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異世界旅行は愛する娘と共に  作者: 月見ヌイ
35/162

ブーツがあれば空だって飛べます

「てめぇこの野郎!誰が不細工だと!?てめぇにはこの顔の美しさがわかんねぇってのか!マジ許さねぇ!死ね!」


「うるせぇ鏡見た事あんのか馬鹿!怒った顔とか普通の二割り増しで不細工だわ死ね!」


厩舎の中、一頭の馬……アレフ曰く忍の変わり身らしいのだがどう見ても馬

と当のアレフはいがみ合い、揉みくちゃになって大喧嘩していた

もうそれはそれは派手にやらかしており、人目については不味いはずのアレフもすっかり周りに対する用心も忘れ

この目の前でいきり立つクソ不細工な駄馬(忍)に一泡吹かすことのみに集中してしまっている

馬、後のマスターも同様に自分の自慢フェイスを馬鹿にした糞ガキに天誅喰らわす事にヤケになってしまっている

おかげで厩舎の床に広がっていたエサくずやゴミらが舞い上がり、広がる喧騒の熱気に当てられた家畜らが自らの部屋の中で興奮して暴れ始めている

その光景を一言で現すなら混沌だろう


「あってめぇナイフとかズルいぞ!武器なんか捨てて男ならステゴロで来やがれ!」


「うるせぇ顔面兵器!これが武器だって言うんならお前もその面隠しやがれ!」


お互い一歩も譲らない。一度距離をとったかと思っても次の瞬間にはまた両者共頭突きをぶちかましている。頭が割れて血が吹き出そうとも止めない。喧嘩において「先に退く」何て事は負けを認めるという事に相違無いのである


(この顔面暴力駄馬野郎に…………!)


(このクソ生意気ヘナチョコガキンチョに…………!)


((負けてなんかやるかってぇの!!!))


アレフはナイフをマスターに向かって躊躇無く投げつける。あっさりと避けられたが織り込み済み、所謂牽制である。何かを「避ける」以上何処かしら死角が生まれる。そこに滑り込み、相手の見えない位置からの奇襲で終わらせてやる!


(喰らえ!!!)


必殺のアッパーカットはドガッ……と鈍い音をたてて見事、馬の顎に命中する。手応えも充分、これは決まっただろう


「人が相手だったらな」


「チッ……しぶといな」


人相手なら確実に沈められていたであろう一撃も、この頑丈さが取り柄の馬には効果はいまひとつ、といった感じか。とアレフはもう一度距離をとって思考を巡らせなおす


(決め手が無いな……牽制ももう効かないだろうし、どうしたもんか)


「おう、もう攻めてこないのか?んじゃあ俺から行くぜ!」


アレフの動きが止まったその一瞬を見逃さず、馬が全力で追突しにかかるその瞬間―――


「居たぞ!あそこだ!」


という、何とも無粋な声が厩舎に響く

家畜らのうるさい鳴き声の中でもしっかりその声が耳に入ったアレフは、体ごと突っ込んでくる馬を手で制する


「追っ手が来やがったらしい。今度は本物だ」


先程追っ手と馬を間違えた所なので多少慎重に追っ手の姿を確認するが、来ている服が屋敷の時に出くわした奴らと同じなので間違えようもない


「おぉー……知恵の守護者とはまた大物に狙われてんだな、お前」


「自慢にもならないけどな……おい馬、ここってあそこ以外に逃げ道は無いのか?」


無意味な喧嘩を一度止め、一人と一匹はゾロゾロと厩舎に入ってくる知恵の守護者らや警備の人間らに対し身構える。というかアレフはまだしも、何故馬(後のマスター)まで身構えるのか

そんな疑問を抱きながら、生き延びるための手掛かりを得るべく情けなくもついさっきまで喧嘩していた馬の知識を借りる事にしたアレフ……だったが


「逃げ道はねぇな」


馬の非情な一言に、酷く絶望する

こうなるとブーツを使って脱出するか

最悪人を殺めるしか、ない。

殺しはいけない、やってはいけない。

と何時ぞやの「生き延びるコツ」を教えてくれた盗人も、同じ考えだった

殺しは罪が重くなるし、何より後味が悪い。殺しをやっちまった奴は毎晩

夢でうなされている。「ごめんなさい」と……


と、なるとやはりブーツを使うしかない。国宝とも呼ばれ、闇ルートに流せば一生暮らせるほどのお宝を


「おい、クソガキ……頼みがある」


もうこれしかないと、ブーツに手をかけたその時。馬がポツリと呟く

何が?と聞き返したかったが、知恵の守護者らが抵抗はするな。と言ったアホな事を叫び、着々と距離を詰めてくるせいでそれも叶わない

返事がないアレフの事をどう思ったかは知らないが、この馬もまたアレフ同様に近づいてくるこの「知恵の守護者」らから逃げるつもりでいた。何故かは後々話すとして、何の案も出ない情けないアレフに代わり、馬はある作戦を思いついていた。もうそれはそれは単純で、簡単で、彼の思う「格好良さ」そのものな作戦……その名も


「強行突破、正面突っ切ってやろうぜ」


「やっぱお前馬鹿だな」


と、馬の意見を一言で玉砕したアレフだったが、いくら考えても答えが出ないのもまた事実。知恵の守護者十数名らは武器こそ持たない者の、各々が特殊な個性を持ち合わせている(中には魔法を使う者も居るらしい)ので、戦うにしても無茶が過ぎる


(……………俺も馬鹿だったのかなぁ)


