晴れた天気と共に旅立ちます。
アレフはベッドの上で目を覚ました
ふと、横から差す光に気づき、そちらを首だけ動かして見てみると窓から陽の光が差し込んでいた。少し目に入ってしまい、思わず重い体を起こす
「うっ!?…………いってぇ」
「当たり前です、全身怪我と火傷にまみれ、死んでもおかしくない所から無理やり治した……体の負担は貴方の想像を遥かに超えていますよ」
と、窓のある方とは逆側
起きてから一度も気にして居なかったが見てみればえらく見覚えのある顔が本を読みながら椅子に座っているではないか
「喋りかけるなら本から目を離したらどうだ、ターキ」
「悪いが良い所なんで、もう少し眠っていて貰えませんか」
全く怪我人に容赦の無い男だ……なんて。この状況、どう見ても彼らサモラの街の人らがやったとしか思えないし
彼の目の下がやけに黒いのは今の今まで寝ずに俺の看病をしていたからだろう。しかし礼は言わない
要らないのだ。策に嵌め、街の人々を危険に晒しても揺るがない、言わば腐れ縁……これが彼らを繋ぐ限りは彼らは旧友であり、一々礼を言わなくても分かり合える……良い友達であれる
と、アレフはターキから視線を外し
何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡す。特別大きくはない部屋にアレフの乗るベッド、その横にターキの座る椅子……他に調度品らしき物も無い質素な部屋だ、が。それはどうでもいい
「なぁ、マスターとマナはどうした?別の部屋にでも居るのか?」
「…………。」
ターキは返事をしない。それどころか本から目を離す気配すら無く、まるで定期的に本のページを捲るだけの機械になってしまったかのようだ
「なぁターキ、黙っている事は無いだろ、何処か教えてくれればそれでいいんだ。俺が心配だと言うなら安心してくれ、俺はここから動かない」
「そもそも動けないでしょう、足にもそうとうダメージがありました……あのブーツはとんでもない代物ですね、見た時は心底驚きましたよ」
ターキはまたページを捲る、静かに、そして無機質に……しかしその顔には何処か悲しい気配があった。アレフの鋭い嗅覚はそれを逃さず感知する
まさか、俺が気を失っている間にマナを「売り」に出したのか?……いや、だとしたら隠す必要も無いだろう。身ぐるみをはがれ、体もまともに動かせない俺なんて暴れられても簡単に取り押さえれる。こんなに優しく接する義理はないはずだし……
「義理はありますよ」
ボソリ、とターキがこれまた本から目を離さずそう呟いた。アレフに向けてと言うよりは、何処か宙に向けて言っているような……そんな話し方
「特に、僕個人としては貴方の命を助ける義理なんて掃いて捨てる程あるんですから……」
「何の事だ?」
アレフは首を傾げる
そんな事言われる覚えは無いのだが
「……はぁ。覚えているでしょう、この街……サモラはその昔、ドラッグの売買で金を回す黒い街でした」
「そして、当時その中心にいたのがブラウン一家と呼ばれる暴力集団……そして、一般市民を装う私でした」
あぁ、思い出した
確かにそんな事もあった。当時アレフは絶賛盗人家業真っ盛りで、まだ手をつけてない、という理由一つでそんなドラッグ漬けとなった街サモラにふらりと馬一頭と共に流れ着いたのだ。
そして彼らは僅か数日でこの街全てを叩き壊して見せた。簡単に言うと、サモラの持つドラッグの売買ルートを全部止め、更には今まで何処にも漏れずにいたサモラの真実を、あろう事か、
「知恵の守護者」と呼ばれる法を護る面倒な世界機構にバラしてしまったのだ
おかげで街はてんやわんや、ブラウン一家含め街をまとめていた殆どの人物が一斉に検挙される事になった。その中には勿論ターキも居た……逃げたが
ターキも長らく暗い仕事をこなしていた男だ。世界機構だろうがそう簡単に捕まりやしない。そしてそこにアレフの手助けがあったという訳だ
「貴方は私に復讐のチャンスがくれました。そして今回街の皆を助けてくれた……これだけあれば義理と言えるでしょう?まだ納得しないと言うなら、もうどうしようもありませんが」
「……………………そうか。」
アレフはそれしか言えなかった。そしていつか読んだ古い文献に書いてあった一文を、これでもかと言うほど思い出し、その意味を深く理解した
その一文、その言葉は
「善行は世界を巡り自分に還ってくる」
なんて陳腐な物だ。その文献を見た時は多分笑っていたと思う、善行が自分に還ってくる訳が無いと……犯罪者の自分にそういったものは永遠に訪れないのだと
だが、現に今還ってきた。サモラを潰しにかかった時、仲良く酒を飲んだというだけで何となく助けた一人の男に
命を助けられたのだ。これ以上嬉しい事は無い
と、アレフが一人照れているとパタンと横から本を閉じる音が聞こえた。見るとターキは本を片手に、椅子から立ち上がっていた
