エルフの里は静かに物騒です。
マナは感動していた
自分の今まで見てきた色々な街とは一線を画する美しさ、壮大さ。それ程に今彼女とその父、そして馬のいる「エルフの里」という場所は美しい場所だった
例えば、民家らしき建物は全て大樹を切り抜かれその中に埋め込まれるように建てられているし、至る所に野の獣が自由に走り回り、果てしない自然を謳歌している
「すっごいね、ここ…………」
ひたすら脳内では色々な事を考えているのに口から出るのはそんな言葉ばかりだ。マナ自身もっと語彙豊富な感想を述べたいと思っているのだが如何せん景色が良すぎる。肝心、要の語彙もどこかに吹き飛んでしまう
「俺はマナちゃんの言ってる事が理解できねーや……こんな所よかそこらの花畑の方が余っ程綺麗で、美しいぞ」
「なんで?こんなのほかでみたことないよ?」
マスターは嫉妬でもしているのだろうか。そう疑問を思ってしまうくらいやけにここ、エルフの里に居る事に否定的……本当に嫌そうである。父は普通
口数が少ない辺り、父もここに居たくないのだろうか
「…………じゃあ、かえる」
「お、マジか!?」
「うん、パパもおうまさんもいたくないんでしょ?まなのわがままでいやなおもいしてほしくないもん……」
マナの言葉に喜んで来た道を引き返そうと、マナたちが乗る荷台ごとその大きな身を翻したマスターは
「待て」
荷台、そしてマスターの主人であり今の今まで黙りを決め込んでいたアレフの鋭い一声で動きを止める
待て。と言われたら許可が出るまで待つ、悲しいが人の手に落ちた馬はそう躾られてしまうのだ。
そして、マスターはうんざりとした表情を浮かべた「またか」、と
「あーはいはい、可愛い娘優先だよな。わかってるよアレフ、冗談だ―――おい、アレフ聞いてんのか」
「静かに……ん、やはりおかしいな」
見ると、荷台の中で腰まで浮かせすっかり臨戦態勢だ。こういう時のアレフの勘は驚いて泡を吹くレベルで当たる
「なにがおかしーの?」
「人影が無い。先程から周りを見ていたんだが……一切、見えないんだ」
「おいおいおい……それじゃあまるで」
そう、きっと大量のエルフが「獲物」を狩るためにジッと俺らの視界外から見つめているに違いない。その陰険さたるや流石は耳長野郎と言える、いやはや全く……惚れ惚れしてしまう。
「どうする?全力で駆け抜けてみるか」
「いや、奴らの弓の精度は本物だ。きっともう逃げ道は無い……袋小路、万事休す、飛んで火に入る夏の虫、だな」
どうせこれまたサモラでの療養中の読書によって得たのであろう知識、単語をツラツラと並べ立てるアレフにマスターは若干イラッとする
(この野郎それを言いたかっただけじゃねぇか……!?)
「……う、うつ?まほう」
マナもその場で立ち上がり、赤い目を更に紅く輝かしてアレフに何故か緊張気味に、聞く
やはり暴走を恐れているのか、自分で言っておきながらどうにも乗り気ではなさそうだ
そんなマナの頭を軽く撫でてやり、遮るようにマナの前に立つ
「いや、撃たない。そもそも闘いに来たんじゃないだろ。話し合えばいい」
そうマナ……と、一応マスターに聞こえるように言ってアレフは荷台から飛び降りる。そのまま荷台から少し距離を開けるように歩き、ピタリ。と適当な場所で立ち止まった
そこから微動だにせずただ上だけを見上げるアレフを、マスターとマナは固唾を呑んで見守る
場は異様な静けさに包まれつつある
▶▶▶
そもそもの原因は、一瞬の出来事
ごく普通、長寿で知られるエルフからしたらほんの一瞬で、瞬きをしたら終わるようないつも通りの平穏な日。そうなるはずだったのだが、招かれざる客は突然としてやってくる
それ自体珍しい事ではあるのだが、そこまで恐れ、慌てる事は無い。茂みや木陰に隠れ気配を消してやり過ごし、招かれざる客らが飽きて帰ればそれで良し。暴れるようなら有り余る魔法をここぞとばかりに使い、容赦なく蹂躙する。ここエルフの里ではそういう決まりになっていた
今回も例外ではない。どんなに急な事でも手馴れたエルフ達はいつもの様にどこかしらに隠れ、そして愕然とした
「あれはあの時の盗人と馬ではないか」
最初に彼らを目にしたエルフの驚きはまた別のエルフに伝わり、それがどんどんと里を巡り、終いには里全体が動揺で埋め尽くされた
(ど、どうする……?問答無用で魔法を撃つか……?)