「大罪人(―――)アレフ!貴様の罪は国宝窃盗、傷害、屋敷侵入、その他諸々

よって貴様をここで引っ捕らえさせてもらおう!」


知恵の守護者らは、アレフと馬を囲むように立ち塞がって徐々に間合いを詰めてくる。飛び越えられるか一瞬考えたが、それもダメだ。恐らくこいつらは第一陣、厩舎の外には更に多くの知恵の守護者及び、俺を捕まえんとする存在が死ぬほど居るだろう。詰みだ


「……どうせ死ぬんだ、賭けてみるか」


「おっ、乗り気になったか相棒!だったら手早くそのブーツを貸してくれ」


誰が相棒だ、と毒づきながらも最早一人で逃げることをとうに諦めたアレフは腰に留めたブーツの靴紐を外し、馬の足元に投げつける。雑に扱われる国宝を見て卒倒しそうになる知恵の守護者らも居たが、んな事知った事では無い。投げてからでアレだが、これを使えば無理やり道を開けて街から出ることも出来たのでは……と考えてしまう

何にせよ気づくのがクソ遅すぎた。


「相棒、一、二の三で飛ぶぜ。掴まっとけよ」


「だから相棒って言うなよ……飛ぶってどこに?」


「ひひっ、いーーち……」


マスターはブーツを前足に履き、意地悪くほくそ笑むばかりでアレフの問いに答えやしない。仕方ないので言われた通りマスターの尻尾を掴んでやる

どうせ捨てた命、どう果てようが文句は言うまい……と腹を括ったアレフだが、ジリジリ近寄ってくる知恵の守護者らを見て生唾を飲み込む。怖いのだ

アレフ自身まだ十五にしかならない半分子供。どれだけ暗い世界に入り浸り

法を犯そうとも人そのものの本質は変わらない。子供が大の大人に囲まれりゃ怖いに決まっているのだ


「にーぃの………!」


しかし、マスターは違った。この窮地に目を輝かせているのだ。そもそも何故こいつも一緒に逃げる流れになっているのかは曖昧になってきたが、そこら辺度外視してもその堂々たる立ち姿は、少し……ほんの少しだけ格好良く見えた


そして


「大泥棒、捕まえたりっっっ!!!」


「さんっ!」


一番若く、血気盛んそうな知恵の守護者その一人が飛び込んできたのと、マスターの最後の掛け声が飛ぶのは同時だった

さて、マスターの言う「飛ぶ」とは一体何処に向けての意味だったのだろう。そもそも上手くいったのだろうか?何だかえらく体に風が当たるが、これは何だろうか?

ゆっくり、とてもゆっくり目を開ける


「ひゅー!このブーツやべぇーー!!おい相棒どうだよ、最高じゃねぇかこの景色!?」


「……」


絶句。声一つ出なかった、出せなかった。アレフの視界いっぱいに広がっていたのは塗料でもぶちまけたのかというくらいの青、一面に広がる美しい青

アレフはその青さが何による物なのか最初は理解できなかったが、徐々に今自分が何処にいて、どうなっているのかを理解し始める


「そ、空……?こ、ここ空なのか!?」


何が嬉しいのか「せいかい!」と声を上げたマスターは楽しげに空を駆けていく、ついでに今アレフの体制がどうなっているかというと……宙ぶらりんだった。尻尾に掴まり、他に何の命綱も無く、死と隣り合わせとはこの状態を言うのだろう……というレベル

しかし、一度命を諦めたアレフはこのくらいで動じやしない。空を飛んでる事に驚きつつも、さっきまで自分がいた厩舎を見下ろすくらいの余裕はある


(予想通り、外にもびっしり居やがったか……)


知恵の守護者や警備、屋敷の連中だけではない。これだけ人が集まり騒ぎ立て、何事かと集まってきた邪魔な野次馬で見事にごった返していた。そのせいで当の知恵の守護者らも充分に動けないという本末転倒っぷり。見てて笑える光景となっていた


次にマスター、こいつもこいつでいつの間にブーツの靴紐を締めたのか前足二本で履きこなし、存分にそのパワーを扱い楽しんでいる。馬が元々持つ脚力と、ブーツが放つ規格外のブーストを掛け合わせて空を駆けているのだろうか。だとしたら物理学者も真っ青な無茶だと思う。自分は充分な教育という物を受けれてないので何ともわからないが……それでも、この爽快さは心でわかる。何とも心地良い


「おい馬……マスター、お前俺と一緒に来るか?」


「ははっ、良いなそれ!でもよ、今はこの空を楽しもうぜ!なぁ相棒!」


もうアレフは、マスターが自分の事を相棒と呼んでも怒ったり、止めたりする事は無くなりましたとさ…………


▶▶▶


「まぁこんな感じだな……サシャ?」


「もうとっくに寝てるぜ」


荷台。夜は更けたとかそんなレベルでは無く既に空が明るくなりつつある時間帯。やっとこさ一通り話し終えたアレフの努力虚しく、無常にもサシャは眠りについていた。ご丁寧にマナと抱き合って幸せそうに笑い、眠っている


その代わりと言っては何だが、いつの間にかマスターが起きて俺の昔話を聞いていたらしい


「……お前も衰えたよな。空なんてもう走れないだろ」


「ははっ!衰えはお互い様だろうがよ……なぁ、相っ棒♡」


あまりの気持ち悪さにアレフが朝日の上昇と共に嘔吐した所で話はおしまい

……その後徹夜で昔話を話し通したアレフが日中死ぬ程辛い思いをしながらマナとサシャの相手をしていたのは、また別の話―――

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