「あの子は下の庭にいます。私は今から昼食を作りに一階のキッチンに入りますが、決してそこから動かないで下さいね」
アレフは、ターキが何を言わんとしているかを敏感に察し
「あぁ、わかった」
敢えて明るく返事をし、横の窓をソッと開けた
えらく気持ちのいい風が吹いていた
▶▶▶
マナは一人、ベンチに腰掛けていた
何も言わず、ただ空を見上げていた
(きれいだなぁ………………おそら。)
そんな事をボーッと考えながら……他にも色々考えていたが、というか悩んでいた。例えば自分は一体何をしてしまったんだろう、とか
目を覚ますと、見知らぬ天井があった
白くてフカフカした物に寝かされ、体に包帯が巻かれている。体中が痛かった……記憶はぼんやりとだけ残っている。どれくらいかと言うと、父が自分に「撃て」と叫んで、それを聞いた自分は迷わず全力の魔法を空に撃った。そして目の前が真っ暗になった……
それくらいぼんやりとした記憶だ。だから横で自分と同じように父がフカフカに寝かされ、そして自分以上に体をボロボロにしているのを見て、驚き絶句した。自分を捕まえた「ターキ」とかいう父の友人の姿もあったが、何も教えてくれなかった。彼曰く、言っても仕方の無い事……らしい
「…………はぁ」
マナは薄々理解していた。父の怪我は自分が何かしでかしたせいなのだろうと……根拠は何も無いが、そうとしか考えられない。一度そうだと思うとそうとしか考えられない、マナはそういう性格をしていた
故に、フカフカが幾つか並べられた部屋から逃げるように出てきてしまった
居た堪れなかったのだ、自分のせい(かもしれない)でボロボロになった父を見ることに耐えられなかった。と言ってもそこまで遠くには行けない
何せマナ自身もボロボロ、長距離を歩ける程の体力も無かった……ので、取り敢えずここ、庭のベンチで落ち着く事にした。という訳だ
(これからどうしよう、ひとりでたびをしなきゃだめなのかなぁ……?)
何せ父を本当に傷付けたのだとしたら
もう一緒に進む事は叶わない。父は優しい、目覚めても父は私を責めないだろう。だけどそれでは自分が許せない
となると、旅をするにしても何にしてもここからは一人でやらなくてはならない……出来るのだろうか、自分に
「えらく深刻な顔をしているじゃないか」
聞きなれた声が後ろからする。マナは驚いて声の方を振り向くと、全身包帯でグルグル巻きにされて見るからに痛々しい父の……アレフの姿があった
「ぱ、ぱぱ……」
「横、良いか?」
返事が返ってくるより早く、アレフはマナの座るベンチ、その空いている端の方に腰掛ける。「あいたたた……」なんて呟きながら
「ふぅ……やはり外は良いな。今日は特に風が気持ちいい」
「……うん」
「ターキに礼は言ったか?あいつが俺らの看病をしていてくれたらしい」
「…………うん。いったよ」
マナは俯いて手をモジモジさせている
何ともアレフの顔が直視出来ない。アレフもアレフでマナの顔を見ようとしない、ずっと空を見上げている
まるで何を言うべきか考えているかのように……というか考えているのだ
颯爽と現れたまではいいがそこから何も考えてなかった。何せ今までに見たことの無いマナの表情……何かを悩んでいるっぽいのは何となく予想が着くけど、それをどう聞き、対処すれば良いのか全くわからない
(「何か悩みがあるなら言ってみろ」……いや、語調がキツすぎても言い難いよな……「どうしたんだ、俺が聞いてやるぞ?」いや、これも変わらないか……)
自分の語彙力の無さに絶望し、打ちのめされつつもアレフは懸命に頭を捻る
捻って、捻って、捻って……捻りまくって、千切れた。馬鹿の考え過ぎは良い結果を産まないと相場は決まっているのだ。今回の場合は……
「マナ、何かあるなら言ってみろ」
なんていう粗暴なものだった。アレフは言葉を口にしてから頭を抱え、やってしまったと激しく後悔するがもう遅い。マナは自分の手元からアレフの顔に視線を移してパチクリしている、どうやらバッチリ聞こえてしまったようだ
「あ、あれだ……お前が何か悩んでいるような顔をしていたから、つい気になってだな……」
「……ねぇパパ、おこってないの?」
「え、あ、あぁ。怒ってないぞ?むしろ何に怒れば良いんだ」
「そ、それは……」
マナは口ごもると、また手をモジモジさせ視線を落とす
「そのけが……マナがやったんでしょ?だから、その……」
モゴモゴモゴ…………と、最後の方は上手く聞き取れなかった。アレフは首を傾げる、自分の娘がこれから何を言おうとしているのか全然わからなかった
「だから、その……マナのこときらいになって、その……あれ、マナないてる?あれ……?パ、パパ、とまらないよ?マナ、なみだがとまらない……」
ボロボロと大粒の涙が、マナの綺麗な目から幾つも、幾つも零れ流れていく
アレフはギョッとし、すぐに冷静になってマナの体をギュッと抱き締める
