燃える犯罪者魂、です。
図体のデカい奴は大抵ノロマ。一般的な常識では確かにそれは通用するのだろう、が何事にだって例外は存在する
例えば今とある二人を追いかける巨大な「鬼」はというと、その図体の割に合わない足の速さでグングンと距離を詰めつつあった。元々人と鬼とでは歩幅に差があり過ぎる、その上脚まで速いとなると獲物は蛇に睨まれた蛙。まな板の上の鯉よろしくもうどうする事も出来やしない
「アレフさん追いつかれちゃいます!」
「ならもっと速く走れ!そんで、ついでにハナの居そうな場所を教えろ!」
しかしそんな異形の化け物に追いかけられている二人はと言うと、片方が弱音こそ吐くもののその腕にはしっかりと食料が抱きかかえられていて、もう片方は不敵にも小さく笑いながらこれまたヒュンヒュンと風をきって逃げ回っていた
その人とは思えぬ速さと身のこなしの理由と言えばやはり二人の素性が大きく関わっているのだろう。何せ笑いながら走る大人は元とは言え世界から「大泥棒」と呼ばれ畏怖されていた男で
もう片方の腕に食べ物を抱く子供は一端の忍びという、全く堅気とは程遠い存在であった。特に子供の方は両腕が塞がっているとは思えない身軽さで見事な逃走劇を演じ、そのポテンシャルの高さを存分に鬼へ見せつけていた
さて、そんな獲物らが一向に諦める気配すら見せずうろちょろと逃げ回るのをこれまた追いかけ回すしかない鬼はどのような心持ちだろう?古い童話にもよく出てくる「鬼」という存在だが
アレフ……泥棒の方の名だが、彼の見立てではどうやらその童話はあながち間違ってなかったらしく、鬼は間もなく怒りをあらわにし手にした棍棒を見境なく振り回し始めた。おかげで周りの家屋は軒並みボロクソに叩きのめされてしまったが、逆に言えばそれだけ
この忍びの里に住む大概の連中は鬼が出現するより少し早くこの里からこぞって逃げたらしく、その流れに乗り遅れた忍びの少年タスケと、それを訳あって追っていたアレフ、後はタスケ曰く自分同様逃げ遅れているかもしれないというこれまた忍びのハナ、という少女の計三人がここ、忍びの里に今居る三人であり、万が一鬼をどうこう出来るとしたらその可能性を持つのもまたこの三人
「えっと、ハナが居そうなのは……ハナの家、とかですかね!?」
「良いんじゃないか?アテがある場所は可能な限り巡るぞ、ほら、早く案内しろ!」
「は、はいっ!」
いつの間にか師と弟子のような立ち位置になった二人は逃げ、走りながらも軽やかに会話をしその上目的まで決めてしまった。更にそこからの行動は早く、あっという間に鬼を撒ききってそのままぬるり、とハナの家族が住むという家屋にタスケが案内した。手を使わずにほふく前進したりするので流石のアレフも笑ってしまいそうになったが、あまりにもタスケの表情が切羽詰まっているので笑いに笑えず、結局空気と一緒に口の奥底に飲み込んだまま目的地に辿り着いてしまった。願うのは最悪のタイミングでげっぷと一緒に外へ出ない事だけだ
タスケが、戸の裏に誰か居ないかと耳をそばだててからゆっくりと戸を引き
顔だけ出して中をジックリと観察する
日頃と変わった点を探しているのだろうが忍びや堅実な性分の空き巣なら正解なんだろうが、アレフのような風みたく吹き荒ぶ泥棒からすればそれは悪手、パッと行ってガっとやってサッと去ればそれで良いのだ。今でこそ何も言わず一歩下がってタスケの姿を見守るアレフだが、ほんの少し前までの彼ならきっと口やかましく指摘し倒していただろう。これが成長なのかは彼自身よく分からない所ではあるが
タスケは気が済んだのか、はたまた目当てのものが見つからなかったからか家から顔を戻して困ったような表情を貼って、アレフへと顔を向けた
「居ない、です」
「なら別の場所はどうだ。まさか思い付いたのは家だけじゃないだろう?」
