旧友の腹ん中は真っ黒です。
シューズとアレフは麦畑を越えて、ただただ真っ直ぐ突き進んでいた
「なぁ、何も無いけど本当にこっちであってるのか?」
「黙ってついてこい……」
シューズは全く取り合わない。先頭を歩いて一度も振り返ろうとしない
少々寂しく思えてくるが、根本的に敵らしいので多少は仕方ない
「うわっ」
と、急にシューズが立ち止まった。アレフは怪訝な表情で前を見る、が、やはり前には一面の野っ原と真青な空のみ。他には何も無い
「何だよ、アリさんでも通ってたのか」
「違う……よし、ここだな」
シューズは何も無い宙に手を添える。
何をしているのかとアレフは訝しんだが、その手に光る紋章を見て察する
「離れてろ」
「わかった」
いやー、そうだとしたら「よくできている」俺が見破れないのだから相当な完成度、ナルシストな意見かもしれないが
本当に、よくできている
(この結界)
アレフがそんな事をぼんやり考えるのも束の間、空が裂けた
バリバリバリと、幾つもの裂け目が空にでき、広がって繋がった
「気づいたと思うが、ここは結界だ。だから建物も警備もザルだった。俺じゃないとこの結界は解けないからな」
なるほどな。理屈は通っている、と思う。それなら余計にこいつを仲間に入れれて良かった。さもなくば詰んでいたのだ
「言っておくが、俺の手助けはここまでだ……ここを出れば街に出る。そこからは勝手にしろ」
「充分だ、ありがとう」
アレフは素直に礼を述べ、軽く頭を下げてやる。あいにくシューズは後ろを見ていなかったのでそれを見る事は無かったのだが、何となくわかった。何となくで充分だ
人前で泣くなんてみっともない姿を晒した上、頭まで下げられては立つ瀬がない。というものだ
だから、何となくで済ます。それより結界がそろそろ壊れそうだ
「……頑張れよ、いや……頼むぞ」
「あぁ、任せろ」
瞬間、アレフの視界は光で満たされた
▶▶▶
それより少し前、ターキの家、その裏口に当たる少し手前で眠りこけていたマスターは唐突に目を覚ました
(ん、へ?お、俺、寝てたのか……?何で?確かターキに言われて裏口に回って……それで急に眠くなって)
そうだ、塀の向こうに人影が見えたと思ったら、首筋に何か刺さったんだ。針のような……チクッとした
「あ、そうだ……マナちゃんとターキは何処に。部屋の中か?」
そんな事をブツブツ、寝ぼけなまこなまま呟き、目の前の裏口の戸を頭で押し開ける
「おーい……って居ねぇ」
部屋の中はがらんどう、家具はあれども人は居なかった。飲み物の入ったカップが二つ置いてある、湯気は立ってないので時間は経っている
(そーいや、夢ん中でマナちゃんの声がしてたよな……確か「だいじょーぶ」だとか何とか……あっ)
「やべぇ……やべぇよ!アレフはどこだ、早く伝えないと!」
バゴーン!木で出来た裏口の戸、そして同じく木製の壁を少々ぶち抜きマスターは駆け出した。人影のあった塀を飛び越え何処へともなく突き進む
(アレフ、アレフはどこ行きやがった!)
駆ける、駆ける、駆ける
決して大きくはない街中を無造作に走り回った。それを見た道行く人らはそれぞれ様々な表情を浮かべているが、大体の奴らは驚く。そしてたまに恨みの篭もった目線を向けてくる「目が覚めやがったか」くらいの事を言いたげだ
(てめぇら全員グルか……!なら!)
ズザッ、マスターの足が止まる
人々は恐るように距離をとるが、マスターは気にもしない
「おいおめぇら!俺の相棒と、その娘を何処にやった、さっさと出さねぇと酷い目に合わすぞ!」
鼻息荒く、声高らかに。馬的に最も遠く、強く声を響かして尚且つビビらせるにはこうやるのが良い。出来は最高
しかし、いやまぁ当たり前なのだが名乗り出る者は居ない。わかっていた事だが、この街の住民ほぼ全員がこの「罠」に関わっている。グルなのだ
(さて、ヒントは何処にある。何処にも無かったらアレフは諦めるか……?)
