先程の宿主と同じように汗をかき、口をムニムニと動かして何て言うべきか悩んでいるように見える
宿主はサシャの方をチラチラと見るばかりでもう「自分からこれ以上何も言うつもりは無い」と言いたげな雰囲気を醸し出している。その目に何処か罪悪感が見えたのもきっと気のせいだろう
(ど、どうする……!?いや、言うべきじゃないのはわかってる。わかってるけど、マナは宿に泊まらせてやりたい……話せばわかってくれる、か?)
サシャとマナは以前心配そうにアレフの顔をを見つめてくる。アレフは迷っていた、宿主の言葉を伝えれば間違いなくサシャは怒る、怒るがきっと話せば落ち着き、理解してくれるはず
(……言うか)
「なぁサシャ……た、頼みがある」
「ん、なによー?ご飯の買い出しなら皆で行くってさっき決めたじゃない」
アレフはサシャの方を向き、対するサシャも何を頼まれるのかどこかワクワクしたような顔でアレフを見つめる
だから、だからこそ次にアレフの発した言葉はサシャの心奥深くに刺さった
それは
「サシャ、お前もマスターと一緒に倉庫で寝てくれ。飯は一緒だが寝るのは倉庫だ。それがこの宿を使える唯一の条件らしい」
と、言うものだった。いざ口にしてみればなんて事は無い、いつも荷台という動く倉庫みたいな所に寝袋を敷いて寝ているのだ。もしかしたらサシャもそんなに怒らないかもしれない
「……本気?」
マジ?である。サシャの目から一気に好奇心の色が消えたのがわかる
アレフは人の「目」を見て相手の考えや感情を読み取る事を得意としている。この場合も例に漏れず相手、サシャの感情が手に取るようにわかった
わかりたくもなかった、が…………
「サシャ……?」
「ごめんマナ、手離して」
心配の対象をアレフからサシャに変え声をかけたマナに、サシャがそう短く言い放つ。もう目を見なくてもわかる
アレフの予想通り……サシャは怒った
手を離してとマナに言いながらも、自分から無理やり引っ剥がすように握っていた手を離したサシャは、振り返りも、文句を言う事も何もせずただドアを開け、静かに出ていってしまった
「「「………………」」」
ひとたび、場を静寂が包み込む
あまりの気まずさに宿主は最早見て見ぬフリをして仕事をしだし、マナは無言でドアを見つめていた。
そして、アレフはと言うと
「マナ、サシャの事は俺がどうにかするから先に―――」
部屋に入ってなさい。そう言うつもりだった、だが言い切らせてもらえなかった。何故か?それは実に簡単な事で
アレフの握るマナの手が振りほどかれ動揺したから、である。ほら簡単
だが、それをされたアレフからすれば一大事である。今までこちらが拒絶した事はあっても拒絶された事の無いマナが、握った手を無理やり振りほどいたのだ
「マ、マナ……?」
「………ばか」
「え?」
マナが何か言ったのだが、上手く聞き取れなかった。というか「聞きたくない」と、頭が勝手に聴覚の機能を止めてしまったのかもしれない、が
「パパのばか!さいてい!!!」
とわざわざ耳元で叫ばれては否が応でも聞こえるというものだ。そして言われたアレフは完全にフリーズしてしまい、叫んだマナはサシャを追って宿から出て行ってしまった
「「……………」」
再び、場を静寂が包み込む。どんより具合は先程の比では無いが、悪い意味で……
そして、あまりに空気が悪いので思わず口を開いたのは宿主であった
「あ、あの、お客さんお部屋の方は……如何致します?キャンセルですか?」
「…………さぁ。」
宿主曰くその時のアレフは、自らの故郷の露天に並んでいた魚の如く目が死んでいたとの事
「おーいアレフ、何であいつら飛び出してったんだ……ってゾンビ!?あ、いやアレフか……顔死にすぎだろ、ビビるわ」
