泥棒辞めます。これからは愛する娘の為に生きます。
やけにデカく、分厚く、無愛想な門
そしてやけに厳重な街兵士による警備
「相っ変わらず身の丈に合わない……」
マスターが小声で馬鹿にしたように言う。実際街の大きさや、重要度的に身の丈には合わないと言えるだろう。この厳重さ
「すごーい……」
横のマナは素直に喜んでいる。実に可愛らしい
(この街に子供を連れてくるとか、兵士共もビックリしてるんだろうな)
アレフはフードを顔を隠すように深く被り、次第に見えてくる街の中身を眺める
(……っと、やっぱりあるか)
掲示板のような所に貼られた一枚の写真、その下にはWANTEDと書かれている。俗に言う指名手配書というやつだ
「あ、パパのかおがムグッ―――」
「マナ、静かにしてろ」
人通りのあるとこでこれ以上言わせてはならない。聞かれたら死ぬほど困る
最悪お縄にかかるだろう。それは最悪
なのでアレフはマナの口を塞いだ、手で、無理やり。
「むぐぅ」
(また火でも吹いたら俺の手、焦げるんだろうな……)
さっきマナが見せてくれた炎。アレはとてもヤバかった、素晴らしかった
あれはもうこの世では半分伝説と化した「魔法」という奴だ、間違いない
(希少価値……売値、買値……)
ちょうどここは人間マーケット。人の売り買いが平気で街ぐるみで行われるような街。アレフの心は揺れていた
「おいアレフ、俺あそこの厩舎が良い」
「あ、あぁ。わかった、そこにしよう」
「おうまさんひとりでおるすばんするの?だいじょうぶ?さみしくない?」
行く街行く街で大概マスターには留守番を頼んできた。馬で行ける道は限られていて、尚且つ「職業」上、極力身軽で居たいのだ。つまりこの瞬間に限ってはマナも少し邪魔
「おいマスター、マナの面倒見てやるか?この子とお喋りしてりゃ寂しくないだろ?」
「お、マジか。そりゃ嬉しいね」
思ったより乗り気な返事が返ってきた
恐らく、マスターも俺と同じような事を考えているのだろう
この街、マホゼンは別名「奴隷の街」人間マーケットで買ったり売られたりされた人間が溢れかえり、道端で倒れていたりなんなりが平然と有り得る街
正直マナにはあまり見せたくない
(そんなの見て人間性でも歪んでしまったら可哀想だしな……)
と、いうわけで厩舎の中に入った
中はそれなりに大きい。ちょっとした宿の個室くらいの部屋がいくつも並んでいて、チラホラ他人の馬が入れられている
「この辺でいいか」
どの部屋に入るか等は全てマスターに任せている。入るのは自分自身なので他の誰にも口出しされたくない、との事だ。まぁ今回はマナも入るのだが
「おいアレフ、荷台」
「わかってる」
そう、荷台は入りきらない。部屋がデカいといえども荷台は更にデカい
なので、アレフは荷台の横に小さく描かれた五芒星に手を翳し、呪文を唱える
「禿げろクソ野郎」
……呪文だ、これが呪文
「相変わらず謎のセンスだな……お嬢ちゃん、俺の背中に乗るか?」
「え、ほんとにマナもおるすばんするの?」
「嫌なのか?」
呪文を唱えられて、ミニチュア並に小さくなっていく荷台をジッと見ていたマナが、残念そうに見つめてくる
「いやじゃないけど……」
段々、マスターの顔が歪んできている
恐らく怒りと妬みから来ているのだろうが、とても不細工。笑ってしまうからやめて欲しい
「すぐ帰ってくるから待ってろ。良いな?」
「……うん、わかった。おうまさん、せなかのせて」
急激にテンションが下がったマナを背中に乗せ、ご機嫌なマスターを背にアレフは厩舎を後にした
▶▶▶
「さて……まずは洋服だな」
事前にある程度とっておいたメモを手に、アレフは街を練り歩く。どこに何があるかは「以前」来た時に把握しているが、何か変わった所があるかもしれない。結局は細かい確認がものを言うのだ
(にしても酷いな)
道端には裸に剥かれた女性が横たわり
たまに見る建物の隙間では決まって裸の男がボコボコにされている
実は仕事をしに、一度この街に来た事があるのだが、前もこんな感じだった
聞くところによると、裸は奴隷の「証」らしい。奴隷に着せる服は無いそうだ
非人道的だとは思うが俺の口出す所では無いので見て見ぬふりをしておく
