闇に紛れて生きる、俺たちゃ。です
「なぁマスター、そういえばお前ヒュウガから出る時偉くあっさりしていたけど、タマは大丈夫だったのか?」
「どういう意味だよ……アイツだってもう聞き分けの悪い子供じゃないんだ。それに今生の別れって訳でもないだろう?そりゃーあっさりもするさ」
夜、荷台の車輪に歯止めをかけ山中の適当に拓けた広場にて休息をとる一行は川で釣った魚を焼いて食し、女性陣は一も二もなく横になってしまった。
というのも未だにアレフへ怒りを惜しみなく振り撒き倒すエルフの少女サシャがマナを抱き込んでふて寝のお供としてしまったせいで、アレフが何かを言う前に夕食の後片付けと焚き火の管理を誰がするのか決まってしまった
流石に一人では寂しいので、暇そうに欠伸をしていた駄馬も巻き込んだが
話題の中心は専らヒュウガでの事で、特に教会のシスターでありマスターの事がどうやら好きらしい少女のタマに関した話をアレフは多めに振っていた
対するマスターは飄々と柳の如く適当に受け流して早急に話を終わらすべく火を前にして横になり始めていた
「お前よ、あの子の好意はどうする気なんだ?まさか見ないフリなんかじゃ済ませれないだろ?」
「そうさなぁ……どうしたもんかね」
馬なのに腕を支えにして頬杖をつくマスターは視線を宙に彷徨わせて暫く
その間アレフは黙って彼を見つめ続けていたが、その頬が突然緩み笑みの形を浮かべたのが目に入り思わず「えっ」と声が漏れ出てしまった
そんなアレフを再び笑い、マスターは頬杖をついたまま尻を掻いていた。その姿はさながら休日の父親のようで……おっと、俺は父親が居なかった
「俺はね、牝馬が好きなんだよ。人は人を愛するだろう?それと同じだ。全然変な事じゃ無いだろ」
マスターにしては真っ当な回答だ。あまりにも真面目過ぎてアレフの方が欠伸を噛み殺さなくてはならなくなった
しかしまぁそれも仕方の無い事なのかもしれない。何せタマがマスターなんて不細工な馬を好むのは昔窮地を彼に救われたのが原因なのだ
云わば彼女の弱み、それにつけ込むのは誇り高き牡馬としてどうなんだという彼一流の気概なのだろう
だとすれば回答の面白み云々をツッコむのは野暮というものだ。こういう時は決まって静かに頷く、これを十数年やってきた。云わば恒例行事なのだ
「それも、とびきりつまらない。な」
アレフの呟きは、マスターからすれば今までの会話から飛びすぎてきてイマイチ要領を得なかったが、流石に十数年共に過してきた日々は伊達では無かったようで、最終的には何となく意味を理解し、その上でアレフのすぐそこに唾を吐いて笑ってみせた
「もうそろそろ寝かせてくれよ、さっきから眠くて眠くて……ふぁぁ〜」
「あぁわかった、おやすみ」
会話はそれっきり無くなった。暫くして寝息を立て始めた辺り本当に寝てしまったらしい、ここからは一人で焚き火の管理だ。ココ最近めっきり野の獣とは顔を合わせていないが油断するとすぐにどこからでも現れるのが奴らであって、故に火を絶やす事は許されない
暇を持て余しだしたアレフは、焚き火の中に小さく折った木の枝を放り投げながら小さく鼻歌を奏で始めた。皆の眠りを妨げないよう、選曲も前に教会で一人歌った時より静かなモノを選んだ。何時か夜の民家から聴こえてきた母親の子守唄……の聞きかじり。
何処からか猛禽類の鳴き声が聴こえてくる。アレフは耳をそばだてて、そして唄うのを止めた。ガサリ、と一瞬足音が聞こえたような気がした
(噂をすれば……とはまた違う、か)
音も無く腰を上げ、防衛用に持っておいた短剣に手を掛ける。夜目なら効いている。何せアレフも元は闇に生きる大泥棒……例えここがホームの獣らにも決して負けてはいない。そもそも本当に獣が居るのかは定かではないが
ガサリ、また足音及び草むらが揺れる音がした。先程とはまた違う所で鳴ったという事は恐らく相手は複数居るのだろう
だとすれば短剣一本というのは実に心許ない、無意識の内にアレフの短剣を握る手にも力が籠る
(最悪コイツらを起こさないと……と言ってもこんな暗闇、そうそう走れるモノでもないしな。どうしたもんか)
どうしたもんか、どうするかって言ってもやる事は一つ。殺れば良い
そこからアレフの一歩目は速かった。それとほぼ同時に草むらの影から背の低い二つの影が飛び出てきた、その影は二手に分かれ片方は変わらずアレフ目掛け突っ込んで、もう片方は左に舵を切ってアレフの死角に入る。が彼は慌てない、非常時において我が身と宝を守る常套手段は、まず目に入ったモノを倒す事に他ならないからである
アレフは短剣の柄を小さな影の首元に勢いよく突き立てる。何故か?それはヤケに鼻の良い娘の為だ。血の匂いなんて嗅いでしまったら良い夜なんて過ごせるわけが無いのだから
ガツッ、と良い音を立てて影の首元に短剣の柄がヒットする。その触感を直に感じたアレフは次なる敵を相手するべく素早く背後を振り向き、絶句した
「干し肉、果物、パン……ちぇっ、しけてんなぁ……おーいハナー、そっちはど、う………………???」
影の正体もまた同様に絶句した。
目があり、鼻があり、口があり、輪郭やその小さな体は人の形を成していた
というか実際人だった。顔は何故か泥にまみれていてイマイチ判別が付かないが声を聞くにどうやら少女か……と、そこまで考えた所でアレフは衝動的に自分が先程倒した影の方を振り向く。柄がヒットしたのに間違いは無かったようでその影は倒れていたが、あっちと同様に人の形を成していた。
二人とも旅装でよくあるフード付きのボロを着込んでいる辺り、手の込んだ子供山賊とかだろうか?だとしたら見逃してやるのも吝かではない
幾らかの食料を分けてやれば必要以上に話が拗れることも無く一件を終わらせれる事だろう
アレフはピクリとも動かない足元の影もとい人の子供を抱き抱えると、荷台に積まれた食料を漁る少女の方を向く
「なぁ」
「すみませんでしたぁ!」
アレフが言い切るより少女の額が地面に擦り付けられた。擦り付けられてしまった、所謂土下座だ
それもとびきり完成度の高い土下座
やり慣れているのか何なのかとびきりスムーズな所作で行われたその土下座に続いて少女は尽きない謝罪の言葉をアレフに浴びせ続けた。折角の謝罪も度を過ぎれば鬱陶しく感じるし、何なら苛立ちすら覚える
アレフは空いた手でこめかみを掻き、それから今一度口を開いた
「もう良いから一度黙れ、黙れ、黙れっての。おいこら、聞いてんのか!」
最後らへんは殆ど怒声に近かったが一度出してしまった声は引っ込みやしない、マナが瞼を擦って顔を上げるのとアレフが口を抑えてその中で「しまった」と呟くのは同時だった
かくして、夜半劇の幕がゆっくりと上がるのだった
続く




