黙って手を差し伸べてやれば良いんです。
アレフの知る忍びというのは、長期間特定の地域に駐在し続けない。寧ろどちらかと言うと様々な場所を転々としていくのが一般的なはず
しかし今彼がここに居る忍びの里という場所は地面がある程度舗装されていて、建物もしっかりと木材を打ち付けいる辺りこの山の中にかなりの期間忍び達はここに住み、日々の生活を営んでいるのは間違いないと言えるだろう
たったこれだけの事でもアレフにしてみれば常識の外の事。思わず生唾を飲み込まずには居られない凍るような空気感。やけに静かなのも眠っているからではなく、何処かから自分の動向を探っているからかもしれない
アレフは額にうっすらと浮かんだ冷や汗を拭い、いつの間にか消えてしまったハナとタスケという名の二人の子供を探すべくまた歩を進める
(にしても、なんもないなぁ………。)
例えば家畜、貴重な食料でもありいざとなれば荷物運びにも出来る大切な足がどこにも見えないし、独特な匂いも全く無い。本当に居ないのだろう
ならば藁は?薪は?野菜畑は?というか食い物は?
ここまで見てアレフは、納得した。
なるほどあの子らが言っていた事はどうやら真実だったらしい。どこに行っても、どこを見ても食べ物の姿や匂いすら有りはしない。里にどれだけの人間が居るかは知らないがよくこれで集落の形を保てたものだと、軽く感心すらしてしまった
しかし、結局里中を歩き回ってもハナとタスケの姿は見えなかった。もしかしたらアイツらの身分そのものが嘘だったのかもしれないな、なんて考え始めたアレフの目にチラリ。と何かが横切った
(人、か……?)
その疑問に応えてくれる者も居ないので、彼は自答するべく何かが見えた。そんな気がした方向へ全力で駆けた
元々建物、つまり障害物自体が少ないのですぐにその根源はハッキリした。
まだ距離を離されていてよくは見えないが、あの後ろ姿は見間違えない
「タスケだ……!」
未だボロを着込んでいるが、フードは外している。その中にあるのは少年でよくある短く切りそろえたざっくばらんの髪型、両手に何かを抱えている辺りあの二人のどちらかと言うのは間違いないだろう
このご時勢、髪が短いからといって男だと決めつけるのは根本的に間違いないだと笑われるようになってきた。しかしあの二人のどっちかというのはまぁ間違いない、はず
しかしまぁ足が早い。相手が子供で自分がもういい歳をしたオジサンだからだろうか。そもそも体力の差がとんでもないくらい開いているような気がしないでもない、がそう簡単に折れてやるほど泥棒の性根は爽やかなものでは無い。どちらかと言うとひん曲がり気味なのが犯罪者の常というものだ
アレフは唐突にルートを変更し、わざと遠回りになるような道をわざと選んで走っていく。その身のこなしというのも流石のもので、忍び顔負けの音の無いアクロバティックさを持ってあっという間にタスケの正面へ回り込んでみせた
「ばっ」
「ひぇっ!?」
暗くてイマイチ見えないがどうやらタスケであっていたらしい。アレフが曲がり角から唐突に現れたのを見て分かりやすく驚き、軽く悲鳴すら上げてくれた。驚かすつもりでやったアレフからすればこれ以上無いリアクションで思わずニンマリと意地悪く頬が歪んでしまった
「な、なんでここに貴方が……!?さっきの、お、鬼じゃ無かったんですか?」
「鬼ってあの頭にツノの生えたデカい奴か?あんなの単なる童話の登場人物だろ?」
アレフが思い浮かべたのは棍棒を振り回して人間に迷惑をかける野蛮な大男
頭に生えた一、二本のツノがチャームポイントな野蛮人の顔だった。童話によく描かれる柔らかなタッチでだが
そんなアレフを見て、より一層タスケは怯えの色を顔に滲ませて首を横向けにブンブンと振り回した
「に、逃げて下さい!鬼が、鬼が出たんです!里の皆はとっくに逃げました!貴方も、す、すぐに!」
「はぁ?おいタスケ、お前本気で言ってるのか?あんな生き物実際に居るわけないじゃないか。架空の生物だろ?」
「だから、居るんですって!鬼が!」
タスケがあまりにも必死の形相でそういうものだから流石のアレフも尻込みしてしまった。確かにこの里に入ってから一度も人気なるものを感じていない、それがもし突然の侵入者であるアレフを警戒していたわけでなく童話にも出てくるわかりやすい強敵に怯えて逃げ去ってしまった後なのだとしたら
(無くはない……か?)