(いやいや、それは里の歴史あるしきたりに背く行為じゃ……先ずは静かに見守ろうではないか)
なんて、若いエルフと年寄りの間に生まれた意見の食い違いのせいでこれまた里全体にいらぬ緊張感が漂い始める
喧嘩などしている場合でないのは全員わかっている。頭ではわかっているのだが、それ以上に体が告げる「ヤバい」と
そんな里を、そして姿を見せただけで聡明な彼らをここまで動揺させる来訪者を静かに見つめる里の長、そしてその一人娘は頭を抱えた
「なぁサシャ。お前はこの一件、どう処理するべきだと考える?」
「そうですね父様……見た所彼らは以前この里訪れ、一瞬で混乱へ陥れて見せました……が、今回は観光をしているだけに見えます。そしてもう一つあの少女、以前居なかった彼女を見るに、盗人アレフは子供が生まれ、見解を深める為にこの里に来ただけ……だと私サシャはそう思います」
長ったらしい返答だが、要するに恐るるに足らないのではないか。という事らしい。父様と呼ばれた里の長は娘の言葉を受け今一度、しみったれた来訪者らを見つめる。盗人アレフはこちらに気づいているのかしきりに木の上の方を見つめている
(攻撃力はこちらに分がある。娘に良い所を見せる為にもここは行くべきなのでは……?)
娘大好きな誰かさんと似たような見栄ばかり張った魂胆、この里の長も娘バカなのだが、本人に自覚はない
そして長は勇敢なものである。腹を一度括れば行動に移すのはとても速い
「ではサシャ、私になにかあれば援護に入れ、暴れるようなら極大魔法でも一発かましてやれ」
「分かりました父様……お気をつけて」
弓と矢を背中に装着し直し、登っていた木から飛び降りる。ザッと高さ20mと言った所だろうか。常人なら足がすくみ、先ず一歩踏み出せないような高さだが何せエルフは人では無い
「お、やっとお出ましか」
アレフも、それをわかっているので
ずっと待っていた。以前フラリとこの里に来た時会った事があるのだが、一箇所でジッと待っていれば向こうからやってくる。ここの里の長はそういう奴だとアレフは知っている。故に待っていた
「よー、ナルベル。元気してたか」
「やぁ招かれざる客達よ、何も言わずそのまま帰れ。特にアレフ、貴様が来ただけで里は大混乱じゃ。理由は知らんが観光なら別の所にしてくれ」
「いや、別の所と言ってもエルフの里なんてそうある物じゃないだろ。特にこの辺なんかここしか無い」
ナルベル。とアレフが呼んだ長は一切の物怖じを見せず、切れ長の目でキッと睨みつける。アレフは見慣れた様子で軽く受け流すが、後ろに居たマスターとマナは思わずビクッとする
(ね、ねぇおうまさん……あのひとだぁれ……?)
(あいつはこの里の長、一番偉い奴だ……あいつが怒るとアレフよか怖いんだ)
ほへぇー……とマナはだらしない声を漏らしながら前方の大人二人を見つめる。特に耳の長い「里の長」の方
(えほんとおんなじ……みみがながくて、めがほそくて、ふくはぬのをまきつけただけ)
そして背中には弓と矢を装備しているという完璧ぶり、あの絵本は本当の事しか書いていなかったのだ、マナは喜びのあまり飛び上がりそうになる。何故なら、本当にあの絵本の通りならきっと彼や、その仲間たちは魔法について色々知っている。自分に魔法の使い方を教えてくれるかもしれない
もうそんな事を考えると、喜びが止まらない。有り余って踊り始めてしまいそうだ
「俺らは帰らん、少し用事があるんだ。それが済めば帰るから許してくれないか?昔のよしみじゃないかナルベル」
「あぁ、そうだな。前に来た時もその昔のよしみ、という言葉を使ってこの里を荒らしに荒らして行ったな……して、その用事とは?」
「うちの娘に魔法を教えてやって欲しい」
瞬間、里全体……周りを見ても木しかない当たりさしずめ森、森が揺れた
ザワザワと激しく、怪しく、まるで森が動揺しているようだ
マナは驚き、そんな初めての光景に少し怖くなって大きなマスターの背に抱き着くようにくっつく
「アレフよ……冗談で言っているなら早く謝れ。今なら聞かなかった事にする」
「娘に魔法を教えてくれ。と言った」
そして次の瞬間、マスターとマナは見た。それまでギリギリ平穏を保っていたナルベルの顔がみるみる赤く、怒りに染っていくのを
心做しか地面が揺れ、里全体……周りを見ても木しかないのでさしずめ森、森がざわめいている気がする
「皆の者、降りてこい」
威厳と静かな怒りにまみれた長の一声に、先程の娘を含む里の住民全てが木から飛び降り、アレフらを囲むように立つ。男女、体格差も様々……しかしマナにはわかった
「ならば条件がある……それをこなせば貴様の言い分をもう少し聞いてやる」
彼らは全員「魔力」を持っていない。証拠も何も無いが、強いて言うなら「血」がそう言っている、自らの血が
しかし同時にマナは理解した
(おうまさん、このひとら……たぶん、すっごくつよいよ)
(………………………知ってる。)
そして、次の瞬間里の住民はアレフらに向けて駆け出す
長がこれから何を言うかを敏感に察知し、言い切る前に行動に移すものもいた……長が何を言ったか、それは
至ってシンプル、短く一言
「全員倒してみろ」
いざ、開戦の時―――――――――――




