ピンチは予期せぬタイミングでやってきます。
サモラ、名前は知っていてもどんな街かは知らない、多分普通。というのが世間一般の評価、そんな街
二人と一匹はそんな「きな臭い」街にいた。だって誰もどんな街かわからないのだ。
以前アレフとマスターはこの街に来た事があると言ったが、「何故」そんな普通の街にわざわざ出向いたのかと言うと、そのきな臭さ、普通の裏に隠された暗い、とても暗い影を敏感に察知したからである。そしてその勘は見事当たった
そしてこの二人……アレフと今の今まで対峙「していた」二人、図体がひたすらに大きく、腕力に知能を持っていかれたともっぱら評判な「メレ」と、今度は逆にそのあまりの賢さに知能に髪の毛の栄養を吸われたと有名な「カヌ」
彼らは、この街にのさばっていた「影」
ブラウン一家と呼ばれるドラッグディーラーらの残党である
「なんでまだお前ら俺に怒ってるんだ?もうブラウン一家が無くなって十年は経つだろ」
「当たり前だ!この街の住民皆がお前の事を恨んでいる!恨みの根というのは深いのだよ!お前が思っているよりもずっと、ずーっとな!」
「そーだそーだ。この街はドラッグの売買で成り立ってたのにそれを横槍一発でぶち壊しやがって……」
そこら辺に落ちていたロープで背中合わせにぐるぐる巻きにされたメレとカヌはギャンギャンと未だ吠えたてる
そう。彼らの言う通りブラウン一家はアレフ、そしてマスターが潰した。理由は特に無い、強いて言うなら「気に入らなかった」からだ
故に、売買のルートをひたすらに掻き乱し、方を守る組織がそれに気付くよう情報を流し、流して僅か一週間でブラウン一家は消えてなくなった。ボスのブラウン・ラヴは今頃檻の中でのうのうと生きていることだろう
「……あ、あの」
「あぁ……すまない忘れていた。逃げてもいいが俺の事は黙っていてくれないか?恩を返すと思って」
ヨボヨボの男は逃げるように去っていった。返事は無い、まるで俺から逃げるようだった
(これは不味いか……?)
「ぐひひ……お前はもうこの街から出られないぜ」
「……ほー」
「冗談だと思うなよ?メレは馬鹿だがその分正直者だ……」
ふむ、実際急がないといけない状況になってきたかもしれない。しかし、その前にこいつらから一つだけ聞いておきたい事があるのだ
「さっきメレに「アレ」やれ。とか言ってたが、結局何をやろうとしたんだ?」
「アレ」、カヌがメレに謎の指示を出したのだがそれを危険と判断したアレフが何かをされる前に勢いで押し切ってしまったので結局出ず終いだった。
アレフとしては気になる所である
「ハッタリだ」
「は?」
「だーかーらー、ハッキリだっての。この馬鹿に物を壊す以外の何が出来るんだよ」
「兄貴ひでぇよ!俺、人を脅す事も出来るようになったのに!」
こいつらは本当に仲良しコンビだと思う、出会った当初からそうだった
お互いを庇い、片方だけでも法の魔の手から救おうと躍起になっていた
だから彼ら二人は見逃した。
「……会えてよかった。じゃあな」
「「俺は会いたくなかったがな!!!」」
最後の最後まで息ピッタリではないか
いつか俺とマナもあそこまで呼吸を合わせれるようになりたいものだ
そう笑いながら路地裏を抜け、もうすぐそこの花屋へと歩き出したアレフは
これまた「変な風」を感じる。雰囲気とでも言うべきか……何か嫌な事が起こりそうな、そんな風を感じる
(……災難が俺に向けばマシなんだが)
マナは無事だろうか。ついでに馬も
親愛なる旧友ターキの家まで行けばもう安全、彼は自分らの味方だ。そこは間違いない……故にそこまで辿り着くのがあいつらにとっての壁となる
万事、上手いこと流れれば良いのだが
(っと、花屋到着……人気はある。バレないように声はあまり出したくないな)
ここは盗人七つ道具、その三つ目の出番だろう。その名も「変音機」ほくろ並に小さな機械で、口元に取り付けると自分ではない誰かの声になり代われるという不思議な道具だ。アレフはこれをどこからともなく取り出し、サッと貼り付けて花屋の前に立つ
「いらっしゃいま、せ……?」
まぁそれでもフードで顔を隠し切った不審者だ。警戒もされるだろう……手早く買い物を済ませてこの場を去らなくては両者不幸な目にあってしまう
「ユウジンヘ、プレゼント、シタイノダ。ナニカオススメハ?」
えらく機械的な声になってしまったが
まぁ不審感なら今更だし大丈夫だろう
こういうのは勢いが大切だ。ソースは俺の盗人人生経験
「あ、は、はい。こちらに」
よし来た。店員は招くように店内を示し、アレフは迷いなく中に踏み込む
一切同様や不審な動きを見せないのがポイントだ。逆に言えばそこさえ通せばもう怖いものは無い
(……ほぉ、造花というのもあるのか)
何と手製の花らしい。この美しい花弁一枚一枚人の手で作り上げられているのだろうか……だとしたら、マナには怒られるかもしれないがこの造花とやらを包んで持っていきたい
自然のものも大切だが、努力の結晶というのは如何せん俺の琴線に激しく触れ、揺れ動かす
「コレニスル。」
即決。悩む時間も惜しいのでこれに決める、店員はアレフの変な声を何とか聞き取り、指さされた造花を何本か掴み、奥に持って下がる
(……さて、ここからターキの家までどれくらいだろうか、何なら屋根でも伝って行こうか)
待ち時間はもれなく思考の時間だ。ルートを何通りも頭の中で立てては崩し