しばらくそんな道を進むと、目的地が見えてきた
「マホゼン洋服店……そのまんまだな
わかりやすくて良いけどな」
ピンクを基調としたド派手な建物
まぁ分かりやすい事この上ないが、ちょっと入るのに躊躇ってしまうから止めてほしい
「ま、入るのは俺だけじゃ無いから良いんだけどな……!」
アレフはポケットから一枚のカードを取り出して指で弾く
「『映える光、その背後には闇』」
口の中で呪文を唱えながら、ドアを開け店内へ入る。ちなみに呪文を考えたのはマスターだ。えらく詩的
「「お二人様」いらっしゃいませぇ!」
店員が現れるより早く、アレフは二人に「割れた」勿論片方は偽物、影だ
アレフの使ったカード「A5」は、様々な能力を持った擬似魔法装置、らしい
適当に盗んだのでアレフ自体もよく知らない
「子供用の服はどこだ……女の子の服だ。」
「あ、はい!こちらになりまぁす」
店員が先導してくれる。アレフは自らの片割れ、影だけ全く逆方向に進ませ
自分は店員について行く
「ここが女児用のコーナーてございまぁす……あれ、もう一人の方は」
「トイレだ。気にしないでやってくれ」
「あ、す、すみませぇん。ごゆっくりどうぞ」
店員は店の奥へ消えていった。それを見送り、アレフは影の位置を確認する
視覚、聴覚、嗅覚の三つがリンクしてあるので、今どこで何をしているのかは丸見えだ。そんな力はないが万一反乱されても問題ない
(さて、先ずは服を選ばないとな)
何にせよマナに「やる」服は選んでやらないと、どれくらいあれば良いのだろうか。やはり女の子だ、色々あった方が良いのだろう。ジャンルも出来るだけ様々な物を……
アレフは手早く服を選び、自らの手にかけていく。数はすぐに十枚を越えた
(っと……これは……)
純白のワンピース。マナは長く綺麗な赤髪、そして目を持ち合わせている。こういうのはとてもよく映えるだろう
「これも持っていくか……って、もうこんなに集めちゃったのか」
(そろそろ引き際だな。おい、影こっちに来い)
返事はないが、こっちに向かい始めたのはわかる。さて、「逃げよう」
何せこちとら泥棒、物を買うなんてありえないのだ。タダでもらっていく
レヴィオンで買ったオレンジはノーカウントだ。あれは仕方ない……と思う
「お、来たな」
「……」
アレフ同様に深くフードを被ったいかにも怪しいヤツが女児コーナーに来た
「早速で悪いが、床、ぶち抜いてくれ」
スンッ、とアレフの指差した床が円状に消える。まるで元から無かったかのように、霧散する
(相変わらず便利なもんだな)
と、感心している場合ではない。サッサと脱出だ。何せこの方法、この街で二度目の使用だ。何らかの対策もされているだろう
「ま、行ってみりゃわかるか、行くぞ」
「……」
二人は穴の下へ降りる
街の下には迷路のように広がった空洞があって、中では奴隷達が金属採取を延々とさせられている。それを知っているので遠慮なく降りていく
「っ……よし、着地も完璧だ。今の所前と変わらないな」
ついでに金属も盗っていこうか。旅費の足しになるだろう
近くに真っ裸の男奴隷が居たので
少し近づいてみる。反応は無い、無で仕事をこなしているようだ
「……おい、一個もらってって良いか?」
「ダメだ、殺されちまう」
返事が返ってきた事に驚きつつ、アレフは汚いカゴに入れられた宝石の原石。磨く前のまだ汚ないそれを、腰の皮袋に突っ込み、そこから離れる
(他には……肉でも買ってってやるか)
アレフは何となくで場所を測り、立ち止まって上の地面を見つめ、指差す
「影、ここだ」
「……」
スンッ、とまたも指差した所に穴が空いた。綺麗な円状だ
「行くぞ」
アレフはジャンプして、穴を駆け上がっていく。決して垂直に走るのではなく壁を蹴ってゆっくり、そして確実に登って行っている
すぐに地上へと辿り着いた。そこはつい先日ご厄介になったレヴィオンと同じような、大通り、露店にまみれたこの街の中心。その隅っこだった
「さて、やるか」
影が自分同様壁を駆け上がってきたのを確認して、露店の「裏」を歩いていく
音もなく、まるで風のように
(肉……野菜……果物……と、マナは何が好きなんだ?やっぱ肉なのか?)