「速く、速く逃げて下さいぃ!!奴らはもう、あ、あぁぁぁぁぁ!!?!?」
「何だ、どうした……ってうぉぉ!?」
突如奇声を上げて震える指をアレフの背後に向けたタスケ、それに釣られて思わず背後を振り返ってしまった
近く、という訳でもないのにえらく大きく見えた「ソレ」は明らかに普通の人間の形を成してはなく、うっすらと額に二本のツノらしき物が見える
つまり、鬼?
「も、もう、こんな所まで……ひぇぇ」
「マジか、マジで居るのか、鬼って!」
「言ってる場合ですか!?」
タスケの悲痛な叫びを合図にして二人は同時に駆けだした。鬼の方は気付いたのか気付いていないのか曖昧なラインで、どうにももどかしい。いっそ気付いて追いかけでもしてくれたら相手してやれるのに、とアレフは歯噛みした。その拍子にふとある事を思い出した
何となく頭数が足りない気がするのだ
「あ、ハナが居ない」
「ふ、ふぇ?」
「ハナが居ないだろ!おい、アイツはもう逃げたのか!?」
「え、えっと……それは……し、知らない、です……うわぁぁぁ!!!やっちゃったぁぁぁぁぁ!!!!!!」
タスケがあまりに大声で嘆き哀しむので、ついつい頭を叩いて無理矢理止ませた。しかしまぁ叫びたくなる気持ちも分からなくはない、このタスケの反応を見るに彼の知らない内にあの少女は何処かに消え失せていて。逃げ行く姿も見ていないとなれば、否応なしに最悪を予感してしまうのが人の性というものだ
ついさっきまで元気な様子で喋り、何なら会話までした相手が一瞬の内に首から上を失っていたなんて事、まだうら若き少年少女からすればトラウマ以外の何物でも無いだろう。だが馴れというのは恐ろしいもので、そんな事を少年より明確に頭の中で思い浮かべつつもアレフの表情は少し足りとも動きやしなかった
「こんなんだから怒られんだろうな!」
「何の話ですかぁ!?そ、それよりハナを探さないと……!ま、まだ間に合いますよね!?」
タスケは今にも泣きそうな表情でアレフを見つめている。助けを求めているのだろうが基本的にそれは間違いだ
何故って、そりゃ手前の女は手前で護りやがれ。というのがアレフの信条であり、彼の中の法だからだ
しかし法には例外がある。例えば法を定めた奴の腹の虫が悪い時とか……
と、その時
ドスン、ドスン、ドスン、ドスン!と地の底から響く振動音が二人の耳に入ってきた、その意味を理解したのは片方の少年だけだったが
少年、タスケはより一層顔色を悪くし
以前走り続けながらも唇を震わせて幾らか声を口につっかえさせつつ、やっと出てきたのは
「お、鬼が来ましたぁ〜!!」
タスケはやらねばいけない事と悪夢かと見間違えるほどの現実との板挟みになって最早半狂乱となっている。多感な時期だから、と言えばそれで終わりだろうがタスケは異常な程、喜怒哀楽が態度に出ると思う。勿論考えが分かりやすくて良い事なのだが
だって、逃げるだけなら泣き惑う事は無い。黙って必死に足を動かすだけで済む
しかしそうじゃないのは、今この少年は今晩共に里を抜け出した少女の事を心から心配し、助けるべく葛藤しているからこそのパニック。それを前にした大人はさて、どうするべきか
黙って手を差し伸べてやれば良い
何時だったか、そんな事を誰かに言われたような気がするアレフだった
続く