よし、そうしよう。別にあいつの事は好きでもないが信頼はしている。信頼足りうる奴だ。だからこそあいつは見捨てる、放っておいても帰ってくる。
が、マナちゃんは別だ。確かに魔力も腕力も並外れた凄い子供だが、それでも子供だ。きっと今頃敵を薙ぎ倒して、その屍人山の上で寂しくて泣いている事だろう
「スンスン……ん?どっからか麦の匂いが」
その時、人々の中心で堂々と立つマスターを攻撃しようとその背後から人が詰めようとしたその時、風が吹いた
その風に乗り、ここら辺には無いはずの麦、その匂いがする。懐かしい、落ち着く匂いだ……
(風上は……こっちか!)
マスターは蹄を地面で鳴らし、バレバレの奇襲を仕掛けようとする下々を大いに怯ますと、ジャンプした
たった一蹴りで軽く人の壁を飛び越え
未だ驚いた表情の下々を軽蔑の目で一瞥し、再び駆け出した。目指すは麦の匂い、その風上
そっちにアレフがいる確証は一切無いが、ただ無闇にこの街を駆け回るよか余っ程確率は高いだろう。ましてや俺ことマスターは天才。信じて止まない自分の感性を今日も今日とて信じて走るのみ
(これで違ったら諦めてマナちゃん探そ……ぶっちゃけアレフは居ない方が、俺とマナちゃんだけで旅出来て楽しいし)
さて、これは本音か冗談か
笑いながら走るマスター以外はそれを理解することは一生無いだろう
▶▶▶
さて、マナはというと……昼寝していた。ロープをどうにも出来ず、それどころか疲れて眠ってしまったという訳だ。寝息を聞いた見張りの人間も釣られて眠っている。ターキもそれを起こそうとはしない
(流石のアレフも結界は越えれまい……そして、ここも見つかりやしない。昼寝くらいさせてやればいい)
というのがターキの見解だ。余程の自信があるのだろう
その証拠に、紅茶を飲みながら外を優雅に眺めている
「さぁーて……アレフ、君はどうする」
ターキはどちらかと言うと期待していた。このまま何事も無くマナを出荷
商品として客に競らせ、紹介料と競り金の一部……情緒無く言えば大金が手に入る。それが最も望ましいのだが
彼が古くから知るアレフはもっとしつこく、面倒臭い奴だった。絶対不可能と言われる犯罪も、命をかけてまで情報をこ削ぎ集め、そこから最も確実な方法を選ぶ……時にはアドリブの対処法でピンチも難なく凌ぐ。天才だった
そんな天才はこの街にも牙を向いた
ドラッグの売買。その中心にいたこの街を叩き壊して見せた。それに携わっていたターキも当然大打撃を受けたが、そんな事よりも彼、アレフへの羨望と妬みが膨れ上がる方がよっぽどターキの心を満たし尽くした
そして、ターキの心に一つの願望が生まれる
「彼が何かを失敗し、絶望する所が見て
みたい」
という物だ。しかし、今回の作戦を立案した理由は勿論それだけではない
昔のように裕福で何の不自由も無い生活を取り戻したい。という思いはターキだけでなく街、サモラの住民は皆思っていた
ならば、とターキはアレフの情報を集めた。元は彼らも暗い道を行く者同士
個人の情報を集めようと思えば幾らでも集めれる。特にターキは「元情報屋」多方面に顔が利く彼は、独自のルートで現在のアレフ、その身の回りの変化
その情報を得尽くしていた。故に今回の作戦は用意周到、待ち侘びていた
だから、彼らがサモラに入ったと聞いた時は歓喜した。「遂に彼を陥れれる」と、古くの友ながら一度も見た事の無い彼の涙を見れるかもしれないと
ただただ純粋な好奇心が今の彼を突き動かしていた。マナには悪い事をする
このような事に巻き込み、人間オークション行きにされるのだから
人間オークションに出されてしまえば