まぁ全部盗るか、盗れるし
軽く決めたアレフは肉屋の裏に回り
ススッと自然に近づく
「よぉ店主、ご機嫌どうだよ」
「おぉ。そっちから話しかけられるとは思ってなかったな……ボチボチって所だな。買ってくか?」
「いやいいよ。タダの冷やかしだ」
アレフはそう言い残して、素早くその場を去る。「仕事完了」だ
影の両手いっぱいに肉を持ち、心なしかやり遂げた表情をしている
(俺がデコイになって、影が盗る……前もそうだがこの街チョロすぎんな)
全く、これだから泥棒は止められない。これからもこれで生きていき、マナを生かしていこう
▶▶▶
「どろぼう、やめて」と両手いっぱいの肉と、可愛い服を沢山持ち帰ったアレフに、マナはそう冷たく言い放った
「悪い、お前の仕事を聞かれて答えたら、ずっとこんなんでよ」
「……パパ、どろぼうはだめだよ」
アレフは愕然とした。まず喜んで貰えると思ったから、迎えに来て一言目に泥棒辞めろは、あまりに予想外。砂になりそう
「い、いや……でも今更辞めれないし」
「やめれるよ」
取り敢えず荷物が重いので、サイズを元に戻した荷台に、持って帰ってきた「戦果」を置く
「だからこれもいらない」
「あぁ!?」
ボォッ!、とマナが先程同様口から火を噴いて服と肉を容赦なく燃やす
「……」
「お、お、お前!せっかくアレフが盗ってきた物をこんな……っておい荷台も燃えてる!おいアレフ!」
アレフは揺れていた。この子はもうここで捨ててしまった方が良いのではないか……だって「どろぼうやめて」だぜ?今までそうやって生きてきたのに
急に現れた子供一人に今までを否定されたくない
「……とにかく、街を出よう。そろそろ気づかれる頃だ」
二人と一匹は静かに街を去った
▶▶▶
「泥棒辞めるわ」
街を出てすぐ、アレフはそんな事をボソッと呟いた
「冗談だろ?お前がこの子にメロメロなのは知っているが、流石にそれは冗談だよな?」
「本気だ、そしてマナは当分旅に同行させる。問題あるか?」
「大ありだバカ野郎!どうやって食ってくんだよ、今更マトモに商売とか出来ねぇだろ!?」
「……とにかく、もう物は盗らない。それを売ったりもしない……だからマナ
この服だけでも受け取ってくれないか」
アレフは、唯一荷台に積まなかった純白のワンピースをマナに見せる
「……やくそく、ね?」
「あぁ、約束する」
マナはそれを受け取り、ニコッと笑う
「おいおいマジかよ……もう付き合ってらんねぇよ……」
「そう言うなよマスター、これからは自由に生きようぜ。マナも一緒にさ」
実際泥棒を辞めてどうなるかは分からないが、マナがそれで喜んでくれるなら、楽しく生きていけるなら喜んで辞めようと思う。何せ今まで頑張り、くすみ過ぎた
「……はぁ、好きにしろよ。その代わり俺も飢えさすんじゃねーぞ」
マスターは諦めたように溜め息をつく
そう。これからは自由に生きよう
何にも縛られない、あの空飛ぶ鳥のように
「これからはどろぼうじゃなくてむしょくだね!パパ!」
「そ、それも嫌だな。そうだな、吟遊詩人とでも名乗るか」
「ははっ、お前が吟遊詩人ね。風情のふも無いくせによく言うぜ」
二人と一匹は笑い合った。たった子供の一声で今まで全てを簡単に捨てた男と、それに付き合った馬鹿と、卵産のよく分からない少女
何故だか、空が青く見えた。別に一際晴れているとかそういうわけではない
何故だろうか?
(……そうか、マナが変えてくれたんだ。たった一日で、そうたった一日で長年真っ黒にくすんでいた自分を)
やはりこの子は凄い子だ。魔法が使えるとかそんなのじゃなくて、もっともっと凄い。よく分からないが、凄い
「ははっ……これから楽しくなるな!」
「いぇーい!」
「うぇー……」
一行の当てのない旅が始まる