「……………死にてぇ」
マスター曰く、その時のアレフは焼豚を注文したのに蒸し豚を出された時並に顔が死んでいた。と説明している
流石に罪悪感を感じていたのか、宿主は一連の事情をマスターに説明し、軽く理解したマスターは変わり果てた相棒の姿に再度落胆、及び嘆息する
(ちったぁ仕事ん時くらいの甲斐性を見してくれても良いんだがなぁ……いつの間にか別人になっちまったのかな。こいつ)
そこに居たのは、狂った笑顔で仕事場を駆け回る一流の大泥棒ではなく
ただの娘にフラれた情けない父親の姿だった。と地の文もまた後に語る
▶▶▶
「サシャー!」
「あれ、マナ……?」
トボトボと街中のドワーフらに怪訝な目で見られ、時には聞こえるように悪口を言われたりしていたサシャは、既に涙は出きったと言わんばかりに瞼を真っ赤に腫らし、可愛い顔が涙の跡でグシャグシャになってしまっている。
それを見たマナは改めて自分の父がしでかした失敗の大きさを痛感する。いや、サシャが涙したのはそれだけが理由じゃないのも分かってはいるが、そもそも父があんな事を言わなければ良かったのだ。元凶は父にある
「マナ、何で着いて来ちゃったのよ……せっかく一人でお買い物でもしようと思って出てきたのにー!」
なんて、サシャは優しく笑いかけてくれる。それがマナの心に深く突き刺さっていく。彼女の優しさが辛い
先ず、そんな泣き腫らした顔で笑われても辛そうにしか見えないのだ。そんな事口が裂けても言えやしないが
だから、父に変わってせめて自分くらいは言葉を選ぼうと思う。ただ、サシャに寄り添えるように
「……お、おかいもの!いっしょにいきたくて……その、だめ?サシャ」
マナはサシャの少し後をついて行っているので彼女の顔は見えない。サシャはもう前を向いて歩き出してしまった
マナの言葉に振り返る様子も無い
けど、片手は出てきた。別にマナの頭をはたく為ではない
「手、繋ごう?迷子になったら大変よ」
「……!う、うん!」
マナはサシャの手を強く握る。何処にも行かないように、幸せの光のように明るいサシャが何処かに居なくなってしまわないように……
そう、そして後は生まれて初めて抱いた父への「怒り」。これをどうするかである。父は賢く、優しい。後悔なら既にし始めているだろうしサシャはまだしも、後から自分がグチグチ言うことはないだろう
ならなんだ?暴力?以ての外である
そんな事してしまったら自分が父やマスター、そしてサシャに捨てられてしまう。それは嫌だ。何を好き好んで愛する家族を自ら傷付けなくてはいけないのだろうか
だとすれば残るは―――マナは思いついた事をサシャに提案してみる。少し嫌がられるかと思ったが流石はサシャノリノリで乗ってきた、それどころか
「せっかくだし私たちにしか出来ないやり方でやってやりましょ!作戦名は『ロンギング・オブ・コンサート』!どう?」
「ろんぎんぐ・おぶ・こんさーと……うん!とってもいい!」
心底ノリの良いエルフである。因みにロンギング・オブ・コンサート、意味は憧憬の演奏会である。さてこんな言葉を作戦名に選んだ二人は一体何をする気なのか
もう道を歩くサシャには傍のドワーフらの目線など気にもならない。むしろアレフ共々心底「驚かせて」やろうと思う。実に楽しみだ、もし成功したら心からこの少女、見た目よりずっと大人なこの少女に深く礼を言おう。そしてアレフに変わって今日は私がベットで添い寝をしてあげるのだ
ジュルリ、思わず垂れた涎をマナにバレないようこっそり拭うサシャはそんな野望を抱いた。全ては自分という存在をこの街、そして「女性の扱い」をあのバカ男に知らしめる為に―――




