何時かまた会いましょう、だそうです。
その日の夕食はメニュー「は」とても豪勢な物だった。肉に野菜、何と冷たい水まで出てきたのだから驚きだ
それでも敢えてメニュー「は」と付けたのは無論、理由がある。その食卓は四人と一頭の顔を並べながらも、その中の一人であるシスターが食前の祈りを捧げて以来、響くのは空虚な食事音だけになってしまっているからだ
これだけ豪勢な料理を並べればマナは勿論、普段食べ過ぎるぐらい食べるエルフのサシャは一口ごとに歓喜の声を上げかねないのに、今日は無い。一切無い
「美味いな、これ」
とアレフが呟いても誰一人返事を返さないので、直ぐに無意味な独り言へとなってしまう。彼としてもそれ以上口を開く気にはなれず、口を噤んで料理を一度口元に運んだ
実際美味いのだが何でだか味気が薄く感じる。つい先日お世話になった大魔法使いチヒロの居候先、そこの団子屋で食べた朝食の時もそうだったのだがそれと比べると更に空気が重く感じるのはきっと気の所為ではないのだろう
関係者である彼女らはまだしも、この一件に関しては事の詳細を知らないはずのシスタータマくらいは明るく居てほしいもののだがこんなにも重苦しい空気の中一人楽しげにしろと言われても到底無理な話だろう。自分ならまず無理だろうな、とアレフは皮肉げに笑う
何にせよ明日の朝にはここを発ち、極東の中でも屈指の景観を誇る「キョウ」を目指すつもりなのでそれまでにはせめて会話くらいして貰えるようにしたいのだが、如何せん今までの人生経験がクソほども役に立ちやしない
泥棒なんてやってたからだろうか。犯罪者やカモ相手の腹の探り合いなら負けるつもりはないが、女、子供、ましてや家族。勝てる要素が何一つない
(さて、どうしたもんかなぁ)
アレフは考えた。かつてない程に頭を使い、解決策を幾つか練ってみた
そして今度はそれを頭の中でシミュレーションしてみる。どういう流れ、口調を持ってすればこの状況を打開できるか…………………答えは「否」だった
ハッキリ言って何も思いつかなかった
アレフの不幸は更に重なり、そんか考え事をしている内に自分の皿はたちまち空っぽになってしまい、夕食の時はあっという間に終わりを迎えてしまった。周りを見ればタマはいそいそと空になった皆の皿を重ねている。調理場に持って行って纏めて洗うのだろう
マスターは大欠伸を一発かましていた
食ったら寝るのが彼奴の性分なので今更文句を言うつもりは無いが、長年共に生きている片割れがこんなにも悩み苦しんでいるのに、どうしてこんなにも呑気にいられるのかと不思議に思えてくる
まぁどこまで行っても馬なので、馬相手に文句垂れるのも情けない話かとアレフは視線を移した。その先にはサシャが居たが、彼女もまたタマ同様に空いた皿を片していた。アレフのも例外無くサッと取っていき、何事も無かったかのように調理場へと消えていった
残るはマナ。彼女は一人、椅子に座り微動だにせず静かに俯いていた
(な、何考えてるんだ……?ていうかやっぱり俺、嫌われちゃったかなぁ……)
彼としてはそれが最も大切な部分。自分の娘に嫌われたか否か、が正に今瀬戸際にあった。彼は少し前、サシャを怒らせた時にもマナに散々叱られて
嫌われてしまったかと思い、マスターがドン引きするくらいしょげかえっていた事がある。今回のソレはそんな以前を亡きものにする勢いで彼、アレフがしょげてしまいかねない案件だった
故に馬たるマスターにさえ不平不満を垂れたいと思うアレフだったのだが
そんなネガティブな思考は突然停止する。マナが急に立ち上がったのだ
顔はこちらを向いている、生憎その目からは何を考えているか読み取れないが、出来れば良い感じの事であることを心から願った
「ど、どうした……?」
「…………あのね、パパ」
マナはそこで一度言葉を切り、俯いた
肩の上下を見る感じ何度か深呼吸をしているらしい。そんなに緊張しているだなんてこちらにも移ってしまうではないか、とアレフは静かに生唾を飲み込んでしまった
そして、マナはバッ。と顔を上げ、口を開いた
「リリは!リリは、な、なんて……いってた?」
恐らく、ずっと。ずっと聞きたかった事の一つだったのだろう、それを口にしきったマナの顔は幾分晴れやかなモノになった。それでも全部じゃないのは想像に難くないないが
娘がこんなにも勇気を、感情を振り絞って自分の言葉を口にしたのだ
これで答えてやらないなんて、そんな事が出来る大人が果たしてこの世に居るのだろうか?少なくとも俺には絶対に無理だ
「『また、会いに来るね』……ってさ」
「……そっか。また、かぁ」
マナはどれだけ納得してくれただろうか、期待よりもずっと短い言葉に逆に悲しんではいないだろうか……あれ、もしかして言わない方が良かったか?
「あのねパパ、わたしもサシャも、ね
パパのやったことはまちがってないとおもってるよ。ほんとだよ?でも、ちゃんとバイバイはいわせてほしかったの。だって、だってさみしいもん」
アレフは思わず言葉を飲んだ。マナが一つの涙も流さず毅然とした態度でそんな事を言うものだから、彼としては不意をつかれた形になる。子とは、親が見ていない間に大きくなってしまうらしく、今もアレフの知らないマナが彼の目をじっと見つめていた
「……ふぁ」
「なぁ、マナ。今日は一緒に寝ないか」
今欠伸をした娘の勇姿に見習って父もまた勇気を出してそんな事を口走った。もしこれが娘相手の言葉じゃなければ誰かしらにはっ倒されている所だろう
しかし、娘はそんな父を薄い微笑みで見つめ。何処で憶えたのか
「きょう「も」でしょ?……なんちゃって、えへへっ」
クールに言って最後には可愛く下を出して乄るのだから勝ち目の欠片すらも無いというものだ
アレフは俯いて小さく笑うと、恐ろしい程に可愛い娘の手を引いて部屋を後にするのだった────
「ゲロ甘ぇ」
マスターのそんな呟きに応える者はもうこの部屋には残っていないのであった
続く