立てては崩しを何度も続ける。ただ最短、そして安全な道を見つける為に
「お、お客様?こちらで宜しいでしょうか」
と、いつの間にか店員が戻ってきていた。実に仕事が早い、プライベートなら褒めている所だ
「アァ、コレデイイ。カイケイハコレデタノム」
細かいのを持ち合わせていなかったので、腰にぶら下げた皮袋から金貨を一枚取り出し、店員に渡す
「……え、えぇ!?金貨ですか!?」
店員はしばらくフリーズしていたが
まぁ数秒もすれば帰ってくる。驚いた様子に変わりはないが会話が出来るなら充分だ
「アマリハキミノポケットニ、イレテオキナサイ。スバラシイシゴトヲ、ミセテモラッタレイダ。」
この声だとやはり雰囲気に合わせて機械的に喋った方がそれっぽいようだ。店員から先程の不審感がみるみる薄れ
照れや、誇りの篭った良い表情になった。これはバレる心配をする必要もなくなっただろう
「ソレデハ、コレデシツレイ……」
ガシッ。店員に手を掴まれた
何だ別れでも惜しんでいるのか、だったら照れるな
「もう少しゆっくりしていって下さいよ。ねぇ?ア・レ・フさん?」
「……いつから気づいていた?」
ペリっと口元の変音機を剥がし、ポケットにしまう。バレてるのなら声や喋り方を変えても恥ずかしいだけだしな
「最初からですよ?貴方がこの街に入ってきている事はだいたいの住民が知っているはずです」
「本当か?」「はい、本当です」
うーん、これは不味い。本当に不味い
バレているのが俺だけなら別に良いがマスターもバレていたら心底不味い
何せマスターが襲われる=マナが危険に晒されるという事だ……それは避けたい
「貴方は聡明な方だ。ここの出入口は一つ、そして外はもう包囲されている……逃げるのは不可能です」
ちっ。そう言われて一々大人しく捕まってたら泥棒なんて勤め上げられないっての、逃げるが一番!
アレフはフードを外し、花束片手に店の外へ駆け出す。すぐに外が見えるが
店員の言う通り住民が店を囲んでいるようだ、農具等の武器も持ち合わせている。もうクワとか殺しに来てるだろ
(けど、そんなもんなら余裕!)
地面を一蹴り、アレフは宙を駆けた
店を取り囲む人々の頭を軽く越え、包囲網を抜ける。身のこなしは盗人職業をやる上で最重要事項、故に鍛え上げられている。これくらいわけ無い
「ぐふふ……」
だから、だからこそ油断していた
「これくらいわけ無い」その考えが甘いと、アレフは一瞬忘れていた。抜けていた
故に、自分の左右に忍ぶ二つの影に気付く事が出来なかった
故に、自分の頭上に網が投げられたのに気付くのに遅れた、どれくらい遅れたかというと、もう逃げられないくらいには遅れてしまった
(メレ、カヌ!)
網を投げた二人の姿を確認したのも束の間、アレフの体はバタンと無理やり地に伏せられる
「……………………最悪だ。」
「「「「「「やったーーーー!!!!」」」」」」
店員、メレとカヌ含めそばに居た住民全員が無様に捕まった獣でも見に来たかのようにアレフに近寄り、嘲笑う
「ざまぁみろ」とでも言いたげだ
その後、網を結ばれ、逃げ道を塞がれる。穴を突き破って出ればいいと思うが、それは出来ない網とはそんな簡単に脱出できるような代物では無いのだ
アレフは完全に袋小路に嵌った。もう逃げる事は出来ない……そんな中、ただ頭の中にあるのは、一人と一匹の事
(マスター……マナの事を頼むぞ)
そう頭の中で呟き、アレフは目を瞑った
▶▶▶
「つ、着いた……」
「ここがパパのおともだちのおうち?」
「あぁ。前に見た時となんも変わってない」
一般的な古民家……小さな庭には薪割り用の台と斧が置かれている。他に何も変哲は無い。至って普通の家
マナは荷台から飛び降り、家のドアに駆け寄り、「もうはいっていい?」とマスターに聞く
「ダメだ、ちょっと待ってろ」
何せこの街は危険極まりない。たとえ旧友の家に入るのにも注意は必要だ
例えばターキ以外の人間が居たら、それだけで不味い。俺とか超目立つし絶対バレる
「おじゃましまー!」
「待てっつってんだろ!?」
マナからしたらそんなマスターの心配も知った事では無い。何せ今の今まで荷台で静かに揺られていたのだ。フラストレーションは溜まりに溜まりまくりだ
バタン。とドアを乱暴に開けたマナは
思ったより大きな音が鳴った事に驚きつつ、家の中に誰も居ない事にはてな?と首を傾げる
(……においはするのに、なんでだろ)
そう、匂いがするのだ。人の匂いが
それもまだ色濃い。恐らくついさっきまでここに居たはずなのに、その姿が見えない
「おいマナちゃん、俺の言うこと聞かねぇと後でアレフに怒ら、れ……?何だ誰も居ないのか?」
マスターはその体を全部入れるのは叶わないので頭だけひょこっとドアから出す
「んー……おうまさん、マナここいや。なんかこわい」
「ほぉー、マナちゃんにも怖いと思うものがあるのか!こりゃ後で報告だな」
ガッハッハッー!ともう一切おしゃべりを隠す気を無くしたマスターは今までの鬱憤を晴らすかのように笑い倒す
しかし、マナは笑えなかった
「ん?マナちゃんどうした、そんな顔して。そんなに怖いのか?」
違う、違うのだ
「んー、なら一旦ここを離れるか?無理してここに居る事は無いしな」
何故、何故気づかない。おうまさん、マスターの背後、本当にすぐ近くなのに
その体の後ろ、誰か見知らぬ人がいる事に―――