「そ、それはそうなんですが……いえ!分かりました、次の場所に行きましょう!」
拳を握って、その表情を先程よりずっと凛々しいものに変えたタスケは、アレフの大変短い助言によってその両腕に抱えた大量の食べ物を一度ハナ家の床へ投げ入れ、身軽にした上でまた走り出した。今度は彼とハナのよく遊ぶ隠れ家へと向かうらしい、それは何処にあるのかと問えば
「里の外れです!」
としか応えない辺り、余程恥ずかしい思い出でもあるのかと勘繰ったアレフだが、何気なしに後ろを振り返って事情を深く、より深く察した。鬼が居た
「ウゴオアァァァァァ!!!」
怒声にも聞こえるその大声が耳に入った時、タスケの表情に宿った勇気が一度に萎んだのをすぐ隣を走るアレフは敏感に悟った
悟った上で、アレフは力任せにタスケの比較的小さな背中を思い切り叩いた
これまで彼に奮った拳の中で最も衝撃の強かったソレはいとも容易く少年のバランスを失い、勢いよく走っていた彼は派手にすっ転び鼻血すら垂れ流してアレフに抗議の視線を向けた。その奥に鬼の姿を捉えてそれすらもすぐに引っ込んでしまったが
そんなタスケを容易く片手を持ってして抱き上げ、再び走り始めたアレフは実に、実に楽しげに笑っていた
「もう後がないんだ、って強引に思い込む事だ。そうだろう?」
この時、アレフは口にこそしなかったが若かりし大泥棒時代を思い出していた。何かから全力で逃げながら目当ての宝を探して回る、こんなにも楽しい事は無いとアレフの細胞は歓喜し、思わずタスケに昔大切にしていた信条の一つを高らかに教えてしまった
(こんな事マナに知れたら今度こそ一巻の終わり、だな……ふふっ)
アレフはタスケを放るように放し、走る事を言外に促すと少年は黙って再び走り出した。アレフの言葉に何を思ったか、その表情には二度と剥がれない断固たる決意を灯しながら
▶▶▶
マナ、それから少し遅れてサシャは里の入口である草むらで足を取られ、苦戦を強いられていた。
アレフが見破った「正解」のルートもそう簡単に見破られるものではなく、それも基本的に立ちはだかる難題らは腕力と魔法でぶち抜いてやるというゴリ押し気質である女性二人は真っ直ぐ進めば依然最短距離である事を固く信じて、力強く歩みを進めていた
当たり前と言えば当たり前なのだろうが、その途中には様々なトラップが仕込まれていた。何処からか槍が襲ってきたり、落とし穴が足元に現れたりと実に多種多様なソレであったがマナもサシャも難なくそれらを叩き潰して進んで行った。文字通り叩き潰したり、落とし穴なんてのは軽い跳躍だけで飛び越えてしまうのだからトラップの作成者はさぞ頭を抱えて、周りからその苦悩を惜しまれる所だろう
結局、あっという間にゴールである忍びの里、その入り口へと辿り着いてしまった。これは本当に里の者は本格的な審査の元トラップの作り直しを検討しないといけないかもしれない。
まぁそんなこと露ほども知ったこっちゃないと、マナそしてサシャは二人して入口に仁王立ちし、さてどうするかと顔を見合わせていた
「……どうしよ、きてもすることないよ」
「食べ物でも取り返せば良いんじゃない?あのバカ勝手にあげちゃうなんて」
サシャはそう言いながらも、その長い耳をひくひくと動かして里の異常をつぶさに聞きかじっていた。
おかしい、人の声が全然聞こえない。
その代わりに獣のような獰猛な唸り声が里の中から響いて聞こえてくる
「……ま、とにかく行ってみましょ」
「うん!ついででいいからパパとなかなおりしてよ〜?サシャ」
「気が向いたらね、ほら、行くわよ」
そうして二人は手を繋いで里へと入っていくのだった。
それとほぼ同時刻、逆側から大きな影が二、三つ里へ入ってきたのは誰一人として気付くことは無かったとさ
続く