誰に買われようとも変わらない。待っているのは地獄、奴隷のように死ぬまでこき使われるか、もしくは慰みものにされるか……どの道死ぬほど辛いのには変わりない
街の中にも、「その子は関係無いだろう」という声もあった。ターキもその言葉の意味はわかる。それがわからない程鬼では無い、鬼では無いが彼は根っからの子供だった
子供だから必要以上に着飾り、言葉遣いにも意識し、そして好奇心に身を任せる。そして彼の好奇心を満たす……
「アレフを絶望させる」という、至福で至高の好奇心を満たすには、どうしても彼女を危機に晒さなくてはならない
さすればアレフは死に物狂いで助けに来るだろう。文字通り自分の身など気にも止めず……そこでこう言ってやるのだ
「お前はここで終わりだ……!」
と、ふふふ……そこで茂みに隠した街の人間達、それぞれが銃器を持った人間らが突然飛び出し、自分らを囲んだら、流石のアレフも一瞬怯むだろう
だが、逆に言えば「怯むだけだ」
それでは充分ではない。それに「足」は馬、それもマスターだ、彼の事も古くから知っている……世にも珍しい人語を理解し、ましてや喋れる馬。あいつの膂力も並外れている。全力で飛べば人の壁など苦にもならないだろう
だから、だから銃で狙うのはアレフではない……マナだ。マナを蜂の巣にする。アレフの姿が見えた瞬間、作戦はプランB、つまりこれに移行する
ハッキリいってターキはこちらを望んでいた。じゃないとアレフの絶望した顔が見れない……そう、項垂れ、この世の終わりと言わんばかりの死んだ目
それを満足いくまで眺め、それで今度はこの紅茶ではなく酒のつまみとしよう。さぞ美味いだろう、病みつきになってしまうかもしれない
「だから、ぜひとも来てくれよアレフ……待ってるぜ?ぶふっ……」
ターキは一人、紅茶を飲みながら不気味に笑った
▶▶▶
「あー……なぁ、倅。何か近付いて来ていないか」
「お前目が良いんだな。俺には土煙が上がっているようにしか見えない」
所変わってアレフとシューズ、結界を解き、少し離れたサモラの街に向かって歩いている所……遠くに土煙が見えた。もうもうと立ち上がるそれは段々と近付いて見えるのだが……何分それを確認できるのがアレフしか居ないので、アレフ自身あまり確証は無かった
「そんな気がする」というだけだ
「お前のお仲間さん……って可能性はあるか?結界が破れたのを察知して飛んできたとか」
「いや、それは無い。結界を作ったのは外の奇術師、鍵は俺が代表で預かっただけで他の誰も結界には関わっていない。誰もそんな事はわからないはずだ」
ふむ。この靴屋の倅が嘘をついているという可能性もあるが、そんな事を一々疑っていてはせっかくの関係を崩してしまう。信じた者は救われるのだ
「だとしたらアレは一体……?」
アレフと靴屋の倅……シューズは片手で傘を作って日を遮り、少しでも見やすくする、と
「ぅおーい!」
何だか聞き慣れた声が聞こえた気がする。気のせいだろうか
「ぅおーい!ハズレのアレフぅー!」
いや当たっている。あのムカつく声、そして内容……そして馬の形、あれは
長らくの付き合い、腐れ縁と言うべきか?
「……ありゃお前の方の仲間か」
「あぁ、どうやら迎えが来たらしい。腹立たしいが」
アレフは苦笑を浮かべる。それを見たシューズは「何故こいつはこんなに嫌そうな顔をしているのだろう」と、とても純粋で、以ての外な疑問を抱く
何故?嫌そうな顔を?
「嫌いなんだよああいう時のアイツ……テンション高いんだよ」
「うえぇぇぇぇぇぇい!」
嘆息するアレフとそれを見て今度は苦笑したシューズ、そして味方を見つけて何だかんだ喜ぶマスター、このいつも通りじゃない二人と一匹が、一つの街、一つの悪意を今、掻き乱す―――




