友の為に花を買おうと思います。
昼。天、快晴。場所、野っ原
いつも通りの二人と一匹は真っ直ぐに道を進んでいた。ただ、目的地が出来た。それは旅行雑誌にも乗らないマイナーで小規模、知る人ぞ知る街
その名も「サモラ」意味は(普通)
アレフとマスターは昔、仕事で数回行ったことがあるのだが、彼らの言葉を借りてこの街を表現、それも一言で現すなら「超普通」といったものである
さて、今回何でそんな所に行くのかというと、ずばり人に会いに来たのだ
アレフの数少ない「人の」旧友
それも真っ当な人生を送っているという、アレフの人生単位で見ても稀有な知り合いに会いに来たのだ。名はターキ。アレフより少し若い男だ
「ターキはなぁ、アレフよか余っ程マトモな男だ。マナちゃんもああいう奴の所の子供になるべきだったな」
「おいクソ馬」
「何だよ、本当の事だろう。特にターキの方がマトモって部分とかよ」
それを聞きアレフはとんでもなく大きなため息を吐く。もうそれは「はぁ」とかではなく「はああぁぁぁぁ」くらいの
「違う、お土産は何にしようかって思ったんだ。お前の戯言なんてマナも俺も聞いちゃいない」
アレフの言葉に、それまで前を向いてトコトコ歩いていたマスターは驚いて振り向き、見事眠りについているマナの顔を見て、軽く冷や汗を垂らす
「……ターキの事だ。食い物よか花とかそういうのの方が喜ぶんじゃないか」
「うん、やっぱそうなるよな……仕方ない、花屋に寄ってそれからアイツの店に顔を出そう。そしてすぐ帰る」
あら珍しい、アレフはえらく焦っているようです。それに落ち着きがありません、何度も足を組み直し、姿勢を変え、ずっとソワソワしています
と言っても旧友との再開にワクワクしている訳ではありません。どちらかと言うと「怖がっている」んです
「なぁマスター……まだあると思うか?アレは」
「あるだろうな。まぁマナちゃんも今更どうこう言わないさ。気楽に行こうぜ」
二人と一匹はいつも通り街へと続く門を潜る。その先で待ち受ける物を各々夢見ながら……
▶▶▶
さてさて、街に入って一発目。何より先に目に入ったのは大きな掲示板
そのど真ん中、一番目立つ場所にアレフの写真が貼ってあった。その下には「WANTED」と血を模した真っ赤な字で書かれている
(こりゃやっぱ長居は不味いかな……)
それを見たアレフはフードを深く被り
極力顔を見せないようにする。マナは寝てるから別として、マスターもマスターで少し辺りをキョロキョロ忙しなく見渡している。これではまるで田舎者が街に初めて来たか、もしくはガッツリ怪しい奴かの二択になってしまう
「おい、移動するぞ」
「き、厩舎か?俺、あそこは嫌だ……」
「違う。そして喋るな……おいマナ、街に着いたぞ。起きろ」
アレフはマスターから一度視線を外し
横で眠りこける愛しの娘を軽く揺さぶり起こしてやる。「むにゅ……?」なんて寝ぼけて言いながら眼を擦る。もうそれを見ただけで少し癒される
「マナ、俺は今から少し花屋に行ってくる。その間俺の代わりにマスターの手綱を持っといてやってくれないか?」
「んん……ふわぁ、ここどこー?」
「ここはサモラだ。朝に話しただろ?」
しかしマナは首を捻るばかりでハッキリしない。正直ここで時間を食うわけにはいかない。何せこのサモラ、この街の人間は俺を死ぬほど恨んでいるのだから……
「頼むぞ。進むのはマスターが勝手にやるから、お前はこの手綱を持っているだけで良い。喉が渇いたら俺の水筒から飲め、それからお腹が空いたら……」
「おいアレフ、大丈夫だから早く行けっての(小声)」
しまった、ついつい親バカが炸裂手榴弾してしまった。最後におはようのキスをマナの頬にして、アレフは足音も無く、静かに人気の無い路地裏へ消えていった
「……おうまさん、パパはなんであんなにいそいでいたの?」
「……マナちゃん、すまないが俺は会話できない。事情は後で話すから静かに着いてきてくれ。な?(小声)」
んー、何だか煮え切らない返事だ。それに何故そんな小さな声で話すのだろう。いつもならもう周りの人が苦笑するくらいの大声で話したり歌ったりするのに……なんて事をマナが訝しんでいると、荷台がガタッと大きく揺れた
車輪が小石を踏んづけたのだ
(でも、パパやおうまさんがそうするってことはなにかあるんだよね……!なら、マナもちゃんとしなくちゃ、ね!)