お互い体がボロボロなので、そこら辺に気を使いながらだが
「落ち着いて、ゆっくり言いなさい。ちゃんと待っているから」
「うん……うん、ごめん」
そのまま数十秒、何分、何時間……正直アレフもマナも全然わからないがそれだけ長い時間傷だらけの二人は静かに抱き合っていた……そして
「パパ、パパ……わたしね、パパにすてられてひとりでいきていくんじゃないかっておもって……そしたらさみしくて……」
マナはそうポツリ、ポツリと心からの言葉を少しずつ、自分の中で頑張って整理しながら少しずつ紡いでいく
対するアレフも、珍しく真剣な顔でそれを受け止める。口も挟まずジッと聞いている
「だから、その……パパ、ごめんなさい。マナのせいで、ごめんなさい」
マナがアレフにその小さな頭を下げる
フワフワの赤毛で顔が見えなくなるが
真剣な様子はよく伝わる。だからアレフも真剣そのもので応える
「マナ、俺はなお前に助けられたんだ
……だってな、お前が居なかったら俺とマスターは今も泥棒をしていただろう。するとどうだ、こんなに楽しい日常は過ごしていないだろうし、行った事があるはずの街での新しい発見も何も無かっただろうよ……俺はな、お前に人生を救われたんだ。良い事なんて何も無かった俺の人生に、彩を、そして様々なきっかけをくれたんだ……」
「マナ、俺はお前に感謝してるんだ。この恩を返す為ならお前と一緒にボロボロになるのも良い、苦にも思わない。
だからな……えー、うん、あれだ」
「マナ、俺はお前の事大好きだぞ」
それからの事はあまりよく憶えていない、何故か俺もマナも涙が溢れてきて
もう何も気にとめず、思いきり泣いた
多分、建物の中にいるターキには聞こえていただろうが、止まらない
「パパ、ありがとう……ありがとう!」
▶▶▶
「ん……あ、あれ」
アレフは再びベッドの上で目を覚ました。手で目元を触れてみると濡れているのを理解すると同時にいやー……な予感を感じる
「もしかして……夢だった、のか?」
「ちげーよバカ」
と、聞き覚えのあるぶっきらぼうな声が横から聞こえる。先程で言うとターキが本を読み、椅子に座っていた場所から聞こえる、が声の主が誰か察しがつくのでそっちは向かない。寝起きに見ていいような顔をしていない奴だ
「お前何処に行ってたんだよ、ご主人様が倒れてるってのによ……」
「喋んならちゃんと顔を見て会話しよーぜ?外ばっか見やがって……買い物だよ、サモラを出る前に乾燥肉くらい買わないとだろ?」
偶然か、ターキに向けて言ったアレフの言葉と全く同じ事をこの駄馬も言った。もうそれだけでアレフは苛立ちを憶えるが、買い物に行ってくれたのは素直に感謝する
「そーかよ、それで誰がバカだと?」
「バカみたいに外で泣いて、バカみたいにそのまま眠って、バカみたいな寝起きの呟きを聞いてバカって言わない奴は居ねーよ……横、見てみな」
駄馬……マスターに促され、アレフは窓とは逆側、マスターのいる方に体をひっくり返す
「な?」
マナが居た。涙の跡で目を真っ赤に腫らした愛しの娘が静かな寝息を立てて眠っていた。それはそれは幸せそうに
「夢じゃなかったんだぜ?喜べよバカ」
「うるせぇ駄馬……なぁ見てみろよ、超可愛いぜ」
「残念だったな、俺はお前が寝ている間存分に楽しましてもらったんだ。お前より先にな!アッハッハッハッハッ!」
この後、マスターとアレフが派手に喧嘩してターキに怒られ、物音を散々立てられたのに一切起きないマナ、と
中々にカオスな一幕となったのは言うまでもない。
▶▶▶
それから数日後
「もう行くんですか?せっかく街の皆とも仲良くなれたんです。もう少しゆっくりして行ってもらえませんかね」
「いや良い、だってお前らちょくちょく闇討ち狙ってくるからな。いい加減俺の体がもたない」
出発の準備を整え、すぐにでも街を出れる状態のアレフら一行は最後の挨拶を済ますべく、道のど真ん中でターキと明るく談笑していた
「また来て下さいね、次こそは完璧に仕留めてみせますので……それでは」
「あぁ。ほらマナ、ターキに礼を言っておけ」
「うん!おじさん、けががなおるまでこのまちにいさせてくれて、ありがとうございました!」
「いいえ。そして済まなかったねお嬢ちゃん、もう君には手をかけない事を約束するよ……マスターにもね」
「宜しく頼むぜ」
別れの挨拶を済まし、すっかり「いつも通り」の二人と一匹へと戻ったアレフら一行はサモラの街を出、また目的地も何も無い旅に出るのでした
……「いつも通り」と言っても、少し
いや本当に少しなのだが、変化はあった。具体的に言うと
「パパ〜♪」
「マナ、抱き着くなら前からじゃなく後ろからにしろ。前が見えない」
アレフとマナの仲が以前より良くなった……という事だ
「うっぜぇ……」
マスターの心からの呟きは、もう誰にも拾われず、雲一つない真っ青な空へと消えていった―――