結局、マナはそれ以上質問等する事無く、マスターの言う通り静かに着いていく事にした。
▶▶▶
「さて……そうは言ったものの買い物なんてさせて貰えるのか?」
路地裏で一人、そんな事を呟きながら
現役の盗人よろしく足音一つ鳴らさず
まるで影のように道を進むアレフ
どうやらまだ仕事の習性は体に染み付いているらしい。何だか嬉しいし、同時にマナに申し訳ない気持ちになる
(と、そんな事考えてる場合じゃないか……花屋は確かこっち、だったよな)
道を右に曲がろう。としたその瞬間
複数の人の影が見えた。アレフは即座に陰に隠れ、様子を覗いてみる。どうやら何か揉み合ってるようだ
「…かね……かえせ!……つま…むすめ…………からだ……!」
なんて言葉が聞こえる。えらく低く野太い声だ、それに何か聞いた事がある気がする……というか中々ヤバい状況らしい。あんまり関わりたくないな
しかし、一度聞いてしまった手前
そうそう簡単に引き下がれるほどアレフの好奇心はくすんでいない。むしろ人影との距離を詰めていってしまう
「それだけは!それだけは止めてください!お願いします、お願いします……」
と、ここでさっきのただの野太い声とは全く別の、低く、それでいて威厳を感じさせるような声が響いてくる
「じゃあどうすんだ、お前の体でも売り飛ばそうかよ?そんなヨボヨボでも、内臓くらいなら売れるんじゃねーの」
ふむ、なるほど……ああいう会話は数年前までよく聞いていた類のものだ
その名も「借金取りの恐喝」
(内臓うんぬん言ってたヤツの声も聞いた事あるな……なんだったか)
そう、それは確かこの街に初めて来た時に……
「あっ、ブラウン一家のバカとハゲか」
(あ、しまった)
アレフは呟いてから思わず自分の顔をペシっと叩く。やはり現役の時と比べて気が抜けているのだろうか
「あ、兄貴、あっちから声がしたぜ!」
「うるせぇメレ、わざわざ叫ばなくてもわかってる……おい、お前逃げんなよ」
あぁ、こりゃ不味い奴だ。あいつらこっちに来やがるつもりなのか、それも二人一緒に……せめて片方なら楽なのに二対一は面倒極まりない
「おいメレ、お前アレやってみろ」
「アレ……?アレってなんすか?」
(アレ?何だバカさしか自慢の無いメレが何か出来るようになったのか……?)
だとしたらここでジッとしているのは良くないかもしれない。後手後手に回るのは性に合わない、人生先手必勝だ
アレフはフードを深く被り直し、万一にも顔が見えないようにしてからポケットに入った一枚カードを取り出す
(さぁ、久々の喧嘩だ。気合い入れていこうぜ……!)
そう口の中で呟くと、カード「A5」が呼応するように青く光る。さぁ、火蓋が切って落とされる―――
▶▶▶
さてさて、所変わってマナとマスターはというと何事も無く、万事順調に事を進めていた。ターキの家はもうすぐそこだ
(取り敢えず俺らだけでも先に着かないとな……あの家の中なら安全だろ)
何せ、この街の住民は纏めて全員敵だ
と言っても俺ことマスターは何もしていなく、実際関係があるのはアレフただ一人なのだが……まぁ住民からしたら俺も共犯で、言い逃れも出来ないのは充分承知しているが
ま、そういうわけで急いでこの街唯一の味方の住む家、あの家に駆け込まなくてはいけない
「おうまさん、とまって」
「っとと、どうし……ブルヒヒヒヒ?」
(危ねぇ。人の言葉喋るなってのも難しい話だな)
で、マナは何故マスターの歩みを止めたのかというと、それは彼女の視線の先にある一枚の紙が理由だった
「……うぉん、てっ……ど?なんでパパのしゃしんがここにあるの?」
マスターはこのマナの言葉に自らの肝が冷え上がるのを体感した。人生初めて感じる類の恐怖……いや、自分の凡ミスへの後悔か?
マナが見ているのは、俗に言う「手配書」懸賞金がかかった犯罪者の情報が乗った紙だ
そう、街に入ってすぐあった物と同じ物だ。マスターはあれを極力避けてここまで進んできた。マナはこれを見たら必ず食いついてしまうと感じとったから……そして当たった
(な、なんて言おう……)
マスターは人生初の肝冷えの余韻に浸る間もなく、半生で最も頭を捻り始める。全てはマナを素早く納得させる為
「あ、あ……アレフってこの街ではちょっとした有名人なんだよ。だから写真を飾って賞賛されているんだ(小声)ウォンテッドってのはありがとう!って意味なんだぜ(小声)」
「ほえぇ……じゃあおうまさん、いつもうぉんてっど!なんてね。えへへ……」
くぅ!罪悪感!罪悪感がヤバいな!
そして俺もWANTED(指名手配)されてっからあながち間違ってないぜマナちゃん!
案外マナがあっさり信じてくれたおかげで、どうやら一人と一匹はもうすぐ目的地に辿り着く事が出来そうだ
さぁ、事態は壊れ、狂いきった時計の秒針ばりに動き出す―――




